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二遊間のこと

 関わる人間といえば、野球部関係の人間しかおりませんもので嫌でも、その年のチーム事情については少しは詳しくなってしまいます。

 

 中村、服部世代の一つ下の学年。

 新二年生ですね。この時期は、夏に三年生が卒業したすぐに主力として数えられてしまうのですから、後輩ができたからなどと浮かれてはいられないのです。


 特にこの年は、二遊間がネックだと言われていたのを覚えています。


 二遊間は、センターラインと言ってポジションの中でも優先的に身体能力の高い選手、まあ、言い方を変えれば、『野球が上手い選手』が投入されます。

 特にショートなんて求められる項目が多いですから、それはそれは大変なんです。

 近年高校野球のレベルが上がったとはいえ、それでも相手打者の打球はだいたいが、右打ちのひっぱり方向。

 つまりショートが処理しないとヒットを与えてしまうんです。


 まず肩がいいこと。送球が正確であること。広い守備範囲を捌く足の速さは必須科目です。

 権藤監督も、スカウト陣に要請するのはまず、『身体能力の高いショート』でした。

 監督の野球は、兎にも角にもまずは投手。次にセンターラインでした。

 とにかく一番『上手い』遊撃手を連れて来い。 監督が毎年必ずスカウトに言うのはこの言葉だったようです。

 ですので、毎年松ヶ谷高校のショートにはスター選手がやってくるわけですが……


 新二年生の遊撃手、つまり、山下くんが引退したらその枠に収まるのが、中村圭介くん。

 ……三年生の投手に中村くんがいるものですから、『圭介』と呼ばれてましたね。

 

 彼もスーパースターには間違いないのですが……一つ明らかな弱点がありました。視力です。

 コンタクトにするとレンズが厚すぎるため、普段から度の高いメガネをしていました。

 送球には問題ないのが不思議ですが、視力のせいで他の選手より不利な点がありました。

 攻撃面です。


 彼の打撃の弱さは、投手よりも下位レベルだったようです。

 体育会系特有の負けん気の強さがあるみたいで、懸命にバットをスイングするのですが、もう努力とか練習量とか、そういった次元の話ではないようです。

 この時の彼が、グランドの打席に立って、快音を響かせた記憶が、私にはありません。

 かといって、他特に優れている面があるかというと、そうでもなかったらしく、

『守備は最低限。打撃は致命的』という評価がついてしまいました。



 一方で、二塁手は優秀でした。

 この学年の二塁手、川崎くんは五十メートルの記録が五秒台という俊足が特徴でした。

 打撃センスもよく、出塁率もよいため三年生からレギュラーを奪い、夏の予選からセカンドを守ることになったそうです。

 

 私は知らなかったのですが、今年の夏は川崎は二塁を守らせ、三年が引退したら圭介と二遊間をコンバートさせるみたいな案もあったんだそうです。

 何をさせても完璧な川崎くんの事です。おそらくショートの守りもできるのでしょうが、

そうすると今度は二塁が頼りなくなってしまうと言うことでこのコンバート案はなくなり、『守備は最低限』の圭介くんに任されたのでした。


 * * * * *



 事件は、夜の練習時に起きました。

 松ヶ谷の夜は特別メニューがあって、一日の練習の締めくくりに1イニング試合をさせるのです。

 上級生選抜チームが攻撃、下級生選抜チームが守りです。


 権藤監督が心がける野球はとにかく『守り』の野球でした。

 彼がずっと言っていたことは、『7対0』でコールドで勝つより、延長十二回に『1対0』で勝つ方が得るものがある。でした。

 点差を開いて勝つのではなく、守って守って、守り抜いて相手の隙を鋭くつくのが、松ヶ谷の戦い方でした。

 ですから投手と守備は生命線なのです。

 

 この練習試合で、先輩たちが一点でもとったら、低学年生は選抜も控えも関係なく練習後に照明が半分落とされたグランドを十週。

 逆に後輩たちが守りぬいたら、先輩たちにも同じペナルティが課せられました。

 下級生がやぶれると、もれなくグランドを十週した後に先輩たちのユニフォームの洗濯が待ってます。

 一年生がいたって変わりません。この時期は、一年生の監督業務も二年生が請け負っているものですから。


 そして、明日の朝練までの睡眠時間がかかってますので、お互い死ぬ物狂いです。


 とにかく派手さはなくとも守りぬく野球なので、下級生のうちから守備は完璧を目指すのです。

 そして、完璧の定義とは、疲れ切った練習の後でも、最上級生のチームから一点を守れるかと言うことです。


 この日の夜は、ツーアウト、ボールカウントスリー・ツーまで追い込みました。走者二塁、打席には三年生の主砲、山下くんです。

 私もグランド整備の準備をしながら、勝負の行方はついつい見てしまうのです。


 投手石川くん、サインが決まり、山並みに曲がるカーブをアウトコースに投げ込みました。山下くんは勝負に出、石川くんのカーブを流し方向に打ちます。

 石川くんはカーブをある程度コントロールできるという離業を持っているのでした。見事強敵山下を討ち取った、とこの時点では思ったでしょう。

 打球は飛ばず、川崎くんの目の前に落ちました。

 ワンバウンドで川崎くんが捕球。八木橋くんが気迫の走塁を見せますが、川崎くんが落ち着いて一塁の田島くんに送球。勝負あった……と誰もが思ってました。

 

 川崎くんの投げた球は、田島くんの頭より高いところを通り過ぎました。大暴投と言うやつです。

 田島くんが慌ててボールを拾いに走るうちに、俊足を誇る三年生山下くんが三塁を蹴ってホームイン。勝負がつきました。

 まさか、と、あの場にいた誰もが思ったことでしょう。本人が一番思ったことでしょう。

 完璧超人だった川崎くんの、勝負所での大失策。

 

 石川くんが「ドンマイ」と声をかけたときには、川崎くんは呆然としていました。

 

 これが、川崎のイップスという、チームの大問題につながることになるとは、この瞬間には誰も気が付きませんでした。


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