第4話 恥ずべき秘密と全ての真相
「……今から、王族の恥ずべき秘密をもう一つだけお伝えします」
私はそう言うと、握っていた彼女の手を放した。
「あまりの浅ましさに、聞かない方が良かったと思うかもしれません。ですが、私が知っておいて欲しいのです。どうか、他言無用でお願いします」
ローゼマリーは私の言葉を聞いて、泣き顔のまま、無言で頷いた。
私はテーブルの上の蝋燭をじっと見つめると、ゆっくりと口を開く。
「……実は私は、グレスラー公爵家の人間ではないのです」
ローゼマリーは、私の言葉を理解できないような表情を浮かべる。
私はそんなローゼマリーを真っ直ぐに見て、はっきりと聞こえるように、強めの口調で言葉を続けた。
「私は、現国王陛下とグレスラー公爵夫人の間の子、王女ユリアです」
ローゼマリーは大きく目を見開くと、口元に両手を当てて驚いた表情を浮かべた。
私はローゼマリーから視線を外す。
「……しかし、この話は公表できるものではありません。国王には複数の王妃と側室が許されているものの、相手が有力貴族の夫人なら別です。私の存在は、政治的にとても問題のあるものです。正室の子と争いが起きる可能性があります。ですから、この話は、私とお母様、国王陛下の三人の間だけでの秘密です」
私はローゼマリーに視線を戻すと、母親から聞いた自身の出生の秘密を説明した。
「二十年程前、伯爵家の令嬢だったお母様は、当時王太子だった国王陛下と恋仲にありました。国王陛下もお母様を愛し、将来の婚姻を誓い合ったといいます。相思相愛の二人は、貴族学園で共に学び、時間を見つけては語り合い、時に夫婦となった未来を夢見て、ゆっくりと愛を育んだそうです」
しかし、高位貴族間の結婚は政略により決定される。二人の仲は引き裂かれ、私の母は卒業と同時にグレスラー公爵家に嫁ぐことを強制された。一方、王太子は、王族会議によって予め決められていた侯爵令嬢と婚姻を結ぶことになった。
「二人はそれぞれの相手と婚姻を結びましたが、何かと理由を作っては密かに会っていたそうです。その時は、おそらく、このような隠し部屋を利用したのでしょう」
私はそう説明しながら、小部屋を見渡した。
「婚姻から半年後、当時の王太子妃様がハインリヒを身籠りました。そして、それと同じくして、お母様も私を身籠りました。どちらも、現国王陛下の子でした」
すると、ローゼマリーが涙を拭いながら口を挟んだ。
「ユリア様を疑うわけではないのですが、なぜ、そう言い切れるのでしょうか? 密会はあったとしても、ユリア様が国王陛下の子である確率よりも、グレスラー公爵様の子である確率の方が高いのではないでしょうか?」
私は彼女の言葉にコクリと頷く。
「そうですね。お母様は当然、公爵夫人の義務として、お父様の夜のお相手もしていましたから、私がグレスラー公爵の娘である確率の方が高いと思うのが普通でしょう」
そう言った後、私はテーブルの上に置かれた蝋燭に視線を向けた。
「しかし、お母様は、お父様との営みの後には必ず即効性の子流しの毒を飲んでいたそうなのです。そして、強制的な月のものを経た後、妊娠しやすいと言われる時期を狙って、国王陛下を訪問していました……。その時に、このような隠し部屋で何をしていたのかは、ローゼマリーさんでも想像できると思います」
ローゼマリーは驚いた表情を浮かべたまま、言葉を失った。
「お母様は陛下との営みの後、子流しの毒を飲まず、しばらく体調不良を訴えて、お父様との営みを控えたということでした。そして、子流しの毒による身体への負担を顧みることなく、妊娠の理由付けのためにお父様との関係も維持しながら、そのような行為を数か月にもわたって繰り返したそうです」
私は自分の心のように揺れる蝋燭の火をじっと見つめる。
「そうして、お母様はついに私を妊娠しました。それが分かった日、お母様は嬉しさのあまり、自室で号泣したそうです。たとえ公にできなくても、愛する人の子を産めることが、何よりも幸せだったとおっしゃって……」
私は視線を下げたまま、嘲るような笑みを浮かべた。
