「おまえを愛している」と言い続けていたはずの夫を略奪された途端、バツイチ子持ちの新国王から「とりあえず結婚しようか?」と結婚請求された件
この日、わたしは夫を略奪された負け犬になった。
それは、ほんとうに唐突だった。
たしかに、わたしたちの結婚は他の多くの男女の結婚とは違った。というのも、自分の意思とは関係なく、産まれたときにはすでに定められていたからである。
それでも、彼はわたしを愛してくれた。
というか、そう思い込んでいた。
その日までは。
というのも、夫はわたしに言い続けたのだ。
「おまえを愛している」
と、そのように。
それは、挨拶みたいなものだった。「おはよう」や「こんにちは」や「こんばんは」、と同じように。日に一度その台詞をわたしの耳に囁くことが、夫のルーティンだった。
しかし、それだけだった。
彼は、そう囁いていただけだったのだ。
はやい話が、言葉だけの人だった。
彼は、たしかに「愛している」と囁くだけで側によりそってくれたわけではない。それどころか、わたしの手を握ったり触れたりすることさえなかった。
彼は、わたしが困っているときや悲しんでいるときやうれしいとき、たのしいときや病に苦しんでいるときや感動しているとき、さらには絶望しているときや迷っているときなどなど、いついかなるときでもわたしの側にいなかった。
わたしが必要としているときやいてほしいとき、彼はぜったいにいなかった。
わたしは、精神的にはつねにひとりだった。孤独だった。
とにかく、彼は「愛している」とわたしに囁くだけの男だった。
それを信じていたわたしが悪かったのだ。バカだったのだ。
なにより、満足していたことがいけなかったのだ。
なーんて落ち込んでなるものですか。
正直なところ、略奪されてせいせいしている。囁かれるのは鬱陶しかったから。
「口だけ王子殿下」
それが、王宮での夫のあだ名。もとい元夫の、だった。
とにかく、向こうから売ってきたケンカ、ではなくて向こうから略奪宣言をしてきた。わたしの性格や態度に問題があるから不貞を働いたとしても、わたしに非はない。それならそれで改善するようわたしに言えば言いだけだから。
それを怠った上で不貞を働いたのだ。完璧に向こうに非はある。
というわけで、わたしは堂々としていればいい。
堂々と王宮を去り、自由を得るのだ。
わたしには、自由気ままな第二の人生が待っている。
人生、捨てたものではない。
楽しみでならない。
お茶会は、定期的に行われている。
王宮のご立派な庭園内の東屋で行われるその定例お茶会は、王族に名を連ねる者は強制的に参加させられる。
当然、王子妃であるわたしもである。
その日、いつもの時間に行っていつもの席に座ろうとした。
ちなみに、行くタイミングにも暗黙の了解がある。
王子妃は王妃以外の親類たちよりあとで、王妃の前に席についておかなければならない。そして、最後に国王や王子たちが現れる。
国王や王子たちは、お茶会の前にカード遊びに興じるのだ。
賭け事、という刺激的な遊びに。
それはともかく、その日はいつもと違った。
わたしの席がなかったのである。
厳密には、わたしがいつも座る席にだれかが座っていたのだ。
「あなた、もう参加しなくていいわよ」
わたしの席に座っている彼女が言った。
「というか、あなたはもう不要なの」
彼女は、反応しないわたしにさらに言った。
「わからないかしら? フィリップは、もうわたしのもの。わたしが彼の妻になるの。つまり、あなたから彼をいただいたわけ。だから、あなたはもう必要なくなったの。王子妃でなくなったということよ」
すでに席についている親類たちが、ざわめき始めた。
「というわけで、あなたの席はないの。というか、王宮であなたの居場所はなくなったわ。王宮は、あなたのいるべき場所じゃない。だから、さっさと消えてちょうだい」
ざわめきは、さらにおおきくなっている。
が、だれも声に出しては何も言わない。
たとえば、このような席で略奪宣言する彼女にたいして苦言をていするとか、わたしを擁護するとか、とにかくだれもなにも言わない。
もっとも、言いようがないのだけど。
なぜなら、バカげたことを堂々と宣言した彼女の父親は、宰相だから。
彼女は、国王よりも財力や政治力がある人物を父親に持っているから。
心の中で溜息をついた。
(いっそここで彼女とやり合う? 王子妃として正論をぶちかまし、不貞を非難する?)
