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大物のこと

 

 

 何にせよ、価値観や考え方の変化について考えさせられる機会というものが、この山に来てからは無かったものですから。

 そういった意味では岸くんみたいな子の存在は衝撃的でした。

 まず、練習がとっくに始まっているのに岸くんは寮の自分の部屋からなかなか出てこないんです。


 監督の苛つきが伝わってきたあたりで、付き添いのスカウトの方も焦りだして岸くんの部屋まで案内してほしいというので、私もついていきました。

 岸くんは、自室で日焼け止めを身体中に塗っていました。


 初めて、彼の素顔を見ました。男が見てもなるほど。いい男だなあと伝わってきました。

 顔がびっくりするほど小さくて、なのに目がクリっとしている美男子でした。


「何してるんだ! 練習始まってるんだから急いでグランドに行きなさい!」


 冷や汗をかいているスカウトの方が岸くんに言います。一方の岸くんは、それに一切動じず、


「練習のために自分のコンディション高めてるのですが?」

 

 とはっきり言い切りました。

 自分の何が悪くて何を怒られているのか、全く理解できていない様子でした。


「そんなのいいから! 待たせてるんだから! いいから行きなさい!」


 スカウトの方はもう、目を回してます。話が通じないと分かったのでしょうな。


「準備ができたら行きます。この問答も時間の無駄ですが?」


「生徒が生意気言うんじゃないよ!!」


 スカウトの方の声は、寮中に、もしかしたらグランドにも聞こえたのかなあ。

 何せ、生徒の起こした問題の三分の一くらいは、連れてきたスカウトの問題にもなります。

 スカウトの方だって生活がかかってますので、もう一杯一杯です。


 その辺りの事情は、この岸くんには伝わらないのでしょうな。


「お名前伺っていいですか? 僕が今日の練習で怪我でもしたら、責任取ってもらいますから」


「はあ!?」


「今日遅れてきたのは僕の過失ではないですよね? 準備が遅れたのはあなたの責任でもあるんです。

 僕は、日光に弱いから準備が必要なんです」


 ここまで生徒に言われ、もう会話での解決は不可能だと感じたスカウトの方は、頭を押さえながら……


「分かった! もう分かった! 好きにしなさい!」

 

 といって、頭から湯気を出しながら部屋を出ていきました。

 岸くんが練習に参加したのは、結局そこから三十分経ってからでした。

 彼が初日の練習に参加した時間は、二十分も無かったんじゃないでしょうかね。



 * * * * *


「本当、すいません。電子なのでここで吸っていいですか?」


 スカウトの方が詰所でタバコを取り出しました。

 北澤さんがここで紙タバコを吸っているのを知っているのでしょう。

 断ることもできないので許可しました。


「すいません。…… ……フーー」


 『すいません』と言いながら吸うまでが、異常に早かったのを覚えてます。


「難しい子は今まで、沢山いました。

 初日で泣いちゃう子。初日で脱走を企てる子。沢山いました。

 その度僕たちは責任を取らされるんだから……最悪クビですよ。

 子供に罪はないのは分かってるつもりですが……全く……」


「まあまあ。岸くんが活躍してくれれば問題ないんじゃないですか?」


「……松ヶ谷高校は少数精鋭ですから、即戦力じゃないといけないんですよ。だからスカウトも沢山いて、

 死に物狂いでいい選手探して、この山に連れてくるんです。

 この分だと、相当活躍してくれない限り僕まで語り草になっちゃいますよ。全く……」


 それ以上は私は何も言えませんでした。

 彼は彼で大変な仕事だなあと思いました。

 

 


 * * * * *


 朝の体力トレーニングが終わり、私はグランドの整備を始めた頃です。

 グランドの隅で、岸くんを田島くんが捕まえているのが見えました。


「……おい」


「なんですか?」


「……お前の大物感、鼻につくぞ」


「なんのことですか? 何か怒ってます?」


 生徒同士の喧嘩を諌めるのも、我々の仕事の一つです。これはいけないと、私がトンボを置いて二人に近づくと、私よりも早く二人の元にいった生徒がいました。

 三年生の山下くんです。

 

「みんな三年生のために一生懸命やってんだよ。少しは気を遣え一年」


「……気をつかうってなんですか? 僕は僕にできることを精一杯やってるだけです」


 真面目な田島くんがカチンときたあたりで、山下くんが駆け寄ります。


「おいバスくんぞ。さっさと支度しろ」


「……はい。山下先輩」


「田島」


「……はい」


「イキがるのもいいけどよ。ワザでわからせろよ」


「……うす」


「あと、お前。岸」


「はい」


「遅刻に関しては俺は知らないけどな。お前がさっきの練習みたいに外野からの送球遅れるの、もし試合中にやったら、

 俺ら負けちゃうから。よろしくな?」


「……はい」


 このように、喧嘩を諫めた上に両方の立場を尊重してものを言う。

 私にはとても出来なかった。

 山下くんはすごい子です。


 主将は八木橋くんですが、彼は今最後の大会に向けて一杯一杯なので、こう言う事案を人知れずフォローしてくれている山下くん。

 まさに服部・中村世代の屋台骨です。



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