「……まったく、王族と高位貴族らしい、とても身勝手な話だと思いませんか? よくこんな恥ずかしい話を、娘に聞かせることができたものです。一体、なにが純愛なのですか? お互い、抑制がきかない欲望の塊ではないですか。生まれてくる子供の気持ちなんて、何も考えていない」
私の強い口調に、ローゼマリーは自身とハインリヒの関係を責められていると感じたようで、申し訳なさそうに目を伏せた。
しばらくの間、部屋に沈黙が流れる。
私は目に滲んだ涙を指で拭うと、ローゼマリーに笑顔を向けた。
「……ごめんなさい。話の途中でしたね。実は、私が王族の血統であることを示す証拠があります」
私は自分の目元に指先を当てた。
「ローゼマリーさん。私の目は紫色なのですが、どう思いますか?」
ローゼマリーは私の突然の質問に驚きながらも、その意図を少し考えてから、私の目をじっと見つめた。
「陛下の瞳は青色で、公爵夫人の瞳は紫色です。グレスラー公爵は茶色だったと思います。青色と紫色では紫色が優性遺伝子、茶色と紫色では茶色が優性遺伝子と言われています。ですが、必ずしもそうなるわけではありません。……ユリア様に逆らうようで申し訳ありませんが、紫色の瞳を根拠に出されても、ユリア様が陛下の子であることの証拠にはならないと思います」
ローゼマリーは先程から、私が国王と公爵夫人の間の子であることを否定したがっているように見えた。
きっと、私の母親によって、自分が信じる「純愛」や「真の愛」が汚されたことを認めたくないのだろう。しかし一方で、自分のしていることが私の母親と大して変わらず、自分も同じ道を辿ったかもしれないということに深い葛藤を抱いているようだった。
私は笑顔のまま、首を軽く左右に振った。
「違います。私が問いたかったのは、これが『本当に紫色かどうか?』ということです」
ローゼマリーは理解できない様子で、訝し気な表情を浮かべた。
「……どういうことでしょうか?」
私はテーブルの上に手を下ろして、ローゼマリーを真っ直ぐに見る。
「私の瞳の色は、この国でよく見られる普通の紫色ではありません。角度によって淡く輝く青紫色です。これは、国王陛下の曾祖母様から引き継いだ異民族の王の瞳の色、『ロイヤル・バイオレット』なのです」
ローゼマリーは目を大きく見開いて、私を見た。
「陛下の曾祖母様は、元々異民族の王女で、八十年ほど前に私達の国と同盟を結ぶために嫁いで来られました。私は直接お会いしたことはありませんが、とても美しい青紫色、『ロイヤル・バイオレットの瞳』をお持ちだったと聞いています」
私は視線を下げて、右手を目元に当てる。
「ローゼマリーさんのお話の通り、優性遺伝子と異なる色の瞳を持つ子供は珍しくはありません。そのため、お父様は私の瞳を見ても、特に疑念を持つことはありませんでした。陛下の曾祖母様のことも知りません。しかし、お母様の子供達五人の中で、『王の瞳』を持つのは私だけなのです」
私は手を下ろすと、テーブルの上に置かれた蝋燭の炎をじっと見つめた。
「グレスラー公爵家が王家から分かれたのは、ずっと昔のことです。お父様の公爵家の血筋に、異民族の王家の血は入っていません。つまり、お母様の先祖に異民族の王がいない限り、グレスラー公爵家に『王の瞳』を持つ者は生まれないのです」
私は顔を上げると、寂し気に笑みを浮かべた。
「お母様の伯爵家の血筋で、それは考えられません……。だとすれば、『私だけ、父方の先祖に異民族の王がいる』と考えるのが自然ではないでしょうか?」
ローゼマリーは私の言葉に何も返せず、口を引き結んだ。
しばらくの沈黙の後、私はテーブルの上に置いた両手をギュッと握りしめた。
「……四年ほど前、私が十五歳の誕生日を迎えた時、お母様からこの出生の秘密を告げられました。国王陛下も、私に秘密を明かすことに同意されたそうです。王族達の会議で、ハインリヒと私の婚約が決まった直後でしたから、二人はこのまま隠し通すわけにはいかないと思ったのでしょう」
私は眉間に皺を寄せて俯く。
「二人は私に何を伝えたかったのでしょうね……。私が異母兄弟のハインリヒの子を産めば、禁忌の子となり、先天的な病を持つ確率が高くなります。仮に、その子に問題が無くても、さらにその子供には病が現れるかもしれません……」