一瞬、どうしようかと考えた。
(正直、バカバカしいわね。バカには言ってもわからないでしょうし、そもそも時間のムダよ)
が、すぐに思い直した。
(口ばっかりでわたしを顧みなかったバカ王子にしがみつく価値はないわ。もちろん、愛情や信頼感もね。というか、これってチャンスじゃない? やっと夫や王宮から解放されるのだから。これからは、自由にすごせるわ)
物心ついたときからがんじがらめだった。自分というものがなかった。自由も夢も希望も将来もなにもなかった。
王子妃、いえ、王妃になる為、わたしはわたしではなかった。
それが、いまになってすべてから解放されるのだ。
「それでしたら、わたしは失礼させていただきます。あなたは、あなたの愛するフィリップとどうかおしあわせに」
彼女に言ってやった。最高の笑みを添えて。
それから、颯爽とその場を去った。
途中王妃に、それから国王や王子たちに会った。
もちろん、夫だった「口だけ王子殿下」もいる。
彼は、たったいまわたしがどんな目にあったのか知らないのか、あるいは知らないふりをしているのかはわからない。
とにかく、彼はすました顔をしている。
その顔を見た瞬間、さすがにカチンときた。
しかし、わたしはレディ。元王子妃。感情を剥き出しにするのは大人げない。
「不貞の末路はどうなるかしらね? 王子といえど例外はないから」
だから、すれ違いざま彼の耳に囁いてやった。
おもいっきり不吉に響くよう、全力のハスキーボイスで。
それから、国王と王妃に礼をほどこした。
これが最後の礼である。
彼らと別れると、スキップしていた。
(最高の自由を満喫するわ)
この日、わたしは夫を略奪された負け犬になった。しかし、そのお蔭で自由を得た。
バカな夫より、自由の方がいいことはいうまでもない。
そうよね?
実家であるエリントン侯爵家に使いを送り、荷物の撤収をお願いした。
わが家は代々「武」でもってこの国を、いえ、王族を支えてきた。お父様、つまり現エリントン侯爵は、名誉あるダンヒル王国軍の三大将軍のひとり。当然、三人のお兄様たちも軍で活躍している。かくいう娘のわたしも、レディでありながら剣や槍や体術や乗馬は兵士たちにひけをとならない。お母様も同様である。それから、わが家の使用人たちもほとんどが軍人あがり。
つまり、わが家は体力バカの集団。
だからというわけではないけれど、政治的な駆け引きが苦手である。
謀略とか策謀とか、ましてや王子妃の夫を略奪するなどということは、大の苦手だし大嫌いでもある。
もしもわたしが彼女ならば、まずはわたしに、というか略奪する男の妻に決闘を申し込む。相手を正々堂々と打ち負かしたうえで手に入れるのだ。
なーんてわたしのようなひと昔前の考え方は、いまはもう流行らない。
それはともかく、そんな体力バカのわたしたちでも、今回のこの略奪劇はよくは思っていない。そもそも、この国は一夫一婦制。それは、王族も例外ではない。他国では、王族はひとりでもおおくの後継者を確保するなどの理由から側妃を侍らせていることがほとんど。が、わが国ではそれで何代にも渡って血みどろの闘争が続いたことがあった。それこそ、王族の血が絶える寸前までである。それ以降、側妃は置かないことになったのだ?
そういう歴史を踏まえ、この国では不貞にたいして寛容ではない。不貞を働けば、社会的にも法律的にも抹殺されることがすくなくない。
それもまた。王族も例外ではない。当然、宰相やその娘であっても。
さて、元夫や元夫を略奪したレディは、どう乗り切るのかしらね?
(まっ、どうでもいいんですけど)
身の回りの整理をしつつ、ほくそ笑む。
「王子妃殿下、どうなされたのです?」
「王子妃殿下、これはいったい」
ここ数年自室として使っていた部屋を出ると、侍女や執事たちが集まっていた。
「みなさん、お世話になりました。わたしは、不要になったそうです。元夫は、以前から『おまえを愛している』と言い続けていたレディがいました。そして、元夫はそのレディを妻に迎えるようです」
みんなの前でにこやかに続けた。
元夫がわたしに「おまえを愛している」と毎日言っていたことは、王宮でも有名な話である。とはいえ、それはロマンチックとかうらやましいとか、いいように受け止められていたわけではない。
「口だけ王子殿下」で有名な「口だけ」の実証として、陰で笑われていたのだ。
それはともかく、わたしの宣言で数名の侍女や執事たちが顔を見合せた。
どうやらわたしが気にしなかっただけで、元夫と略奪レディの仲は、まったくの秘密だったわけではなかったのだ。
(それはそうよね。王宮の内外問わず、どれだけ秘密にしようとこっそり会おうと、かならずやだれかに見られたり聞かれたりしてしまうのだから)
わたしが疎すぎただけなのだ。というか、元夫にに関心がなさすぎたのだ。
「そういうわけですので、みなさん。これからも引き続き、王族の方々のお世話をよろしくお願いします」
とりあえず頭を下げてお願いしておいた。
「王子妃殿下、ここから出て行くのが遅かったくらいです」
「そうです。ですが、いまからでも遅くはありません。どうかおしあわせに」
「王子妃殿下でしたら、もっとまともな、いえ、最高の紳士がすぐに現れますよ」
「そうですよ。王子妃殿下に釣り合う、最強最高の紳士が、いいえ、騎士や兵士がいるはずです」
わたしの理想の男性は、わたしより強い男なのである。みんなは、それを知っている。
「みなさん、ありがとう。だけど、しばらくは自由を満喫します。メイ」
わたし専属の侍女のメイは、ハンカチで涙を拭っている。
彼女には、ほんとうに仲良くしてもらった。このままいっしょに連れて帰りたいほど気が合う。
(ちょっと待って。それもありよね? 彼女、給金さえいまと同じかそれ以上提示すればわが家へ来てくれるかしら?)
