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挑戦すること



 結局この年代は、三年生の投手服部くんと二年生にしてレギュラーの川崎くんが故障したまま夏の予選を迎えるという年になりました。

 

『神林の世代交代には失敗。エースが潰されセンターラインも故障。松ヶ谷、夏に向けて危険信号』

 という記事が、地方紙に大きく載っていました。

 松ヶ谷という場所は、本当に何もない場所ですから街ぐるみで盛り上がれる瞬間は、プロに行った子が活躍した時。そして、高校野球で活躍した時だけです。

 地方紙には、辛辣なことも書かれます。


 この一つ前の年もだいぶ書かれましたからね。『過去一番の不作』『波瑠はもういない……』とかね。

 街ぐるみで応援してくれるのが一番なのですが、住民の不安を煽るのがメディアのやり方なんですかね。

 しかし結局森下、神林バッテリーが大成功して結果を残してしまったので、より高い壁が八木橋くんたちに聳える形になってしまったのでしょうね。

 比較されるのはいつだって『去年はどうだった』みたいなことですからね。


 しかし、実際のところ苦しんでいるのは事実でした。

 

 明るい話題が全くなかったかというと、決してそうではなく、

 その一つが突然の、中村圭介の打撃向上でした。


 なぜか突然、打ちたい方向に打てるようになった圭介くん。

 体が小さいので長打はありませんが、地面を鷲のように低空飛行するような低い弾道の打球が、

 流し方向フェアゾーンギリギリに転がったり、相手ピッチャーの右隣をすり抜けたりするんです。

 

 何があったのか、本人にもわかってないようですが明らかに、川崎くんから「足のお守り」をもらった時からでした。

 

「足なのになんで打撃?」「足で打ってるのか」などと言われてしまいそうですが……

 これは私なりに……素人目に考えてみたのですが、軸足を意識したのではないでしょうか?

 足に、同年代のスター川崎からもらったお守りがある。そのことは打席でも自然と意識していたのが、軸足の意識につながった……のではないかな?と思います。

 

 不謹慎かもしれませんが、ちょっとしたきっかけで怪我をすることもあれば、

ちょっとしたきっかけで成長することもある。人間、何が起こるかわからないということです。


 何が起こるかわからないといえば……圭介くんのことで大きなことがもう一つありました。


 なにぶん、川崎くんが抜けた穴で大きいのは守備もそうですが、攻撃面でした。

 一番、二番を任せられる打者がいない。

 敵投手の出鼻を挫いて士気を露骨に下げ、調子に乗らせない頼れるリードオフマンがいない。

 ここで権藤監督はまた決断を下すのでした。


 中村圭介くんの、セカンドコンバート。

 三年生ショート山下くんと二遊間を組ませるというのです。

 

 器用で身軽な圭介くんでも、セカンドなんて今まで守ったことがありません。

 昨日までしていた仕事を辞めて、今日から違う仕事をしろ。なんて言われたら私だったら素直に首を縦に振れたかどうか……。

 

 圭介くんにしてみれば寝耳に水でしょうね。ついこの間までピッチャーより下の打順で攻撃には計算されず、

 ショートだけ守ってろという野球人生が、突然切込隊長役をやらされるわけですから。しかも守らないとならないのはショートではなくセカンド。

 違う世界に迷い込んでしまったようなものでしょう。

 

 しかし本番になる試合までもう一週間を切っている。

 中村圭介くんの挑戦の始まりです。




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