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第3話 王族と高位貴族の秘密

「ユリア様~っ!」


 私が屋敷の廊下を歩いていると、後ろから走ってきたローゼマリーが私の右腕にギュッとしがみ付いてきた。


「……まったく、鬱陶(うっとう)しいわね。今すぐ私から離れなさい」


 私がそう言っても、ローゼマリーは離れない。逆に、私の右腕にさらに力強くしがみ付く。


「そんなに冷たくしないでくださいよ~。大好きなユリア様にお会いできて嬉しいんですから。それに、同じ王太子妃なんですし、仲良くしましょうよ~」


 ローゼマリーは婚約(こんやく)の儀式を終えてから、私にとても(なつ)くようになった。


 彼女は、婚姻の準備で王宮を訪問した時には礼儀正しくしているものの、私の屋敷ではこうして素を見せていた。


 私は右腕にしがみ付くローゼマリーの頭を左手で撫でると、軽く微笑(ほほえ)んだ。


「……もう、仕方がない子ね。私の屋敷では良いけれど、王宮ではちゃんとマナーを守らなくては駄目よ?」


「はい、ユリア様!」


 婚約(こんやく)の儀式から約半年が経ち、私達はあと一か月ほどでハインリヒとの婚姻(こんいん)の日を迎える。ローゼマリーが第一王太子妃、私が第二王太子妃になる予定だ。


 半年前、ジールマン男爵は、ローゼマリーとの婚約の破棄をハインリヒに願い出たものの、私の予想通り、その願いは却下された。それどころか、ジールマン男爵は、ローゼマリーが王族に混乱を起こした責任を取らされ、国王に男爵位と貴族籍を剥奪された。


 ローゼマリーはショックを受けていたが、やむを得ない処分だ。もし男爵の爵位を上げたり維持したままにするようなことをすれば、今後、王子に娘を近付けて、高位の爵位を得ようと(たくら)む貴族が出てきてしまう。


 こうして、王家はジールマン男爵家に全ての責任を取らせて、婚約破棄騒動の事態の収拾を図ろうとした。


 貴族達はそんな王家の対応を受け入れ始めたものの、私だけはハインリヒを許さなかった。


 婚約破棄騒動の補償として、私は国王に直談判し、国王直轄領の一部を私個人へ割譲(かつじょう)することを要求した。


 王太子妃に領地を与えることは例外中の例外ではあったものの、王国軍の実権を握るグレスラー公爵家の娘に恥をかかせたとあっては、国王も私の要求を受け入れざるを得ない。彼は私の要求を()み、王都郊外の小さな直轄領を分け与えてくれた。


 ローゼマリーが右腕にしがみ付いたまま、覗き込むように私を見た。


「それにしても、ユリア様はどうしてこんな場所に屋敷を建てられたのですか? それほど王都から離れていませんから、ここに来るのには時間は掛かりませんけど、グレスラー公爵様のお屋敷でも良かったのではないでしょうか?」


「まぁ、婚姻予定の娘が実家にいると、色々とありますからね。こちらの方が良いのです」


 私はローゼマリーにお茶を濁すように答えたが、私が領地を要求して屋敷を建てたのには理由(わけ)があった。


 私はハインリヒと一緒に生活する気がなかったため、早々に別居を始めるための住まいが必要だったのだ。


 私は領地を受け取ると、その中心となる街に、王家の費用で王妃に相応(ふさわ)しい城館の建設に着手した。しかし、竣工には年月が必要であり、しばらくは住むことができない。


 そのため、城館建設予定地の隣に、突貫工事で中規模の貴族屋敷を建てて、当面の住まいとした。


 そして、ハインリヒが謹慎処分を受けている間、私はその屋敷に毎日のようにローゼマリーを呼び、彼女に「第一王太子妃」としての心得を叩きこんでいった。


「ローゼマリー。いい加減にしなさい。ユリア様が困っておいでだろう」


 私達がじゃれ合っていると、廊下の先から歩いてきたジールマン元男爵が、ローゼマリーを(たしな)めた。すると、彼女は掴んでいた私の右腕を(はな)し、数歩下がって、申し訳なさそうにして頭を下げた。


