岩崎、阿久津、石川伝 二
【岩崎、阿久津、石川伝 二】
「結構握りが深いんだね。岩崎のフォーク」
約束通り、石川が岩崎の個人練習に付き合っている。
本来エースの石川が、後輩のコーチなんてやっている場合ではないのだが、
逆にそれを周りにどうこう言わせないのが石川という人間性なのかもしれない。
「え、そうすか?
……先輩のは、浅いんですか?」
「浅くなってっちゃったよね。深く握ると時間かかっちゃって、その間で打者に『フォーク』ってバレたり、
握っている間に色々クセが出でフォークってバレるから」
「え……俺もバレてるかな……」
「岩崎はピッチング丁寧だからバレてないよ。少なくとも俺が見たところでは」
「『見たところ』って……」
「いつも見てたよ。岩崎のピッチング面白いなあって」
……まったく気が付かなかった。大エースが自分の投球をそんなふうに見ているなんて。
口から漏れそうになるのは謙遜というより自虐的な言葉だった。
自分なんてどうせ、阿久津に勝てない。
全てで、どうせ阿久津に越される。
そんなネガティブな言葉が、喉元から口の先まで出てくるのを口を閉じて押し殺した。
今それを言ったら、むしろ先輩に失礼な気がして。
何度も言葉を殺して、その度に次の自虐の言葉が出てきて、それを何度も繰り返すうちにようやく失礼じゃない程度の自虐がまとまった。
「フォークだったら阿久津に勝てますかね……?」
すると石川先輩は不思議そうな顔をした。
「勝てる?……ったって、阿久津の持ち球にフォークはないじゃん。あいつサイドスローだし」
「あ、はいそうですけど」
「チームメイトと戦って勝つっていう発想は……俺にはちょっとわからないけど、
『落差の大きいフォーク』って、あいつに無いものを持ってるって意味じゃない?」
「あ……」
先輩に、それも大エースに言われて、自分はなんて小さい事をネチネチと考えていたんだろうと、正直思った。
「ただ、球速はもうちょっと欲しいかもね」
「あ……ハイ……」
「もう少し腕の位置落としたら? スリークォーターにしてみたらどうかな?」
「え……球速増やすのにですか?」
「そう。遠心力を利用するためにね。
……あー、サイドスローだから球速が落ちるっていうのは実は誤解でね、
体重移動が小さくなる、動きがコンパクトになるから落ちるんだよ。
球速ってつまり、体重移動プラス体幹プラス遠心力だから、理論的に言えば阿久津よりタッパがある岩崎の方が速い球投げられるよ。
そこにあのフォークと、持ち前の丁寧なピッチングが加わったら、岩崎は今より絶対面白い投手になると思うけどな」
「自分が……ですか?」
「じゃあ岩崎、今週中にとりあえず、球速五キロアップ目指そう。俺が見てやるから」
「せ、先輩が……!?」
この時、自分の中のある言葉を用意していた。
それがなんだったか、この瞬間に忘れていたので慌てて記憶を掘り返した。
掘り返して、出てきたのは「自分はもう、山を降りようと思ってますから」だった。
結局それは言わないままで、「精密機械」で有名な石川先輩が個人的なコーチを務めてくれることになった。
どうしてこうなったのかわからないが……わからないが、途端に練習が苦ではなくなった。
見てくれる人がいる。何より、わかりやすい目標がある。
これで人間の動きはだいぶ変わる。
この時岩崎が得た目標は、石川先輩に認めてもらうことだった。
* * * * *
「ナイスボール!!」
グランドで球を受けた石川先輩が駆け寄ってくる。
「ほら!! 腕下ろしたら球速上がったじゃない!!」
「はい!」
「まだだ。この高身長があるんだからまだ伸びる! 来週はもう五キロアップだな岩崎!」
「……はい!!」
何かを続けて、結果が残るなんて確証はない。
ただ、続けていれば誰も見ていなくても、誰かは必ず見ている。
そしてわずかなきっかけで、人間は変わる。
岩崎は密かに、自分の右腕が多少なりともゴツくなっていくのが楽しくて仕方がなかった。
なぜだかわからないが、大エースが自分を気にかけてくれている。これだけでも、何かを続ける理由にはなる。
* * * * *
そして、石川と二人三脚で目標をこなしていく日々を積み重ねていき……いつもの練習終わりの1イニング、学年対抗戦だ。
先輩たちの打線を、後輩が抑える。投手は決まって阿久津だが……
これはひょっとして、そろそろ『来る』んじゃないか?
来い。来いよ! 名前を呼べよ! 準備はできてっから!!
「守備側、投手……岩崎」
来た!! 監督から名前を呼ばれた瞬間、まだ抑えてもいないのに思わず小さくガッツポーズをしてしまった。
どうだ阿久津、今ビビってるだろう。
いつまでもこの学年は、お前の一強じゃ無いからな。
初めてである。練習にこんなに生きがいを感じたのは。
結果が、ちゃんと返ってくる。
自分は今、山の上で、ちゃんと青春をしている!




