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第2話 婚約破棄騒動の代償

 婚約破棄騒動の翌日、王宮ではハインリヒを交えた緊急の王族会議が開かれた。そして、当然のように、彼の婚約をめぐる議論は紛糾した。


 ハインリヒの婚約は元々、数年前の彼抜きの王族会議において、王太后の意向によって決定されていたが、王太后が今回の婚約破棄騒動を激しく非難したことで、ハインリヒとの大喧嘩に発展した。


 王太后が身分の低いローゼマリーを(けな)せば、ハインリヒは口角泡を飛ばして反論する。逆に、彼が王太后中心の王家の古い体制を非難すると、彼女はテーブルを叩いて、ハインリヒからの王位継承権剥奪を主張した。


 両者が激しい罵声の浴びせ合いをする中、最終的に国王が仲裁に入って、二つの裁定を下した。


 一つ目は騒動を起こしたハインリヒの処分だ。彼には半年間の謹慎処分が科せられた。


 もう一つは、ハインリヒの婚約についてだ。結局、ハインリヒが複数の王太子妃を(めと)る案が採用された。その決定によって王太后の面子は保たれ、王家とグレスラー公爵家との関係は維持された。


 そして数日後、ローゼマリーの両親である男爵夫妻が、「華の広間」での「婚約破棄騒動」の話を知ることになる。


 男爵夫妻は騒動の話を聞くや否や、地方都市の住まいから王都に飛んでやって来た。彼らは着衣と金銭だけを持って、通常使うはずの馬車を使わず、早馬を途中の街で替えながら、馬に二人乗りで移動してきた。


 そして、私への謝罪のため、何度も公爵家へ面会申請を(おこな)った。しかし、領地も持たない男爵が、上級貴族である公爵家の人間に簡単に会うことはできない。


 加えて、ローゼマリーが私の婚約者である第一王子を略奪したという話は、貴族だけではなく、従者達にも広く伝わっていた。窓口の担当は、「ジールマン男爵」という名前を見ただけで面会申請を破り捨てていたらしく、私は男爵が王都に来ていることすら知らなかった。


 しかし、ある日、私が買い物のために屋敷の門を出ようとしたところで、馬車が急停止する。私が馬車の窓から斜め前方を確認すると、馬車の行く手を(はば)むように土下座をする三人の姿が見えた。


 その三人は、ジールマン男爵とその夫人、そして、ローゼマリーだ。


 護衛達が男爵達三人を排除しようと剣を抜いたところで、私は馬車の扉を開け、護衛達を止めた。


 すると、私に気付いたジールマン男爵が、頭を下げたまま大きな声を出した。


「この(たび)は、我が娘が卒業祝賀パーティで大変な無礼を働き、誠に申し訳ございません! ユリア様への無礼、娘は万死に値いたしますが、どうか私の命だけでお許しください!」


 私は馬車から降りてジールマン男爵に近付くと、声を掛けた。


「まぁ、確かに無礼ではありましたが、とても面白い余興でしたよ。私は特に気にしていませんから、処罰などいたしません。顔を上げて立ってください」


 私の言葉を受けて、男爵達三人はその場に立ち上がる。


 すると、夫人は涙目のまま、顔を真っ赤にして隣のローゼマリーの胸倉を両手で掴んだ。


「本当に……本当になんてことをしてくれたの! あなたみたいな田舎くさい女が、殿下のお(そば)に寄ることを(おそ)れ多いと思わなかったの!? しかも、目上のユリア様に歯向かうなんて!」


 夫人は、顔を引き()らせるローゼマリーを前後に何度も()する。


「あなたのせいで、お父さんは社交界から追放されてしまったのよ! 貴族の皆様との取引もできなくなって、これから私達家族はどうやって生きていくの!? あなたは自分の我儘(わがまま)で、親と兄弟を殺すつもりなの!?」


 夫人はそう言った後、涙を流しながら、ローゼマリーの(ほお)を思い切り引っ(ぱた)いた。


 ローゼマリーは頬を叩かれて、その場に尻もちをつくように倒れる。しかし、夫人は彼女の胸倉を再び掴んで無理やり立ち上がらせた。そして、右手を振りかぶって、ローゼマリーの頬をもう一度平手打ちした。それを何度も何度も繰り返し、彼女の(ほお)を引っ(ぱた)き続けた。