後日、メイに打診してみよう。
「実家から荷物の撤収に来るの。それまで、とくにぬいぐるみたちをお願いね。あなたや他の侍女たちからもらったぬいぐるみたちですもの。実家でも大切にするわね」
「王子妃殿下、また作ります。じつは、王子妃殿下の大好きな大熊のぬいぐるみをいま縫っている最中なのです」
「まぁぁぁぁっ! 楽しみだわ、メイ。どうせあなたに話しもあるから、また会いましょう。だから、涙はなしよ。メイ、あなたもわたしの自由を祝ってちょうだい」
「はい、王子妃殿下」
彼女が笑顔になってくれた。
その彼女を満足して見ていると、彼女越しに上級侍女が子どもを連れているのが見えた。
具体的には、四、五歳くらいの男の子の手をひいている。
「ズキュン」
その男の子を見た瞬間、矢で胸を打ち抜かれたような衝撃を受けた。
胸だけではない。心と頭と体、とにかく全身にすごい衝撃が走った。
それはもう可愛い男の子なのである。
可愛いだけではない。まだ幼いのに美しくもある。
(尊すぎるわ)
衝撃が去ると、感動が襲ってきた。
その尊すぎる存在に、心と体が震えている。震えが止まらない。
「王子妃殿下っ」
「王子妃殿下っ」
みんな、わたしが卒倒するかと思ったらしい。
それほど震え、ふらついていた。
わたしのことをよく知るみんなである。
すぐにわたしがどうなっているのかを悟った。
そして、その尊い男の子のことを教えてくれた。
じつは、わたしはバリバリの武闘派でありながら可愛いもの好きである。
わたしだけではない。
家族みんながそうである。
強靭な肉体に強面、しかもガチガチの硬派だからこそかもしれない。とにかく、わたしも含めた家族は、可愛いものに目がない。弱いのである。
実家の秘密部屋には、家族みんなが集めた可愛いもので溢れている。
もっとも、同じ武闘派でもわたしだけは、実家や王宮の自室にぬいぐるみを置いているけれど。
わたしくらいの年齢のレディでも、可愛いものが好きでも違和感はないし、許されるからである。
とはいえ、わたしもあまりおおっぴらにしてはいないし、喧伝して可愛いものをプレゼントしてもらおうという気はない。どうせプレゼントしてもらうなら、馬や剣の方がいいから。可愛いものは、あくまでも自分で買って、愛でたい。
メイを始めとした侍女たちは、わたしが可愛いもの好きだと知っている。ぬいぐるみとかグッズとか、そういう程度でだけれど。病的な、とまでは思ってはいない。というわけで、メイたちは手作りのぬいぐるみをプレゼントしてくれた。そういうのはうれしいのだ。
それはともかく、その男の子は、最近やって来たある人の子どもらしい。
(ある人って王族よね?)
当然である。
しかし、詮索しなかった。
いまから去るのである。この男の子のことを知っても名残が惜しくなるだけ。
だけど、挨拶くらいならしてもいいわよね?