「ごめんなさい、お父様……」


「これ以上、ユリア様にご迷惑をお掛けしては駄目だ。反省しなさい」


 元男爵はそう言った後、私に進路を譲って、私が通り過ぎるまでお辞儀をする。そして、私が通り過ぎた後、私の後をトボトボと歩いていたローゼマリーに小声で話し掛けた。


「……元気そうでなりよりだ。身体を壊さぬようにな」


 ローゼマリーはその言葉に驚いて元男爵に視線を向けると、頬を赤くして深く頭を下げた。


「はい! ありがとうございます!」


 私は、そんな不器用なジールマン元男爵とローゼマリーのやり取りを、後方を振り返って見ながら苦笑した。


 ちなみに、ジールマン元男爵は、今は私の領地の行政責任者だ。夫人は財務責任者である。男爵が貴族籍を失って平民となった後、私は夫妻と雇用契約を結び、私の領地の管理を任せていた。


 夫妻は王国辺境の地方出身でありながら、数々の創意工夫を凝らした商売を成功させ、その功績によって男爵位を得ていた。そのため、二人は世襲の無能な貴族ではなく、とても優秀な商売人だ。


 夫妻は統治責任者に就くと同時に、私の勧めもあって、商会の本店を私の領地に移した。そして、他の商売仲間達やその家族を呼び寄せると、すぐに商業ギルドを立ち上げた。


 私もそれを金銭面で支援した結果、最初は「村」だった街の人口は爆発的に増え、住居や学校などの建設ラッシュに沸き、今では辺境の小都市に負けないほどの賑やかさを見せるようになっている。


 当初、婚約破棄騒動の件でジールマン元男爵夫妻を避けていた従者達も、その成果と人柄(ひとがら)を見て彼らを見直し、今ではとても良好な人間関係を築いていた。


「あっ、そうだ。ローゼマリーさんがこんなに早く着いたのなら、早速勉強を始めましょうか」


 私が後ろを歩くローゼマリーにそう言うと、彼女はげんなりした表情を浮かべた。


「……私、予定よりも三時間は早くここに着きました。勉強は後回しでいいんじゃないですか?」


「来月の婚姻の儀式まで時間がありません。あなたは王族として、まだまだ未熟です。私が教えられることは全て教えますから、婚姻までに、しっかりと頭に叩き込んでください」


「私はユリア様とお茶を楽しむために、早めに来たんですよ! まずはお話しましょうよ!」


「何を言っているんですか。駄目に決まっています」


「ユリア様の意地悪~っ!」


 私は嫌がるローゼマリーの手を引っ張って、勉強専用の会議室に移動する。


 そして、ローゼマリーが苦手とする高位貴族のマナー講座から始め、王族としての教養の習得、外交時の振舞いの練習、他言語の学習、次いで、部屋の机や椅子を片付けて、ダンスの実技訓練や簡単な護身術の稽古(けいこ)を行った。


「ちょ……ちょっと待ってください! もう無理です!」


 ローゼマリーはそう言って(ひたい)の汗を(ぬぐ)うと、ドレス姿のまま床に座り込んだ。


「あなた、貴族学園を首席で卒業したのでしょう? この程度の勉強や稽古は余裕なのではないですか?」


「いやいやいや! 全然余裕じゃありません! 知力も体力も限界です! 私は今、ユリア様を差し置いて、自分が首席だったことが信じられません! ユリア様が貴族学園で手を抜いていたとしか考えられません!」


