打席を変えること
当たり前のようですが、夏が終わったらすぐに秋が来ます。
最後の試合の後に感じるものが、勝利の余韻であっても、悔しさと後悔であっても、引きずっていられないのです。
それはそれは、すぐに秋の大会が始まってしまいますから。
私たち用務員のやっていることは、一年を通じてそんなに変わりません。
野生動物対策をしているか、雪かきをしているかですから。
しかし生徒達を見ているとなんだかこちらまでソワソワしてしまいます。
新主将は、順当に田島くんに決まりました。
ここのところはスイングにも迫力が増してきたようです。
エースも、これも順当に石川くんになりました。
背もさらに高くなって、逞しく見えます。
石川くんが先発そして、イニングイーターとしてゲームメイクをしてもらい、
期待のサイドスロー阿久津くんに継投という投手リレーです。
セカンドの川崎くんもようやく回復し、中村圭介くんはショートに復帰しました。
打順もこの二人が一番か二番を担当するようです。
どちらも打率の高いアベレージヒッターで、俊足もあります。一人が塁に出たら積極的に盗塁が狙えるので、
相手投手にとっては厄介な一番、二番のはずです。
そしてランナーが溜まってきたところで、田島くんが長打を打つ。
これがどうやら今年の戦い方になりそうです。
投手石川くんの打撃も、嬉しい誤算でした。
服部くんも打率は良かったですが、石川くんは練習試合でホームランを打ったんです。
このように今年も、すごいスピードで新チームが作られていった……時にございます。
松ヶ谷の、よくも悪くも嵐を呼ぶ男、岸くんがまた、騒ぎを起こしているようでございます。
何やら、打席を右から左に変えたいとのことでした。
岸くんはまだ一年生ですが、レフトのレギュラー。
守備を買われて入ってきた生徒で打順も下位。
コーチからしてみればただでさえ細いのに、左打ちなんかはじめて怪我でもされたらたまったもじゃありません。
そもそも、右利きなのに左打ちなんてバッターは、いるにはいますが、そんな打ち方をコーチは教えられません。
「変なことをしてほしくなかった」
というのがコーチの本音ですし、実際試しに打席に立ってもバットをボールに当てることすら難しそうです。
なのに岸くんは聞きませんでした。この子は……甘いマスクなのに性格は頑固一徹でしたね。
監督も監督で左打席に立った岸くんを見て、「今年中に結果が出なかったら諦めろ」とだけ言い、矯正したり咎めたりは無かったのです。
岸くんが、風車に挑んだラマンチャの男なのか、それともアメリカ大陸を発見したコロンブスなのか、
この時点では誰もわかりませんでした。