「こんにちは」
葛藤に苛まれていると、男の子の方から挨拶してきた。
「こんにちは」
こんな可愛いい子が「こんにちは」、だなんて尊すぎる。
またしても「ズキュン」攻撃を受けてしまった。
なんとか挨拶を返したけれど、顔が怖かったかもしれない。
「遊べたらよかったんだけど……。そうだわ。メイ、この可愛らしい王子様にわたしのぬいぐるたちを紹介してあげて」
「かしこまりました、王子妃殿下」
メイの返事をきき、颯爽と去ることにした。
「みなさん、御機嫌よう」
尊すぎる男の子を「ギュギューッ」と抱きしめたいのを我慢するのに必死だった。
そうしてあらゆる欲をおさえこみ、王宮をあとにした。
お父様と三人のお兄様たちは、軍の大演習に行っていた。
しかし、タイミングよく、というかある意味ではタイミング悪く、わたしが実家に戻ったのと同じくらいに戻ってきた。
夫を略奪された負け犬レディのわたしを。お母様も含めて大歓迎してくれた。
だれもわたしを慰めたり、元気づけたりはしない。
みんな、わたしの性格がそれらを許さないことを知っているからである。
だから、これからのことしか話が出なかった。
『しばらく自由気ままにすごすことにするわ』
家族みんなわたしの宣言を、というかわがままを大賛成してくれた。が、もう間もなく王宮でなにやら発表があるという。そのあとには、夜会があるらしい。それには、遠くの領主たちも集まる。というわけで、わたしも参加した方がいいというわけ。
もしもわたしが出席しなければ、将軍であるお父様やお兄様たちだけでなく、エリントン侯爵家のそのものに恥をかかせ、家名を汚してしまうことになる。
というわけで、それに参加したら別荘に行ってひきこもることにした。
侍女だったメイの引き抜きの件は、お父様とお母様に許可を得ることを忘れなかった。もちろん、本人さえよければ、大歓迎しようと言ってくれた。
あとは、メイの意向を尋ねるだけ。
彼女は、田舎に親兄弟がいる。仕送りをしているのだ。
メイには優秀な双子の弟がいるらしい。お父様にその双子の弟たちの学費をねだってみた。お父様もメイには会ったことがある。聡明でやさしい彼女を気にいってくれている。
メイの双子の弟たちについては、軍の幼年学校に入学するなら口をきいた上に全額学費を提供しようと言ってくれた。
それを引き抜く際の取引材料にするつもりは毛頭ない。
メイへの感謝の気持ちである。
「明日、アルフが来る。おまえにも会いたがっていたぞ」
夕食後にみんなで今回の大演習の批評をしていると、お父様が思い出したように言った。
「アルフお兄様が? あっ、もうお兄様ではないわね。いいおじさんになっているでしょう?」
アルフお兄様というのは、アルフレッド・ゴールドバーグという名で、わが国の公爵家の筆頭ゴールドバーグ家から王家に養子に入り、いまはお父様と三大将軍のひとりになっている。
年齢は、わたしより彼が七、八歳年長である。
わたしがまだ子どもの頃、彼にはよく王宮で遊んでもらった。軍の学校に通っていた彼との遊びは、一般的な子どもの遊びではなかった。剣や槍や体術や乗馬だった。
彼は、当時のわたしの憧れだった。すべてにおいて完璧だった。しかも体格がいい。
しかし、わたしは産まれたときには元夫の婚約者と決まっていた。おたがいにそれぞれの道で忙しくなり、しだいに会うことがなくなってしまった。
アルフお兄様は、養子になったことにより王子のひとりに数えられた。とはいえ、彼は王宮での生活を嫌っていた。わたしと同じように。だから、彼は王族の行事や集まり事にもいっさい参加しなかった。
アルフお兄様とは、もうどれだけ会っていないことか。
そのアルフお兄様に会える。
ほんとうに楽しみでならない。
わたしが子どもの頃から使っていた部屋は、そのまま残してくれている。そして、わたしたち家族の秘密の部屋にはよりいっそう可愛いものが増えていた。
屋敷に戻ってからというもの、夜な夜な秘密の部屋で可愛いものに囲まれ、自室でも堪能しまくる。というわけで、寝不足状態が続いている。
そんな中、アルフお兄様がやって来た。
その日、朝からお兄様たちと剣を楽しんでいた。
王宮では、ときどき近衛隊の隊員と手合わせをしてもらっていた。当然、こっそりとである。
が、彼らは本気を出さない。彼らがわたしを相手に本気をだしていないことがわかっているがゆえに、いっきにテンションが下がり、ヤル気をなくしたものである。
だからこそ、お兄様たちとの剣の試合はテンションが上がりまくる。
