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天才のこと


 早いもので、もう秋の地区大会は始まってしまいました。

 初戦はどうやら、無事に勝てたみたいでした。

 

 朝は緊張していて、そうですねえ例えるなら……どこか戦争にでも行くような悲壮感があの子達には漂っていたと思いますが、

 帰ってきた時にはもう、お祭り騒ぎでした。

 少し……おかしなテンションで帰ってきまして……

 これは何かあったな。とは誰だって思ったのではないでしょうか?


 石川くんが好投したのだろうか?

 田島くんから大きい一発が出たのかな?

 それとも復帰した川崎くんがいきなりナイスプレーを見せてくれたのだろうか?

 

 どれも嬉しいことには変わりませんが、正直そんなことでここまで喜ぶような子達ではないので、

その全部が起きたのかしら。と思っていました。


 寮と練習場が隣接しているという特殊な環境からなのか、生徒達は試合から帰ってきた後でも技術トレーニングが待っているのですが、

こういう日は大概、みんなぐったりしてまして……

 体力と気力を振り絞って夜まで練習するのですが、この日ばかりは様子がおかしかったのを覚えてます。

 

 みんな、声も大きいし、あれはそうですねえ……いい映画を見たあと、とかああいうテンションになるんじゃないでしょうか?

 しかも若い子達ですから、体内で生まれたエネルギーを発散したいのでしょうな。

 

 さて、何があったんだろう? こんな時頼りになるのは、用務員のリーダー北澤さんです。


「ありゃ、試合中何かあったんだな」


 早速、私と同じところに興味を持ってくれたみたいです。私なんかが試合後の生徒に話しかけるなんて、

しちゃあいけない事なのでしょうけれど北澤さんなら、なんとなく許されてしまうような風潮がありました。

 いつもより大きい声の主将、田島くんをさりげなく捕まえて……


「おかえり」


「あ! お疲れ様です!!!」


 いつもより大きい声で、田島くんは挨拶を返してくれました。

 すると、田島くんの後を通り過ぎていく別の生徒が……。

 田島くんはその生徒に声をかけました。


「お疲れ!! ヒーロー!!!」


 田島くんの声は、とても誇らしげで、まるで後の生徒が『英雄』であることを北澤さんに紹介したくてたまらない、

と言った空気がありました。

『ヒーロー』と呼ばれた生徒は、恥ずかしそうに通り過ぎて行きました。

 

 その生徒は、石川くんでも、川崎くんでもありませんでした。


「ヒーロー?」


 北澤さんが田島くんに聞くと……


「はい!! 相手もね! 決して弱いとこじゃなかったんですよ!

 しかも秋ですし何が起きるかわからないですから! なんというか! はい! 簡単に勝てるとこじゃなかったです!」


 このように、田島くんの頭の中もまとまっていない様子でした。


「何があったの?」


 北澤さんが鋭い切り口で本質に近づくと、田島くんは少し考えた後で答えてくれました。


「二打席、連続満塁ホームランです!! あんなのはじめて見たっす!!」


「へえ……そりゃあすごいね。川崎くんかい?」


「岸っす!!」


 それを聞いて私も思わず身を乗り出してしまいました。

 この間、突然思いついたように打席を左に変えた、一年生の岸くんが、いきなりそんなすごい成績を残すなんて思わないじゃないですか。


「すごかったんすよ!! 一打席目も二打席目も、からっきしだったんすけど……

 ベンチに戻ってきてもあいつ、『軸足を押し込む、軸足を押し込む……』って繰り返してて……

 それで三打席です! 満塁でワンナウトだったんで犠打でもいいから右で打てって、主将の俺が言っても、

『いや掴んだんで』って言って無視するんですよあいつ!

 このやろう戻ってきたら今度こそシメてやっかんなって思ってたら……

 特大アーチっす!!

 マグレじゃあんなの打てないっすよ!!

 もうぽかーーんって。みんな、何起きたのか分かってなくって。

 しかも四打席目なんて中継ぎの、はじめて対戦するピッチャーっすよ!?

 いきなりアジャストしてホームラン打つなんて……あいつは天才だったんです!!」


 田島くんの興奮は、まだ現場にいるかのようでした。

 岸くんは……ああいう子ですから孤立することも多く、中でも責任感があって真面目な田島くんとの仲は険悪と言ってもいいほどだったと思います。

 田島くんというのは本当にスポーツマン然とした気持ちのいいくらいさっぱりした子でして、それが問題の多い後輩でも結果を残せば過去のことなんて忘れてくれます。

 

 それにしても、打ち方どころか、打席まで変えていきなり満塁ホームランを打つなんて。

 岸くんは本当に劇場型という言葉の似合う選手でしたね。



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