第7話 王妃達の都
その後、私の領地と、私達が住む街は順調に発展を遂げた。
特に、王太子妃とその子供達を警護する国王軍の常駐は大きな効果があり、街の城壁の建設も相まって、街は王国でも有数の安全を誇る場所となった。
一般的に、治安の良い街には多くの人々が住む。すると、その人々の消費を目当てにして、外から商人が移り住み、新たな商売を興す。商売は建設や人々の消費を促すと共に、様々な物流の拠点となり、街の利便性を向上させる。すると、さらに多くの人々が移り住んでくる。
この数年、私の街ではそんな好循環が起き、今では「中都市」と呼んでも良いレベルにまで成長していた。
そして、ローゼマリーの子供達が貴族学園に入学できる年齢になった頃、国王は早期に退位してハインリヒに王位を譲り、彼が代わりに国王に即位した。
しばらくして、王国の人々は、私達が住む街を敬意を持ってこう呼ぶようになった。
王妃達の都。
王妃になった私とローゼマリーにちなんだ呼び名だ。
さらには、国王であるハインリヒが頻繁に訪れる街としても有名だったため、人々は憚ることなく「実質的な王都はこちらだ」と言うようになっていた。
◇ ◇ ◇
私が一人、城館のバルコニーに置かれたテーブルで、そんな街の景色を楽しみながらお茶を飲んでいると、開けっ放しのガラス窓をトントンと片手で叩く音がした。
「ユリア様、失礼します」
私が目を向けると、そこにはローゼマリーが立っていた。
「あぁ、ローゼマリーさん。良かったら、ローゼマリーさんも一緒にお茶をどうかしら?」
「はい、そのつもりで参りました。是非ご一緒させてください」
ローゼマリーは笑顔でそう答えると、私の目の前の椅子に腰掛ける。
「侍女はいないから、全部セルフサービスだけれど、大丈夫?」
「もちろんです。私は侍女がいると落ち着かないので、セルフサービスの方が嬉しいです」
「ふふっ、謙虚な王妃様ね」
「それはユリア様も同じですよ」
私達は、お互いに顔を見合わせて笑い合う。すると、ローゼマリーがバルコニーの外に視線を向け、大空を見上げた。
「今日はとても良い天気ですね。澄み切った青空がとても綺麗です」
「そうね。もうすぐ街で収穫祭があるし、このまま良い天気が続くといいわね」
私も一緒に大空を見上げる。そして、しばらくの間を置いて、私はゆっくりと口を開いた。
「……フリーダはもう出発した?」
私がそう言うと、ローゼマリーは視線を下げた。
「はい。先程、王都に向けて出発しました」
「そう……。フリーダは、マクシミリアンに何かあった時の王位継承権者だから、王女として貴族学園でしっかりと勉強して、貴族間のつながりを作ってもらわないとね。……とはいっても、やっぱり離れるのは寂しいかしら?」
私がそう言うと、ローゼマリーは私を見て、困ったように笑みを浮かべる。
「はい。たったの十歳で、しばらくお別れになってしまうなんて寂しいです」
ローゼマリーはそう言って、視線を下げた。
「それに、マクシミリアンやフリーダが、あの陰謀渦巻く王宮でちゃんとやっていけるのか心配です。……とは言っても、私が側にいてあげられないのは、王宮に住んでいない私に原因がありますから、我慢しなくちゃいけないとは思っています」
彼女は再び、バルコニーの外に視線を向けた。そして、しばらく黙り込んだ後、口を開く。
「……ユリア様」
「ん? なに?」
「……私はまだ、ここに住んでいても良いでしょうか?」
その言葉に、私は目をパチパチとさせた。ローゼマリーは寂し気に目を伏せる。
「王位継承権を持つ子供達は、無事に貴族学園に入学できるまでに成長しました。その結果、ユリア様にとっても、『禁忌の子を産まないようにする』という当初の目的は達成できたと思います。簡単にいえば、王家にとっても、ユリア様にとっても、私はもう用無しです……」
私は椅子から立ち上がると、俯いたままのローゼマリーに近付く。そして、片手を彼女の背中にそっと置いた。
「そんな風に考えるのは、もう終わりにしない?」
私がそう言うと、ローゼマリーは顔を上げて私を見た。
「ローゼマリーさんは私にとってかけがえのない家族だし、あなたのご両親もここにいるでしょ? ハインリヒも頻繁にここに来ている。あなたがいなくなったら、悲しむ人がたくさんいるわよ?」
