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岩崎、阿久津、石川伝 三

 

【岩崎、阿久津、石川伝 三】



 昨日は結局打たれて、練習後にグランドを走らされることにはなったが、

それでも昨日は興奮して、あまり眠れなかった。

 

 今朝は今朝で、体力トレーニングの前に、監督直々にお声をいただいた。

「岩(がん、というのが岩崎のあだ名である)。今夜は阿久津に投げさせるが、お前はショートの守りに入れ。

 これからはショートの守備練習もお前のメニューに入れる。

 言っておくがコンバートじゃないぞ。……お前の後でショートやセカンドが、どういう動きをしているのか、体で理解をしろ」


 と言われたのだ。こんなこと、一年生の時にはなかったことである。

 つまりここ最近の岩崎の投球を見て、試合で使うことを視野に入れている発言である。少なくとも岩崎はそう思った。

 これで俄然、やる気が出た。

 球速がまた上がった。こんなことで、厳しさしかなかった練習が楽しく思えて来たのだ。

 

 正直授業も頭に入らなかった。

 

 球速、イコール軸足から逆脚に踏み込むときのパワープラス腰の回転。この二つが噛み合った時に発せられるエネルギーこそがボールスピード。

 

 昨日の夜の『学年対抗1イニング勝負』で、岩崎は一番川崎先輩からシングルヒットを浴びた。

 しかし気持ちを切り替え、二番の中村圭介先輩を三振に打ち取ったのである。

 続く三番の山名先輩を、キャッチャーフライで抑えた。

 味方のベンチはもちろん、相手ベンチの石川先輩から「ナイスボール!!」という歓喜の声が聞こえた時は泣きそうになってしまった。

 圭介先輩から三振を取れた! 自分の球が、三年生に通用する!

 

 続く四番で主将の田島先輩を、スリーツーまで追い込んだ後に、ホームランを打たれたことによって、二年チームの負けが決まったが、

決して悔しくなかった。むしろ、どうやったら田島先輩を抑えることができるかを昨晩はずっと考えていた。


 もっと『速さ』が欲しい。

 技術で阿久津に勝てないなら、力で勝てばいい。


 教室には、ハンド・グリップなんて持ち込めない。

 だから真っ白なノートを数枚破ってそれを右手で握って、握力を鍛えていた。

 馬鹿だと思う。だけど今は勉強よりもそれが必要だと、本気で感じたのだ。

 この調子で行けば、きっとあと一回、もしかしたら二回、『1イニング勝負』で先輩たちと勝負できるかもしれない。

 その瞬間が待ち遠しかった。早くマウンドに立ちたい。


 なんでもない自分が、唯一自己主張できて、自分っていう存在を表現できる場所が、マウンドの上にある気がした。


 * * * * *

 

「ねえ、リョーマ」


 楓の声が聞こえて、放課後になったんだと気がついた。


「リョーマ?」


「あ、悪い。何?」


「大丈夫? ぼーっとして」


「ああ。……ちょっと最近、楽しくてさ」


「そー……なんだ。よかったじゃん」


「うん。で、どうした?」


「あ、うん……あのね、来週、私の家の近くでお祭りがあるの」


「おまつり?」


「梅まつり。結構人が来て、お店とかも出るんだよ。

 ……リョーマも一緒に行かない?」


 梅?

 梅って……なんだっけ?

 おにぎりの具か? ああ、それは鮭か。


 梅まつり……って?


「え……でも俺、寮だし……」


「一日だけ、一日だけ少し帰りが遅くなるだけだから」


「ああ……ああ、うん」


 正直、楓のことを忘れていた。野球のことが上手くいき始めてから、仲のいい友達のことを忘れるなんて、

なんて自分勝手なんだろう、とこの時思った。


 当然、練習があるから梅まつりには行けない。だからこの場を、なんとか楓を傷つけない嘘を必死で考えて……


「寮長に聞いてみるよ」


 と答えた。嘘だ。そんな気はない。

 

「うん、……楽しみだね!」


 楓の笑顔が、なぜだかとても切なかった。

 しかしこの後唐突に突きつけられる楓の言葉が、再び岩崎を踏みとどませたのだった。


「私……はさ。リョーマのこと好きだよ?」


「えっ」


 思わず固まってしまった。

 梅まつりは……きっと楽しいだろう。しかも、楓の家の近くってことは……「祭りの後、来て」なんて意味かもしれない。

 しかし、岩崎は今野球のことしか考えられない。


 楓には、本当に悪いと思う。今まで野球をやっていくことに関して疑問があったのだ。だから楓に弱さを預けて、自分の中に広がる空白を「楓」で埋めていた部分が確かにあった。

 今は逆である。野球のことしか考えられない。

 どうすればいいのか、野球か、楓か、二つの道を唐突に突きつけられたのである。


 楓は恥ずかしそうに、岩崎からの返事を待っている……。



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