ローゼマリーは心配そうな表情を浮かべて、私を見つめた。
「二人は私に、『ハインリヒの子を産むな』と言いたかったのでしょうか? それとも、『早々にハインリヒの側室を準備せよ』と伝えたかったのでしょうか? ……お母様は無責任にも、出生の秘密以上のことを何も言ってくれませんでした」
私は顔を上げて、ローゼマリーに視線を向けた。
「そんな時、ローゼマリーさん、あなたが現れました。私が羨むほどに明るくて可憐なあなたは、婚約者である私の存在など気にせず、すぐにハインリヒの心を掴みました」
ローゼマリーは申し訳なさそうにして俯く。
「私はこれを好機だと思いました。すぐに、あなたを利用して、ハインリヒに私との婚約を破棄させることを計画しました」
私はそう言った後、彼女を見て苦笑した。
「ただ、この時は、私が婚約破棄された後のことは何も考えていませんでした。……今だから言いますが、私が婚約破棄されたとしても、あなたは王太子妃にはなれなかったと思います。身分から考えて、世継ぎを産む資格がある側室になることも難しいでしょう。名前も出せない愛人が精一杯です。もしかすると、愛人にすらなれないまま、国外追放や処刑になっていたかもしれません」
ローゼマリーは高位貴族社会の現実を聞いて、俯いたまま唇を噛んだ。
「正直なところ、私は『婚約破棄されれば、あなたのことなんかどうでも良い』、そう思っていました。……ですが、あなたが不幸な運命をたどった時、私はきっと深く後悔すると感じたのです。なぜならそれは、私が最も蔑んだ、身勝手な高位貴族の姿そのものだからです」
ローゼマリーはゆっくりと顔を上げる。私はそんな彼女に笑みを向けた。
「それに、私は昔から、物語はハッピーエンドで終わるのが好きでした」
私は視線を少しだけ下げる。
「私は婚約破棄に至るシナリオを変更し、自分が第二王太子妃になることにしました。あなたを陰から支え、数々の悪巧みから守り、あなたが安心して将来の王子・王女を産むことができるように、全力を尽くすことに決めたのです」
私はローゼマリーに視線を戻す。
「私の計画は順調に進み、こうして、あなたを第一王太子妃、自分を第二王太子妃にすることに成功しました。そして、王宮の隠し部屋で、父親である国王に責任を問い、未来を失った私への償いとして、今の領地と城館を提供させました」
私はそう言った後、寂し気に目を伏せた。
「これが全ての真相です。もう隠していることは何もありません。……国王を脅すなんて、私も随分と酷いことをしていますね。始めから終わりまで、王族と高位貴族の身勝手な話で、本当にごめんなさい……」
部屋に長い沈黙が流れる。そのまま、何分もの時間が過ぎた。
しばらくして、私は王族・高位貴族の人間関係が書かれた紙を手に取ると、蝋燭の火を紙に移す。そして、テーブルに置かれていた灰皿にその紙を載せた。紙はゆっくりと燃えながら、少しずつ灰になっていく。
「……つまらない長話で、ローゼマリーさんも疲れたと思います。今度こそ、本当にお茶にしましょう」
私は笑顔でローゼマリーにそう言うと、椅子から立ち上がった。そして、彼女に手を差し伸べる。
しかし、ローゼマリーは私の手を取らず、起立して私に近付いた後、私の身体をギュッと抱き締めた。
「私のために第二王太子妃になっていただいて、本当にありがとうございます」
私は、抱き付いている彼女の頭を撫でる。
「こちらこそ、ありがとうございます。あなたが現れなければ、私は禁忌の子を産むことになり、もっと大きな悲劇が私を襲っていたと思います。ですから、私はあなたに感謝しています。ハインリヒのこと、どうかよろしくお願いします」
すると、ローゼマリーは私の肩に顔を埋めながら、身体を抱く力を強めた。
「……ハッピーエンドがお好きでしたら、ユリア様も幸せになりましょう。物語の中で一人だけ、辛そうな顔を浮かべているなんて許しません。こんなに優しい人が、どうして罰を受けなきゃいけないんですか。私は納得できません」
私はローゼマリーの言葉を聞いて、目から涙が溢れ出る。
「ローゼマリーさん。ありがとう……」
私は彼女を抱き締めたまま、嗚咽するのを止められなかった。