彼女は再び視線を下げた。
「でも、私がここにいるのを良く思わない高位貴族の方がいらっしゃると聞きました。『田舎貴族の王妃が、ハインリヒ様やユリア様を利用して国を支配しようとしている』と噂されているようです。そのうち私は、外圧によってここを追い出されるのではないかと思っています……」
私もその噂を聞いたことがあった。ここが「王妃達の都」と呼ばれるようになってから、ローゼマリーに関する様々な悪評が増えてきたように感じる。
しかし、そんな噂や悪評が増えたのは、「王妃達の都」が第二の王都になり始めていることに関係がある。
国王になったハインリヒは、国の重要な決定事項に関する相談事を、ローゼマリーに持ってくることが多くなっていた。
実際には、ローゼマリーから私を通じて、国の三分の一を実質的に支配するグレスラー公爵家と政策を調整するためなのだが、王宮派の高位貴族から見ると、ローゼマリーがハインリヒを呼んでは政策に口を出しているように見えるのだろう。
私は彼女が座るテーブルの横にしゃがみ込む。すると、ローゼマリーは私を見て首を傾げた。
「そんな噂を気にする必要はないと思うのだけれど、気になるのなら、こういうのはどうかしら?」
私はそう言うと、笑顔を浮かべてローゼマリーの腰に抱き付いた。そして、椅子に座る彼女のお腹に頭を当ててグリグリとしながら、子供のような高めの声を出す。
「ローゼマリーさん、大好き~! どうか、どこにもいかないで~! ずっとずっと私のそばにいて~! 私を捨てないで~!」
「ユッ……ユリア様!?」
私は頬を赤く染めて顔を上げると、ローゼマリーに問い掛けた。
「ローゼマリーさん、私のこと、好き? 嫌い?」
私の質問に、ローゼマリーは一瞬固まる。しかし、すぐに顔を赤くして唇を震わせながら、叫ぶように声を出した。
「すっ……好きに決まっているじゃないですかっ! どうして、そんな分かり切ったことを聞くんですか!」
私は彼女にニヤッとした笑みを向けた。
「これで決まりね。ローゼマリーさんは王妃でありながら、私の愛人になった。私はあなたをここに囲い込む。そして、一緒に暮らしながら、私はあなたを精一杯甘やかすの」
「はぁっ!? 何ですか、それ!」
私は立ち上がると、まだ顔を赤くしたまま動揺しているローゼマリーに目を向ける。そして、優しく微笑んだ。
「王宮派の貴族達や侍女達に何か言われたり、嫌がらせを受けるようなことがあったら、『私はユリア様の愛人です。どうなっても知りませんよ』と言うといいわ。私が全力でその貴族や侍女を排除する。私は、ローゼマリーさんをいじめる奴らを絶対に許さない」
私はローゼマリーに、『愛人』は貴族達を牽制するためのカモフラージュだと種明かしをした。
しかし、ローゼマリーは相変わらず真っ赤な顔のまま、目を泳がせながら口を開く。
「理由は分かりましたが、私とユリア様が、あっ……愛人関係だなんて……」
「変だと思う? でも、高位貴族の間では普通の話よ。王族と高位貴族の秘密を教えてあげたから知っているでしょ? 私は独り身みたいなものだし、ハインリヒとの接触を避けているから、そういう趣味を持っていると思われていてもおかしくないわ」
「それはそうかもしれませんが……」
私はそんなローゼマリーにグッと顔を近付けると、その顎に手を添えた。
「嘘はイヤ? もしローゼマリーさんが本気の恋愛を望むなら、私は受け入れてあげてもいいわよ?」
彼女は私の誘いに目を丸くして驚くと、私の手を振り払って、なんとか言葉を絞り出した。
「いやっ、それはちょっと……! 私は一生ユリア様のお側にいたいとは思っていますが、今はハインリヒ様に悪いので遠慮しますっ! また次回でお願いしますっ!」
いまだに顔を真っ赤にしたまま動揺するローゼマリーを見て、私は吹き出すように笑った。
【おしまい】
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!
元が短編のため、少し唐突な終わり方だと感じた場合は申し訳ありません。
☆で評価、もしくは、リアクションボタンで反応をいただけると嬉しいです!