「……そう言われれば、手を抜いていたかもしれませんね」


「えっ!? 本当にそうだったんですか!?」


「良い成績で変に目立って、周りから注目されるのは嫌でしたから。それに、成績発表の日に自慢げな表情を浮かべるローゼマリーさんを見るのは、とても楽しかったですよ」


 言葉を失って私を見上げるローゼマリーに、私は笑みを向けた。


「でもまぁ、確かに少し疲れたように思います。休憩を兼ねて、王族に関する別の勉強をしましょう」


「それじゃあ休憩になってませんよ!」


 私はローゼマリーを無視して、自分と彼女の侍女達に退室を命じた。そして、扉を施錠した後、床に座ったままのローゼマリーの手を引っ張って立ち上がらせる。


「……従者達を退出させて、王族のどんな勉強をするのですか?」


 きょとんとするローゼマリーに、私はポケットから取り出した鍵を見せた。


「秘密の授業です。そろそろあなたに、王族に関する重要情報を伝えます」


 私は壁際にある本棚から本を数冊抜き取ると、その奥にある鍵穴に鍵を挿し込んだ。そして、鍵を回して解錠した後、本棚の端を持って扉のように開ける。


「わっ、何ですかこれ!」


 私は驚くローゼマリーの手を取ると、一緒に奥の小部屋に入った。そして、テーブルの上にある蝋燭(ろうそく)やランプに火を(とも)し、扉を閉めて施錠した。


「……あの、この不気味な部屋は何でしょうか?」


「王族や高位貴族が、内緒の話をする時に使う部屋です」


 私がそう答えると、ローゼマリーは首を(かし)げる。


「でも先程、人払いをしていらっしゃいましたよね? このような薄暗い部屋ではなく、先程の部屋で話すのはダメなんでしょうか?」


「あの部屋だと、どうしても声が外に漏れてしまいます。窓もありますから、スパイがどこかから見ているかもしれません。技術のあるスパイは、私達の(くちびる)の動きから、何を話しているか読み取ることができるのです。今後はローゼマリーさんも、秘密の話をする時は気を付けてください」


 ローゼマリーは軽く相槌(あいづち)を打つ。


「なるほど……。それにしても、ユリア様のお屋敷には、こんな隠し部屋があるんですね」


「王宮にもいくつかありますよ。来月の婚姻の儀式の時に、隠し部屋の場所を教えてあげます。王族には専用の鍵が渡されますから、全ての場所を覚えておきなさい。何かと必要になる時が来ます」


 私はローゼマリーに、目の前の椅子に座るように促す。そして、テーブル横の引き出しから一枚の白紙を取り出すと、ペンを持ってサラサラと絵を描いた。


蝋燭(ろうそく)やランプの光では少々見ずらいですが、今後あなたが王太子妃・王妃として、生き残るために必要な情報を伝えます。絶対に覚えてください。ただ、もし忘れてしまったとしても、私が何度でも教えますから、その時は私を隠し部屋に呼んでください。いいですね?」


 ローゼマリーは「はい」と神妙な表情で(うなず)く。そして、私の手元にある紙に視線を落とした。


「それでは、今から、『王家・高位貴族の人間関係』と『要注意人物達』について説明します」


 私は紙に描いた王族と高位貴族達の関係図をペン先で指しながら、重要人物達の説明をしていく。普段は表舞台に現れない高位貴族達を中心に、それぞれの趣味嗜好(しゅみしこう)、強み・弱み、上下関係、さらには個人的な性的嗜好までを彼女に伝えた。


 始めは興味深く聞いていたローゼマリーだったが、要注意人物の話になると、息を呑むことが多くなった。中でも、一部の高位貴族の犯罪と言っても良い趣味や性癖を聞いた時には、口元に手を当てて顔を引き()らせていた。


 私は一通りの説明を終えると、疲れ切った表情のローゼマリーに笑みを向けた。


「ローゼマリーさん。これが、この国の王族と高位貴族達の世界です」


「…………」


 ローゼマリーは黙り込んだまま、私が説明に使った紙にじっと視線を向けていた。そして、しばらくして、ゆっくりと口を開く。


「……ユリア様は、どうして、このような誰も知らない秘密をご存じなのですか?」


「王族になるのですから、事前に周辺を調査するのは当然です」


「でも、お話いただいたことは、調べようと思って調べられることではないと思います。こちらの女性貴族の(かた)の……、その……、幼児関係の『ご趣味』については、ハインリヒ様からお聞きしたことがありません」


 ローゼマリーは、ハインリヒの遠縁にあたる高位貴族を指差した。その女性貴族は表向き、孤児支援と称して多数の子供達を引き取っていたが、容姿の良い男子だけを選別することで有名だった。


「まぁ、そうでしょうね。呑気(のんき)なハインリヒや、下級貴族のあなたで調査できることではありません。しかし、こういった情報を知っているか知らないかは、今後に大きく影響します。下級貴族のあなたが王妃として歓迎されないことは確実ですから、高位貴族達に(だま)されて、濡れ衣を着せられないようにしなくてはいけません。あなたの身分では、最悪の場合、処刑されます」


 ローゼマリーは、私の言葉を聞いて呆然とする。


「婚姻はゴールではなく、始まりなのです。これからの人生の方がずっと長いのですから、『生き残るために』、今日話した内容を忘れないようにしてください」


 私がそう言うと、ローゼマリーは顔を青くして(うつむ)いた。


「……私は本当にバカでした。ハインリヒ様のことは愛していますが、今は王族になるのが怖くてたまりません……。今日(こんにち)に至るまで、あまりにも多くのものを失いました。これからも多くのものを失っていく気がします。私は、なんて浅はかだったんでしょうか……」


