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あたらしいエースのこと


 聞いたところによりますと、八木橋くんと、エース候補の中村くんは同郷の幼馴染と言ってもいい関係なのだそうです。

 そいえば、一年の頃から中村くんの投球練習には、奈良橋くんがいつも相手をしていたように思えます。

 私的な感情で決めて良いなら、奈良橋くんは中村くんをエースにしていたのだと思います。

 

 簡単に決められなかったのは、中村くんと服部くん、二人のタイプが全く違っていたからだと言われています。


 闘志に満ち、一球一球に気持ちと大声を出して投げ込む中村くん。

 淡々と、のらりくらり、感情も出さずにテンポ良く投げ込む服部くん。

 利き腕もまた、鏡写のように右腕と左腕。

 マウンドに立っている時間でさえも二人は倍近く違っていたといいます。

 比較なんてできませんよね。


 学生内でも意見は割れていた、と聞きます。

 勇気と勝利を呼び込む中村くんの投球がエースにふさわしいとする部員も、

真逆に、どんな状況でもブレず崩れず慌てずに、淡々と投げ込む服部の後で守りたいと言う部員も、同じくらいの人数がいました。

 

 主将で捕手の八木橋が、どちらをエースに選ぶのかが注目の的になり、それが八木橋くんをさらに苦しめておりました。

 なぜ、監督は大きな責任を伴う決断を、八木橋くんに押しつけたのでしょうか?


「今週中には決めろ」と監督には言われているようなので、八木橋くんはみるみる元気がなくなっていきました。

 彼からしてみれば言い方を変えると、幼馴染で、仲がいい中村を選ぶべきか、選ばないべきなのかという選択でした。

 

 さて、投手二人はどうしていたかというと、これが意外と落ち着いていました。

 強豪校のエースになる。これは名誉なことだし、逆に責任感が伴います。

 選ばれるにしても、選ばれないにしても、とても気が気ではないと思います。

 私だったら、地獄のような一週間になるのではないかと思ってしまいますね。


 それが二人とも、いつものように練習に励み、普段通り生活していました。


 しかしその空気は渦中の二人だけです。

 どっちがチームのエースになるのか、異様な空気感は漂います。 


 私までなぜか緊張してしまっていたと思います。


 それにしても、どうして監督はこんなことを生徒にやらせるのか。

 北澤さんですら、こんなことは初めてだとおっしゃってました。


「ただな……」


 ある日の清掃中のことでした。北澤さんが私に教えてくれたのです。


「監督は八木橋に、『俺がお前に決めさせる意味を、よく考えろ』と……。こう言ったそうなんだよ」


「主将が、エースを決める意味ですか?」


「『主将が』、なのか、『八木橋が』、なのかはわからんがね」




 一週間なんていうものは、ほんの一瞬です。

 あっという間に、決断の日がやってきました。

 八木橋くんが選んだのは、幼馴染の中村くん……ではなく、服部くんの方でした。


 エース決定の報を聞いた時、中村くんはただ、黙って何度か頷いたそうです。


 このようにして、このチームのエースは決まりました。


 それから三日は経った頃でしょうか。

 練習終わりの中村くんを見かけました。

 彼はエースではないものの、抑えや、第二先発となることが決定しているので、当然気を抜くことはできませんでした。

 しかし……あんなことがあった後では少なからず気持ちに変化が起きるものだと思ってしまうのですが、中村くんはそんなことありませんでした。

 私はもちろん、声をかけることなんてできませんでした。


 なのにです。私の後ろから北澤さんがやってきて、中村くんに話しかけたのでした。


「残念だったね。エースの件は」


 私はなんというか、中村くんに申し訳ないような、ちょっとヒリヒリした気持ちになりました。北澤さんにはどこか、こういうところがありました。


 しかし、中村くんは表情ひとつ変えずに応えたんです。


「別に、服部が選ばれると思ってましたから」


「そうかい? 実力は同じくらいだったんだろう? それに八木橋は君の……」


「『友達』と、『バッテリー』では全く違いますから。仲がいいからこそ不利に働くことだって、あるわけですから。

 八木橋はそれをわかってて、服部を指名したんだと思います」


「ええ? だからって、あんなボーッとしてる子がエースで、納得いくの?」


 北澤さんは、こういうところがあるんです。悪気はきっとないんです。


「服部はいい投手ですよ。彼は、強い。

 自分の声が大きいから、服部はボーッとしてるなんて言われてますけど……ああ見えて誰よりも熱い男です」


「そうかい!? そうは見えないけどなあ」


「マウンドでボーッとしてるようなやつは……まずこの山に来ないと思いますよ。

 何かあるんです。服部には。

 何もないなら、俺がマウンドから下ろすだけです」


 しっかりしてますよね。自分が高校生の時、こんなにしっかりしていただろうか? なんて思ってしまいました。


 蝉の鳴き声がまだ聞こえます。

 ひんからからから……と、コマドリも泣いております。

 夏の終わりが、山に訪れました。


 服部、中村世代 と呼ばれたチームは、こうして生まれました。 


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