お兄様たちは、わたしを溺愛している。それこそ、人目をはばかることなく。なりふりかまわず。しかし、剣や槍などに関しては違ってくる。彼らは、わたしが妹だからとかレディだからといって、けっして力をセーブしたり気を遣ったりはしない。負けん気が強く、勝負に真剣に向き合うわたしに失礼だからと、つねに本気をだしてくれる。
三人のお兄様たちには、幼い頃からどれだけ泣かされたことか。どれだけ痛みと口惜しさを与えられたことか。
人前ではぜったいに泣かないわたしは、毛布にくるまって声を殺し、どれだけ口惜し涙を流したことか。
それはともかく、アルフお兄様は馬でやって来た。将軍という立場にもかかわらず護衛をつけないのは、腕に自信があるからに違いない。
「おやおや。コテンパンにやられているのは、わが愛しの『お転婆レディ』だな?」
彼は、馬上でそう言った。
馬は白馬で、その姿がまた映えている。
彼は、すっかりおじさんになっている。が、いいおじさん具合である。キラキラ光るその顔は、渋カッコよく、その上筋肉質のいい体格をしている。
もっとも、彼がキラキラ光っているのは、太陽を背にしているせいかもしれないけれど。
「そういうあなたは、すっかりおじさんになった『白馬の貴公子』様」
アルフお兄様は、少年時代「白馬の貴公子」と呼ばれていた。彼は、それほどまでに凛々しく美しかった。
「一本取られたな」
アルフお兄様は、目玉をぐるりとまわした。
それが彼の子どものときの癖である。
(いまでもかわらないのね)
懐かしさでいっぱいになった。
お兄様たちは、「ジン」ときているわたしの横で大笑いしている。
アルフお兄様は、お兄様たちよりも年長である。子どもの頃、彼はお兄様たちにも剣や槍を指南してくれた。お父様は、当時も将校のひとりとして第一線で飛び回っていた。だから、アルフお兄様がお父様の代わりだった。
アルフお兄様は、白馬から颯爽と飛び降りるとわたしをハグしようとした。
「そうだったな。きみはもうおひとり様だ。だから、だれかさんに遠慮することなく熱き抱擁をしても大丈夫だよな?」
「熱き抱擁? ええ、もちろん。子どもの頃から会っていなかったんですもの。その分までしてください」
彼の表現に笑ってしまった。
その瞬間、すごい力で抱きしめられた。
(く、くるしい。これは、冗談抜きで熱き抱擁すぎるわ。それにしても、全力すぎない? それにハグにしては長すぎない?)
アルフお兄様は、まるで因縁の敵かのように全力でわたしを抱きしめている。しかもまだ続いている。
(これはもう、ハグというよりかは体術ね)
実際、そういう攻撃方法がある。
「待っていたぞ、アルフ」
お父様がやって来た。
そこでやっと、アルフお兄様から解放された。
咳きこみそうになるのを必死で我慢した。
だって力負けしたみたいで口惜しいから。
食事をし、居間で葡萄ジュースの炭酸割りを飲みながら会話が弾んだ。
本来なら葡萄酒だけれど、わが家は社交の場で付き合い程度にしか酒を嗜まない。
そのかわり、敷地内に炭酸泉が湧いているので葡萄ジュースを炭酸水で割って飲んでいる。これがまた美味しいのである。
それはともかく、わたしのことは社交界でいま一番ホットな話題らしい。
それはそのはず。略奪婚だなんて、時間を持て余してつまらない毎日をすごしている貴族たちのかっこうのネタになる。
「噂には、きっと尾ひれ腹びれ背びれ胸びれ、ついでに臀びれもついているんでしょうね」
「ああ、そうだよ」
アルフお兄様は、豪快に笑った。
笑っている顔は、「白馬の貴公子」と呼ばれていた頃の面影がなくもない。気のせいかもしれないけれど。
「ところでだ、ケイ。今日訪れたのは、きみに用事があるからだ」
アルフお兄様は、ローテーブルの向こうで背筋をピンと伸ばした。
彼は、超プライベートのときまで将校服に身を包んでいる。胸元には、数えきれないほどの階級章や勲章が輝いている。
「ケイ、おれと結婚しないか?」
「はぁぁぁぁぁ?」
長椅子の上でとびあがるところだった。
「ほら、きみはバカ王子を略奪された。おれも略奪されたしな。相手を略奪された者どうし、やりなおすというのはどうだ?」
「ちょちょちょ、ちょっと待って。アルフお兄様、結婚していたの? 相手は? てっきり軍と結婚するものとばかり思っていたわ。というか、軍人と結婚するのかとばかり思いこんでいたわ」
アルフお兄様が世間一般的な男性のように結婚していただなんて初耳である。それから、離縁までされていたとは。しかも、略奪婚をされたって?
どういうこと?
