服部・中村伝 一
【服部・中村伝 一】
いわゆる『名門校』と呼ばれる学校は沢山あり、北は朝陽川工業。南は北薩摩。関東には下馬関東国際。
関西は、Pray西大阪。
東海には聖花。もちろん松ヶ谷も、甲子園の常連校である。
逆に言えば、これら名門校が甲子園出場という狭き門の少ない椅子を独占してしまうため、名門校以外の高校が甲子園出場を果たすのはそうそうないことなのである。
だからこそ、球児たちは甲子園に夢をみるのだ。そんなことはもはや抹消的なことではあるが。
四河路商業高校も、ひたむきに甲子園という大舞台を目指していた。
かつての強豪校で、「常勝軍団」と呼ばれていたこともある。
それがここ数年は、良いところまではいくが道半ばで敗れる学校という印象がついて回ってしまっていた。
大きな理由は、松ヶ谷高校の台頭である。
いつの間にか山の上に宿舎を構え、専属トレーナーやスカウト陣にも莫大な予算をかけたその高校はいつしか「プロ養成高校」と呼ばれるまでになった。
四河商は松ヶ谷高校ととにかく相性が悪く、現状勝率は二割を切っている。
監督である寺堂は今年で七十歳になる大ベテラン。もちろん、「常勝四河」を創設した一任者だ。
特にその「美しい勝ち方」にこだわる野球は、多くの野球ファンを魅了してきた。
しかし、年齢という理由もあって今年の夏で監督を引退することを表明。一つの時代が終わろうとしていた。
四河商グランドでは、来週の松ヶ谷戦に向けて、生徒たちが練習に励んでいた。
四河商も順調に勝ち進み、松ヶ谷に勝てば実に十二年ぶりの甲子園出場となる。
監督の引退の花道に、甲子園出場という花向けを持たせたい生徒たちは気合いに満ち溢れていた。
エースの野沢と、女房役の城戸とが投球練習をしている。
「いいねえ野沢。球走ってる。また球のスピード上がったんじゃねえ?」
「かもな。最近調子いいんだよ」
「……抑えれるかな。松ヶ谷を」
「抑えるんだよ! ……そんで監督を胴上げすんだよ」
「……だな。ははは。あのおじいちゃん胴上げしたら腰やっちゃうかもしんねえぜ」
「腰『やらす』んだよ!! めっさ厳しいこと言われた復讐ってやつよ! 俺らが引導渡してやるんだよ
監督逃げても追っかけて胴上げすっかんな」
「ははははは。だな」
「だから負けらんねえぞ。相手が松ヶ谷でもなんでも。
……ジャイアント・キリングだ。絶対完投すっかんな俺は」
そこに、マネージャーが走ってくる。
「野沢先輩。監督が呼んでます」
「監督が……?」
* * * * *
監督室には、険しい顔をした寺堂監督と、第二先発投手の真野、二年生の投手阿形がいた。
野沢は二人に並び、整列する。
「「「おはようございまーす!!」」」
「…… ……」
少しの沈黙の後、寺堂が口を開いた。
「知っての通り、来週の試合で決まるな。野沢も真野も今までご苦労さん」
……一瞬、野沢の顔が引き攣った。この監督が生徒を労う言葉をかけることなど稀である。
確かに、嫌な予感がした。
「相手は松ヶ谷。野球も知らん連中が甲子園の席をカネで買うような高校だ。
そんなところに四河路が負けるわけにはいかん。
相手の投手は服部。……球の速さは大したことないが、エースが敵チームの精神的支柱だ。そうだな野沢」
「はい!!」
「うん。……お前らに、いいことを教えてやる。
…… ……高校野球にはな、危険球退場がないんだ」
寺堂が何を突然何を言い出すのか話からなったが、嫌な予感が増していく。
「お前ら三人の中で、服部の顔面に『ぶつけられる』勇気のあるもの、いるか?」
野沢たちの顔は強張り、硬直した。
「いっとくが、わざとぶつけろとは言ってないぞ。……カーブのすっぽ抜けでいいよ。
服部は打率もいいから割と早い段階で打席が回ってくるだろう。
六番か、七番だ。
あいつの第一打席で、カーブをすっぽ抜けさせることができるやつに、来週の先発を任せる」
三人とも、硬直したままだった。
「野沢。なんですぐに手を挙げない。
お前勝負に勝ちたくないのか。どんな名誉も、成功も、勝たなければ手に入らんのだ。
お前は俺を勝たせたくないのか。この甲斐性無しが!!!」
突然、監督の態度が急変した。顔に、狂気じみたものが宿っていた。
「お前本当にウチのチームか!? ……実は敵チームの人間だろう!! 勝ちたくないだなんて!!
地道に練習すれば勝てるようになる? そんな甘い世界じゃねえよ!! 勝つことが全てなんだよ!!
勝つために! 相手がなんとか交通事故に遭うことを毎晩祈るのが勝負だよ!! この腰抜け!!」
……この時、監督に一言でも言い返していれば……何かが変わっていたのだろうか? 変わらなかっただろうか?……
野沢の脳裏にはこの日の景色が、シミのようにこびりついて離れないのだ。
* * * * *
試合当日、小雨。
『その瞬間』はやってきた。野沢は、松ヶ谷高校一番、ショート山下に先頭打者ホームランを浴び、先制されている。
チームはまだ折れてはいないが、マウンドに立つ野沢にはどうしても邪念が拭い去れなかった。
後続の打者はなんとか抑え……二回の表、五番、ピッチャー服部。
城戸は初球、カーブのサインを出したがベンチからは違うサインがとんできた。
『初球、まっすぐをインハイ』
初球、まっすぐをインハイ!? ランナーが一人も出てないこの場面で、相手は敵のエースだぞ!?
まさか監督は本当に……
本当に、エースに怪我をさせる気なのか……?
そんな投球したら、自分は……
野沢が躊躇していると、ベンチから……
「さっさと放らんかい!!」
という怒鳴り声が聞こえ、野沢は慌てて振りかぶった。
……
……
それが、『地区大会の悪夢』と呼ばれた、のちに度々協議の的とされ、
その後の服部、野沢を含む多くの人間の人生を狂わせた一球だった……。