 ローゼマリーは王族・高位貴族の真実を知って、将来を悲観したのかもしれない。個人的には想像していた反応だが、彼女はひどく落ち込んでいた。


 私はテーブルの上に置かれた彼女の手の上に自分の手を重ねる。


「大丈夫ですよ。私が一緒にいる限り、あなたを必ず守ります。だから、安心してください」


 私は彼女の手をギュッと握った。しかし、その表情は暗いままだ。


「……ごめんなさい。(おど)すつもりはなかったのですが、結果的に刺激の強い話で気疲れさせてしまったようですね。部屋の外に出て、お茶にいたしましょう」


 私が椅子から立ち上がろうとすると、ローゼマリーは青い顔のまま、私に目を向けた。


「待ってください。ちょうど内緒の話ができる部屋にいますし、私もユリア様にお話ししたいことがあります。お時間をいただいても、よろしいでしょうか?」


「……問題ありませんが、皆には秘密の話なのですか?」


 ローゼマリーは神妙な表情のまま視線を下げて、コクリと(うなず)いた。


 私が椅子に座り直して、彼女に話を促すと、彼女は一呼吸置いてから口を開いた。


「ハインリヒ様と婚約した後、こうしてユリア様から色々と教えていただく中で、私が感じたことをお話させてください」


 蝋燭(ろうそく)とランプの光が部屋を薄暗く照らす中、ローゼマリーは私をじっと見つめた。そして、長い()を置いてから、ゆっくりと口を開く。


「……この婚姻、おかしいです……」


「えっ?」


 私はローゼマリーの意外な言葉に、大きく目を見開いた。


「ユリア様は上品でお綺麗で、お優しく、とても聡明でいらっしゃいます。そして、人間としての魅力に(あふ)れています。加えて、私が犯した失敗に寛容でいらっしゃるだけではなく、私の両親や兄弟まで救ってくださいました。今までの人生の中で、私はこんなにも素晴らしい(かた)に出会ったことがありません」


「待って。急に何を言い出すの?」


 私が話を止めても、ローゼマリーは話を続ける。


「私が言うのも変ですが、もし私がハインリヒ様だったら、私よりもユリア様との婚姻を優先します。ユリア様を第一王太子妃の地位につけて、下級貴族の私は側室程度にとどめます。全ての点において、ユリア様以上に国母に相応(ふさわ)しい(かた)はいらっしゃいません」


 暗がりの中で私が驚いていると、ローゼマリーはテーブルの蝋燭(ろうそく)の火を見るように視線を下げて、寂し気な笑みを浮かべた。


「……あまりにもおかしいから、私は色々と気付いちゃったんです」


 ローゼマリーは、顔を上げて私を見た。


「ユリア様の貴族学園での私に対する嫌がらせも、高慢な態度も、卒業祝賀パーティーでの私達を(けな)すような発言に至るまで、全てはユリア様が最初から仕組んでいたことだったんですよね? パーティーでの『断罪と婚約破棄の舞台』を整えたのは、私達ではなく、他でもないユリア様だったんですよね?」


 私はその指摘を受けて固まった。そして、思わず彼女から目を()らしてしまう。


 しかし、すぐに彼女に視線を戻して、その顔を(にら)んだ。


「とんだ言い掛かりです! 私が一番の被害者だというのに、あなたはまた、私を傷付けようというのですか? さすがの私でも、今度ばかりは無礼なあなたを許しませんよ!」


 私が叫ぶようにしてそう答えると、ローゼマリーは残念そうに視線を下げた。


「……申し訳ありません。()()()()()()()()()()()()()()()()、謝罪いたします。そして、その(つぐな)いとして、私は婚姻を結んでも子流しの毒を飲み続けます。子供を産みません。ユリア様が世継ぎを産んでください。そうすれば、ユリア様が事実上の第一王太子妃になることができます」


 私は彼女の言葉に絶句した。しかし、すぐに、何とか言葉を絞り出す。


「なっ……何を言っているの!? 責任を取って、あなたが世継ぎを産みなさい!」


「どうしてですか? ユリア様は傷ついているんですよね? 私が長子を産んだら、公爵家のユリア様の立場がないじゃないですか。そうしたら、ユリア様はもっと傷付いてしまいます。他の皆だって……、私に付く予定の侍女達だって、私よりもユリア様が長子を産むことを願っているに決まっています!」