わがダンヒル王国軍には、多くはないけれどレディ兵士やレディ将校がいる。もしも彼が結婚するのなら、そういうカッコいい軍のレディとするとばかり思っていた。
「いや、軍人ではない。お淑やかな貴族令嬢だ」
「そうなのね」
シンプルに驚いた。
「とはいえ、おれはずっと軍にいる。彼女には寂しい思いをさせてしまった。浮気をされ、相手の男に奪われた」
「軍人あるあるだな」
お父様がつぶやいた。お兄様たちも「うんうん」と頷いている。
「ああ、ハニー。きみは、ほんとうに素晴らしいレディだよ。こんなわたしにずっと耐えてくれているのだから」
お父様は、慌ててお母様に言った。自分で自分をフォローするところがいじらしい。
「ええ、あなた。わたしは、『夫がいなくてせいせいする派』ですからね」
お母様はさすがである。にこやかに応じた。
お母様は、自分ひとりで三人の息子と娘をひとり育て上げた。子育てだけではない。同時に、わが家の管理や経営を立派にこなした。わたしたちに手がかからなくなると、ありとあらゆる慈善活動を率先して行うようになった。わがエリントン侯爵家だけでなく、実家のライン伯爵家も裕福なので、さまざまな基金や団体を立ち上げ、国内の大勢の人たちを援助する努力をしている。
しばらく前には、国王からその功績を表彰されたほどである。
というわけで、お母様はいろいろな意味で強い。そして、わが国の強面将軍であるお父様は、そんなお母様を溺愛しているし、頭が上がらないでいる。
「ケイ、きみは言っていただろう? 『将来、婚約を破棄されたり離縁されるようなことがあったら、アルフお兄様にもらってもらうわ』、と。それに、おれはきみの理想の男性像にピッタリだ」
「わたしより強い男!」
「わたしより強い男!」
「わたしより強い男!」
お兄様たちが同時に叫んだ。
「そんなこと、覚えているわけがない……」
と言いかけ、思い出した。
たしかに言った気がする。
というか、たしかに宣言した
あの当時、わたしはアルフお兄様のことを心から尊敬し、慕っていた。
もしも決められていた婚約者がいなければ、アルフお兄様にはまた違う類の気持ちを抱いたかもしれない。
「息子がいるんだ」
「なんですって?」
アルフお兄様には、まだ驚かせるネタがあったらしい。
「五歳になる息子だ」
彼の息子のことは、お父様たちも知らなかったらしい。
「生家に預け、乳母に面倒をみてもらっている」
居間内の空気が微妙である。
わたしたち家族の内心は、同じにきまっている。
『その五歳の息子というのは、ほんとうにアルフお兄様の子なの?』
そこ、である。
「ケイ、きみや侯爵たちにはこれだけは言っておく。きみにプロポーズした以上、黙っておくのはフェアではないから。おれは、元妻と一度たりとも夜をともにしたことはなかった。これだけでわかるはずだ。もっとも、こんなおれだから彼女に愛想を尽かされ、浮気されても仕方がなかったわけだがな。とはいえ、息子は間違いなくおれの息子だ。いままでも。そして、これからもずっとな」
(なるほど。隠していたわけね)
とはいえ、なかなか出来ることではない。
アルフお兄様の気持ちを思えば、なんともいえない気持ちになる。
(というか、息子を捨てて浮気相手といっしょになったそのレディが許せないわ)
「口だけ王子殿下」、つまり元夫とわたしとの間に子どもはいない。結婚した当初は、何度か寝台の上で元夫とエクササイズをした。が、それもじきになくなった。元夫が寝台の上でのエクササイズを望まなくなったからである。とはいえ、わたしも内心では元夫にうんざりしていたのだけれど。
おもえば、彼はその頃から浮気をしていたのだ。
「アルフお兄様、その息子というのがあなたの息子だということはわかったわ。だけど、息子はわたしのことが嫌だと思うわ。ほら、一般的には継母って意地悪で陰険なイメージがあるでしょう?」
「ケイ、きみはそうなのか?」
「まさか。わたしはそんなことはしないわ」
「心配するな。きみはぜったいに息子のことを気にいるよ。そして、息子はぜったいにきみのことを気にいる。すぐに血のつながった親子以上に仲良くなれる。というか、親子の関係を築ける」
「なにそれ? どうしてそんなに自信たっぷりなの? 確信出来るわけ?」
アルフお兄様の謎宣言は、わたしだけでなく家族みんなの笑いを誘った。