 ローゼマリーはここに来る前にも頬を(たた)かれていたようで、涙に濡れたその顔は赤く()れ上がり、男性達を魅了した可憐な表情は見る影もない。彼女は「ごめんなさい。ごめんなさい……」と、か細い声を出しながら、ずっと嗚咽(おえつ)していた。


 暴力を見かねた私は、夫人に近付くと、その手を持って平手打ちをやめさせた。


「夫人。先程も言いましたが、私は気にしていませんから、それぐらいでローゼマリーさんを許してあげてください。……正直、見ていて不快です」


 夫人の行動は私に許しを請うための演技とも思えたが、これ以上は見るに()えない。


 私は、地面に尻もちをついたまま泣きじゃくるローゼマリーに視線を向けた。


「ローゼマリーさん。先日、私の(もと)にハインリヒから書簡が届きました。彼は、あなたを第一王太子妃、私を第二王太子妃にするつもりのようでした。ハインリヒに受諾の返事を出しましたか?」


 私がそう言うと、男爵が慌てて口を挟む。


「恐れながら、私の娘はそのような立場にはございません。ですから、処罰される覚悟で、こうしてハインリヒ殿下に申し出のお断りと謝罪のために参上いたしました。しかし、殿下には面会申請を受け入れて頂けず……」


 おそらく、グレスラー公爵家と同様に、男爵は王宮でも門前払いされているのだろう。ハインリヒ自身はローゼマリーとの婚姻を受け入れてはいるものの、その周りの貴族や従者が彼女を拒否しているものと考えられる。


「分かりました。それでは、私がハインリヒに取り次ぎましょう」


 私はそう言った後、苦笑いした。


「こういう事を申し上げるのはお二人に失礼だとは思いますが、男爵と夫人が、王国貴族として普通の感覚を持っていらっしゃることに安心いたしました。私も両親に苦労を掛けていますから、お二人の心労はとても良く分かるつもりです。……大変ですね」


 男爵は私の言葉を聞くと、その場に再び土下座して、(ひたい)を地面に(こす)り付けた。


 一方の夫人は、尻もちをついて泣きながら座っていたローゼマリーを引っ張ってくると、私の前に同様に土下座させて、彼女の(ひたい)を地面に押し付けた。


「殿下へのお取次ぎ、誠に恐れ入ります。しばらくの間、王都にて待機しておりますので、必要とあらば、いつでもお呼び出しください。いつ何時(なんどき)でも、はせ参じます」


 私は三人に顔を上げるように言う。そして、四つん()いの姿勢のまま私を見上げる彼らに、困った笑みを向けた。


「……まぁ、今回の話、残念ながら男爵に拒否権はありませんよ。貴族の子女達の前であれだけのことをしたのですから、ローゼマリーさんは第一王太子妃になるしかありません。一方で、男爵はもう、貴族として社交界で生きていくことはできないでしょう。これは変えられない事実です」


 三人は地面に両手を付けたまま、視線を下げた。特にローゼマリーは顔を青くして、涙を地面にポタポタと落としながら、その身体を震わせていた。


 私は男爵に手を差し伸べた。


「ですから、ジールマン男爵家は私の庇護下(ひごか)に入ってください。グレスラー公爵家の私が後ろ盾となって、男爵のご家族をなんとかして差し上げます」


 男爵は驚いた表情を浮かべた後、私の手を取って、何度も「ありがとうございます、ありがとうございます」と頭を下げた。


    ◇ ◇ ◇


「すべて、計画通りに進んで良かった……」


 私は自室でハインリヒに宛てた手紙を書き終えると、独り言を口にして、椅子から立ち上がって窓際に移動した。


「ジールマン男爵、ローゼマリーさん。ごめんなさい。でも、全てを丸く収めるには、こうするしかなかったんです……。だから、私が持つ力の限りを尽くして、必ずあなた方を支えてみせます」


 私は窓に掛かるレースのカーテンを少しだけ開け、夜空に浮かぶ満月をじっと見つめた。


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