 ローゼマリーの悲痛な叫びに、私は口を(つぐ)んだ。


 蝋燭(ろうそく)とランプの光だけが私達の顔を照らす中、私とローゼマリーは(にら)み合う。


 しばらくして、ローゼマリーの目に徐々に涙が浮かんできた。


「……私は、ユリア様を責めようとしているわけじゃないんです。もともと私が、身分や王族の事情を(わきま)えずに、ハインリヒ様に近付いたのが悪いんです。それを利用されたとしても、私に文句を言う資格はありません。……でも、理想の女性に限りなく近いユリア様を見ていると、自分自身が情けなくなるんです。私が第一王太子妃になることに納得できないんです!」


 目から(あふ)れ出た涙が、ローゼマリーの頬を伝う。


「婚姻から逃げたりしませんから、どうか真実を教えて頂けないでしょうか?」


 私はテーブルの上に置かれた蝋燭(ろうそく)に視線を落とした。そして、しばらく考え込んだ後、再びローゼマリーに視線を戻した。


「……いつから、気付いていたのですか?」


「疑い始めたのは、ユリア様に王族としての基本を教えていただくようになってから、すぐです。婚約の儀式を終えた後、ユリア様は私に対してとても優しくなりました。貴族学園の時とは、まるで正反対でした」


 ローゼマリーは涙を指で(ぬぐ)いながら、視線を下げる。


「私は一瞬で、『これがユリア様の本当のお姿なんだ』と悟りました。私にハインリヒ様を取られたのに、とても幸せそうなユリア様の笑顔を見ているうち、私は今の状況がおかしいと感じるようになりました……。そして、貴族学園の時の記憶を辿(たど)っていくと、ユリア様の行動にいくつも不自然な点があったことに気付きました」


 私は困った笑みをローゼマリーに向けた。


「私の詰めが甘ったのですね……」


 ゆっくりと顔を上げたローゼマリーを見て、私は話を続けた。


「……あなたの言う通りです。卒業祝賀パーティーでの一件は、私が第二王太子妃になるために、長い時間を費やして計画したことでした」


 私はローゼマリーに深く頭を下げた。


「あなたを利用してしまって、本当にごめんなさい。許してもらおうとは思っていませんが、どうしても、そうせざるを得ない理由があったのです」


 ローゼマリーは、少し間を置いてから口を開く。


「……きっと、その理由は教えて頂けないのですよね?」


 私は叱られた子供のように(うつむ)いたまま、唇を噛んでコクリと(うなず)いた。すると、目の前のローゼマリーが、テーブルの上に置いた私の手を取った。


「分かりました。本当のことをお話くださって、ありがとうございました。……そして、今まで本当にありがとうございました」


 私はハッと顔を上げて、ローゼマリーを見た。


「私はもう、ここには来ません。ハインリヒ様を奪った第一王太子妃が、被害者の第二王太子妃を頻繁に訪ねるのはおかしいと思います。嫌われ者の私が一緒にいると、ユリア様に被害が及ぶかもしれません。だから、私は、自分自身の力で王族として生き抜いて見せます。ユリア様が手に入れた幸せを、壊したりはしません」


 そう言ってローゼマリーは笑みを浮かべるが、私の手を取る彼女の手が震え始めた。


「あっ……あれ? おかしいな。私、これから一人で生きていかないといけないのに……。ユリア様に頼ってちゃいけないのに……」


 彼女は両手を互いに押さえつけるようにして、震えを止めようとする。しかし、それもむなしく、一向に震えが止まる気配が無かった。


 今度は私が、彼女の手をギュッと握った。


「無理しないで。私があなたを守ります。私には、あなたを利用した責任があります。だから、これからもどうか頼ってください。公爵家の私にしか、あなたを守ることはできません」


 私がそう言うと、ローゼマリーはポロポロと涙を流して泣き始めた。彼女は王族や高位貴族に関する秘密を聞いて、恐怖で手が震えるのを止められないことに、不甲斐なさを感じて泣いているように見えた。


 ローゼマリーが嗚咽(おえつ)する声が小さな部屋に響く。


 私は、涙を流す彼女の手を握り続けた。

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