「ケイ、堅苦しく考えるなよ。とりあえず、夫婦をはじめてみないか? とりあえず、親子をやってみないか? とりあえず、夫婦と親子の関係になってみないか? もちろん、息子はきみが思うように接してくれればいい。とにかく、ふたりともが寂しい思いをしなければいいのだから。剣を教えるもよし、ぬいぐるみを集めるもよし」
彼は、わたしたち家族の「超可愛いもの好き」を知っている。
「きみが望むなら、もっと子どもを作ろう。もしもきみがおれのことを邪魔になったり鬱陶しく思えば、おれはきみと適度に距離を置く努力をする。ぜったいにきみの嫌がることはしない。大切にする。苦労や心配をさせない努力をする。なにより、きみが好きなときに剣や槍の相手をする。それから、かならずやしあわせにする。だから、おれと『とりあえず婚』をすると言ってくれ」
アルフお兄様は、軍にかかりきっているから王都にいることはあまりない。
このまま自由を楽しみたかったけれど、彼と再婚したとしてもほぼほぼ自由でいられるかも。
なにより、彼は元夫よりはるかに強い。というか、彼の強さは神がかり的である。さらには、わたしを蔑ろにはしない。そして、浮気をしたり略奪レディに略奪されるようなことはしない。
そして、彼の息子のこともある。もしかしたら、父親が不在で乳母に育てられていて寂しい思いをしているのかもしれない。
彼の息子といっしょに剣の稽古をしたり、ぬいぐるみを愛でるのも悪くない。
家族を見た。
家族は、わたしが自由になってよろこんでいることを知っている。わたしの気持ちを尊重し、やりたいことをさせてくれている。
その家族みんなの表情が微妙なことに気がついた。それが気にかかった。その表情は、わたしがすぐに再婚することにたいしてなのか、あるいは自由を失うことにたいしてなのか、それともアルフお兄様が相手だということにたいしてなのかはわからない。
もっとも、お兄様たちはアルフお兄様が義理の弟になることにたいして複雑な思いを抱いているのだろうけど。
「アルフお兄様。とりあえず夫婦、それから親子をやってみるわ。『とりあえず婚』、了解するわ」
とりあえず、アルフお兄様にはそう返事をしていた。
この日、わたしはアルフお兄様と再婚した。「とりあえず婚」をすることにした。
元夫を「略奪した」と宣言されてから、まだ数日しか経っていない。
国内の貴族たちが王宮に集まる当日。
この日は、まずアルフお兄様に会うことになっている。彼の息子のランディーに会わせてもらうのだ。わたしだけではない。いきなり祖父母や伯父になる家族もいっしょである。
アルフお兄様とランディーには、王宮の庭園にある東屋で会うことにした。
宮殿内でもよかったけれど、発表のあとに夜会があるのでバタバタしている。じつは、メイにも会ってエリントン侯爵家に移ってくれないかという相談と、彼女の双子の弟の進学のことを打診したかった。しかし、彼女も夜会などの準備に追われていて会うことが出来なかったのだ。
というわけで、東屋なら静かである。だれかに邪魔されることもない。
「ここなのよね。わたしが元夫、というか『口だけ王子殿下』を略奪したのよって宣言されたのは」
先に到着したのでみんなで座って待つことにした。
この東屋は、王宮ですごした中で一番の思い出作りが出来た場所。
あのときの感動を家族に伝えていると、アルフお兄様とランディーがやって来た。
ランディーは、アルフお兄様に肩車をしてもらっている。
(へー。アルフお兄様は、一応父親っぽいことはしているのね)
子育ては初体験のアルフお兄様も努力はしているらしい。
「まぁっ! あのときの尊すぎる王子様じゃない」
立ち上がり、叫んでいた。
アルフお兄様の息子のランディーは、あのときの子だったのだ。
わたしがこの王宮を去る直前に会った美しく尊い子ども。なにより、超可愛い男の子。
ランディーは、わたしに気がついたらしい。
彼は、アルフお兄様の肩の上でニッコリ笑って手を振ってきた。
「ズキュン」
やられた。完璧に。初対面のときと同じように、心と体に衝撃が走った。
虜、というにはなまやさしい。全身全霊を彼に持っていかれた。
(アルフお兄様、侍女か執事のだれかにあのときのことをきいたのね? ずるいわ)
アルフお兄様にしてやられた。
そんな口惜しい思いは、ランディーの笑顔ですぐにふっ飛んだ。
「なんてことだ」
「なんてことなのかしら」
ランディーにやられたのは、わたしだけではなかった。
家族全員やられてしまった。
なにせわがエリントン侯爵家は、「超可愛いもの好き」である。
ランディーの可愛さにやられてしまって当然。
