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主将のしごとのこと


 

 中村くんが入部してくる少し前のことを、覚えています。

 生徒が噂話をしているのを、偶然耳にしたのです。


「波瑠の再来がくる。投手陣は一年目でレギュラー降ろされる可能性あるぞ」


 波瑠くんは、一昨年大活躍した投手の生徒です。神林くんとのバッテリーで甲子園春、夏を連覇しました。

 高校二年生にしてサイドスローで百五十キロのまっすぐと、「ぐにゃり」と曲がって落ちる遅いスライダーを武器に春の甲子園を制しました。

 投手が一年にレギュラーを奪われることは、実は珍しくないことなんです。特に松ヶ谷では。


 松ヶ谷高校は、毎年投手を外部から五人とります。その中から監督が、「これ」と見込みのありそうな選手二人を選び、一年の秋から、早ければ夏から中継ぎピッチャーとして実戦でマウンドに立たせます。

 そこから漏れた投手たちは、エマージェンシー用の控えの投手となります。

 

 松ヶ谷高校の野球部は過酷な道なのです。ですから生徒たちの言っていることは、間違ってはいないのです。


 さて鳴り物入りで入部してきた中村くん。噂に違わぬ豪速球で、高校一年にしてボールスピードは百四十五キロを計測。高三になる頃には百六十キロまで行くのではないかという噂でした。

 球の速さだけではありません。

 マウンドでの態度も「エース」然としていました。

 いくら相手打者に打ち込まれても精神的に崩れることなく、味方がエラーを起こしてもマウンド上でイライラすることなく。

 ただただ一球、一球に気合を込めるのが彼の象徴的な投球でした。

 誰もが文句なしに、エースでした。


 一方の服部くんは、正直目立つ子ではありませんでした。

 のらりくらりとした性格が、そのままマウンドに立っている。そんな子でした。

 ただ貴重なサウスポーですので、その一点だけ一応重宝されているという印象でした。

 

 服部くんは、ある日突然台頭してきた、という風ではなく、『いつの間にか』怪物中村の対抗馬としてそこにいました。


 しかし、監督と、捕手の八木橋くんだけがなんとなく服部くんの投球術に、いち早く気がついていたのだと思います。

 

 服部くんは、体は細く背も低い方ですが、テイクバックの瞬間に極限までボールを打者に見せないのだそうです。そして投げるまでのテンポが速い。

 中村くんに比べると大した球速でもないのですが、いつの間にか現れ、いつの間にか投げられ、いつの間にか打者を討ち取っていました。

 投球がダイナミックで派手な中村くんとは本当に『真逆』だったと言います。

 

 それと、服部くんはサインに首を振らない投手でもありました。

 キャッチャーのサインの意図を理解する能力に長けていたのでしょうか。そして、要求された通りの球を、淡々と投げたそうです。

 ここも、真逆でした。

 中村くんは、八木橋くんとは古い付き合い。首を振りやすかった……のかもしれません。


 それもあってマウンドに立っている時間は、中村くんと服部くんとでは倍は違うと言われていました。


 それでも投手としての成績は拮抗していたと思います。

 『動』の中村『静』の服部。




 八木橋くんがエースとして選んだのは、服部くんでした。



 エースを決める期間中、監督は八木橋くんに言ったそうです。




 『俺がお前に決めさせる意味を、よく考えろ』


 この言葉の意味が、最初私にはわかりませんでした。

 しかし、よくよく考えてみたらですが……


 主将になった八木橋くんのためだったのかもしれません。

 実力が拮抗している投手。それで自分の友達を迷わず選ぶようなら、八木橋という選手はそれまでの男である。

 一人の人間の感情ではなく、チームのことを考えて決断できるか、監督は八木橋という男を試したのかもしれません。


 他校との練習試合の時のことでした。

 こんなことがあったそうです。


 練習試合中、服部くんが登板中に、ファーストを守っていた寺内くんに、


「そんなふにゃふにゃしてねえでエースならもっと真面目に投げろよ服部!!」と怒鳴ったそうです。


 というのも寺内くんは、中村くんの投球に惚れ込んでおり、彼の後で守るものだと思っていたそうです。それが、主将が自分の意見も聞かずにエースを服部にして、

色々と溜まっている部分があったのかもしれません。


 服部くんは、いつも通りそれに対して反応を返さなかったのですが……


 八木橋くんは試合を止めて寺内くんのところまで詰めていきました。


「エースに向かって今の発言は許せん。取り消せ」


「思ったことを言っただけで何が悪いんだよ!」


 これは揉め事だ。ということで選手たちが二人に集まっていきました。


「俺はずっと中村の後守りたかったんだよ!! こいつには中村みたいな覇気がねえ! 気に入らねえんならお前(八木橋)がここ(ファースト)守ってみろよ!」


「…… ……わかった。田島」


 八木橋くんは、一年生の田島くんを呼びつけました。


「お前が一塁守れ」


 当然、場が荒れ出します。


「お前監督のつもりかよ!! 主将ってのは独裁者なのか!?」


 寺内くんが頭に血が上っていると、彼の頭を思い切りグローブで引っ叩く人間が現れました。

 …… 中村くんでした。


「何すんだよ……俺はお前のために」


 すると中村くんも険しい顔で、


「チームの足を引っ張るな。田島。お前が一塁守れ。監督いいですね!?」


 少し離れてみていた監督が、


「勝手にしろ。田島、やれるんだな?」


「は、はい」


 この瞬間、チームの一塁手が変わりました。


 このほかにも、服部くんに懐疑的な態度をとるチームメイトやスタッフは現れましたが、その度に八木橋くんが現れてフォローして回ったそうです。

 チームのエースのために、矢面にも立つ。

 これが、キャッチャーの仕事なのでしょうか。それとも主将の仕事でしょうか……。

 

 この話を知った時、これがチームか。と思ったものでした。




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