四天王伝 二
正午の公園には、実にたくさんの人がいる。
犬の散歩をしてる人、ジョギングをしてる人、お弁当を食べてる人、そして……
少年が二人キャッチボールをしている。
「いいよー沖田。球が生きてる」
「あ……ありがとう。なんか緊張するね。人が見てると」
「そうかー?」
松ヶ谷高校野球部新一年生の沖田はすでに軽く汗をかいていた。
「沖田、球種は?」
「えー……」
「隠さなくていいじゃん。どうせ三年一緒なんだから」
「それもそうか……。えっと、真っ直ぐ、スライダー、カーブ」
「なんだ本当にそうだったの!?」
「当てられた時びっくりしたよ」
「…… ……もう一個あるんでしょ?」
「え?」
「真っ直ぐより速いっていう魔球」
中原が悪戯っぽくいうと、沖田は恥ずかしがってしまった。
「……のことなんだよ」
沖田が小声すぎたために、語頭が消えてしまった。
「なに?」
「あー……バスん中で話すよ」
「え、なんでここで言えないの?」
「んー……」
すると、待合室に置いてきた荷物と東が、全部同時にやってきた。
同じく偶然居合わせた松ヶ谷高校の野球部新一年生、東が、三人分の超大荷物を全部背負ってやってきたのである。
なかなか目立つ姿だ。
「ずるいぞう……俺を置いてくなんて」
「えー、だって東、お前寝るって言ったじゃん」
「キャッチボールするなら『行く』っていった」
「一緒に(キャッチボール)する?」
「やる」
こうして自然とキャッチボールが始まった。
三人でやっているのでそこそこ場所をとる。
沖田を起点にV字にボールを投げ合っている。
「おお……さすが投手。球が強いな」
「そんなことないって……」
すっかり目が覚めたらしい東もやはり、悪戯っぽい声になった。
「なあ、あれ放ってよ。真っ直ぐより速いって言う魔球」
「ここで投げると危ないから……」
「なに? なんのことなのそれは」
「んー……」
沖田が発言を躊躇っていると、中原は突然キャッチボールをやめる。
「ちょっとさ、三、四球本気で放ろ? 東、打席立って」
「え? ここでか!?」
「バットで打つと危ないから、エアーでさ」
「エアーって……えええ……」
「え、中原くんも防具とかつけないと危ない……」
沖田が心配すると、中原はニヤリと笑った。
「俺とコイツ(東)は大丈夫だから。簡単にサイン決めよ。
『一』が真っ直ぐ、『二』がカーブ、『三』がスライダーね」
「え……う、うん……」
「で『四』が魔球」
「あ、『四』は……」
そうして、簡易的にマウンドが作られ、打席が作られた。
割と場所をとっているので、なんとなく人々の視線が集まる。
「沖田ー! 俺絶対こぼさないから、本気で投げてー」
東の後に座った中原が、十五メートル以上離れた沖田に向けて言う。
打席に立った東は、『手ぶら』で、バットを持っている『てい』ではあるがそれなりの迫力がある。
「あ、ちなみにコイツ(東)、学年を代表するスラッガーとか言われてるから」
言われた東は特に否定もせず、沖田と対戦するイメージに没頭していた。
座った中原は、まず沖田の真っ直ぐを見たいを思った。東も見たいはずである。
『一』のサインを出す。
十五メートル離れた沖田が振りかぶって……投げる。
沖田の手元を離れたボールが、ゆっくりと中原に向かってくる。
東も降らずに、球筋をじっと見た。
「(……遅いな? 百十くらいか?)」
パァン!!
遅い球なのに中原のミットからはいい音がしたので、沖田は思わずビクッとしてしまった。
「ナイスボール!!」
中原が沖田に返球する。
「(遅い上に、コントロールも荒れてるな。緊張してるのかな? まあ、ちゃんとしたマウンドではないってのもあるか)」
中原はもう一度、真っ直ぐのサインを出した。
沖田が振りかぶって、球を放る。
さっきよりも遅い。東は次はバット(エアー)を、フルスイングした。
本人は打ったつもりだし、実際に大きいのが打てたのだろう。
中原は沖田に返球した。
この時中原と東が沖田と面を向かって考えていたことは、
どうしてこいつ(沖田)が松ヶ谷にスカウトされたんだろう? である。
そこまで松ヶ谷は投手不足で困っていると言うことだろうか?
中原は、沖田の持っている魔球を見る前に、一度カーブを見ることにした。
百十キロくらいの真っ直ぐならカーブは、八十、九十キロくらいだろうか?
その緩急で今まで、打者を討ち取ってきていたのかもしれない。
もしかしたら沖田の持ち味は『カーブ』である可能性がある。面白いかもしれない。
中原はカーブのサイン『二』を出すと……
沖田は首を振った。
コントロールに自信がないんだろう。
「沖田ー! 大丈夫だからー!!」
中原が沖田に声をかける。
沖田はためらったが、やがて振りかぶって……ボールを投げた。
その瞬間、東も中原も、何がおきたのか分からなかった。
百三十どころか百三十五は出てたのではないだろうか?
とんでもない軌道の球が出鱈目に、ドローンみたいな曲がり方をして弧を描き、地面に吸い込まれていったのである。
東は思わずのけぞった。
中原は反射神経で捕ったが、とても真っ直ぐの時の音など出せなかった。
「あーーごめーーん!!」
遠くで沖田の声がする。
東は、思わず中原と顔を見合わせた。
「……真っ直ぐより『速い』って……カーブのことだったのかよ……」
なかなか返球しない中原に、沖田が心配し始めた。
「大丈夫ーー!?」
「……ナイスカーブ!!」
沖田にボールを返した。
「おい……聞いたことあるか? 百三十キロのカーブ……」
東の顔が青くなっている。
「別に、プロなら無くはないよ」
「そうじゃねえって! 真っ直ぐがアレで、でもカーブがアレって……どうなってるんだあいつは!?」
「まあ、癖の強い投手ってことだよな……
……ありがとう沖田ー! 帰ろう!!」
今受けた、沖田の魔球『カーブ』と『真っ直ぐ』が、この後の野球界で大問題を投じることになることを、東も中原もまだ知らない。