お父様とお母様とお兄様たちは、感動で打ち震えている。
こうなってしまったら、わたしたちはアルフお兄様とランディーを家族に迎えるしかない。
というか、みんなが離さないだろう。
(アルフお兄様、覚えてらっしゃい)
苦笑するしかなかった。
わたしたち家族がランディーにすっかり魅了されてしまった瞬間である。
大広間に集まったのは、貴族や官僚や大金持ちたち。
これだけの人々が集まったのは、初めてかもしれない。すくなくとも、わたしが知るかぎりでは初めてのこと。
すべての貴族や官僚が集まっているわけではない。事情があって出席することが出来なかった人もいる。それでも大半が集まっている。自慢の大広間だけれど、窮屈に感じてしまうほどである。
だれもが噂をしている。
『国王は、どのような発表をされるのか?』
そして
『国王陛下が退位され、新国王が即位するらしい』
という噂が有力である。
わたしも同感。というか、それしかない気がする。
現国王には何人かの王子はいるけれど、いまだ王太子を決めていなかった。もしも噂や憶測がほんとうなら、王子のだれかがいきなり国王になってしまう。
どの王子の母親も実家は上位貴族である。だからこそ、有力な後ろ盾がついている。とくにわたしの元夫の「口だけ殿下」は、正妃の息子である。しかも、略奪レディを迎えることで宰相をバックにつけることになった。
(彼が国王の座に就くのかしら?)
だとすると、このダンヒル王国は終わってしまうだろう。なにも不貞の件だけではない。元夫は、ありとあらゆることがダメなのである。
彼の一番ダメなところは、なにもしないこと。いまだに政務に携わることなく贅を尽くし、遊ぶだけの王子である。正直、そんな王子こそ必要ない。
わたしは略奪レディに「必要ない」と言われたけれど、彼のほうがよほど必要ない。
残念ながら、他の王子たちも元夫と似たりよったりである。
現国王は、王子の数には恵まれている。しかし、王子たちの能力や人となりは残念なのだ。
憶測が飛び交う中、国王と王妃登場の触れがあった。
全員が恭しく頭を下げる中、ふたりが玉座についた。
発表じたいは、てっきり宰相かだれかにさせるものと思っていた。しかし、国王はみずから行った。
「今宵、集まってくれたことに礼を言う。集まってもらったのは他でもない。みなに発表がある」
全員が固唾を飲んだ。シンと静まり返る大広間内に緊張が走りまわっている。
王子たちは、それぞれの妻を伴い玉座の近くに立っている。もちろん、元夫とその夫を略奪した略奪レディもいる。
どちらもニヤニヤ笑いが止まらないようである。おそらく、打診されているのだ。国王即位について。
「発表というのは他でもない。わたしは退位し、新国王にこの座を譲る」
ざわめきが起こった。が、それはさほどおおきくはなかった。
「そして、その新国王だが……」
国王は、そこで言葉をとめた。
彼は、なにかしらの効果を発揮する為にわざとそうしたに違いない。
「それは、アルフレッド・ゴールドバーグ。彼は、これまでもっともわが国、それからわたしに尽くしてくれた。能力、人格ともに申し分ない。彼には将軍職を辞してもらい、その上で国王の座を譲る」
大広間内がざわめいた。いいえ。ざわめいたどころの騒ぎではない。大騒ぎになった。
「なんだと? 陛下、なぜです? なぜおれではないのです?」
「そうだそうだ。なぜわれわれのだれかではなく、部外者なのです」
「乱暴者が国王? わが国を軍事国家にするつもりですか?」
とはいえ、大騒ぎしているのは王子たちである。
とくに元夫は血相をかえている。
「だまれっ! おまえたちに任せるほど、わたしは老いてもいないしバカでもない。おまえたちになにが出来る? なにも出来やせぬだろう? 贅を尽くし、遊ぶことしか出来ぬ愚か者ばかりではないか」
国王は、とてつもなく大きな溜息をついた。
いっきに年老いた感じがした。
「とくに第一王子、おまえは廃位の上追放だ。それから、おまえの相手のそのレディもな。まぁ、その沙汰は、あらためて新国王からくだされるだろうから覚悟をしておけ。それから、宰相。おまえもだ。国王がかわれば、すべての体制がかわる。いや、かえなければならない。はたして、新体制でも宰相でいられるかどうか、だな?」
第一王子とは、元夫のことである
元夫と略奪レディ、それから略奪レディの父親である宰相は、突然不幸に見舞われた。
もっとも、わたしたちからすれば偶然の不幸ではなく必然的な不幸としかおもいようがない。つまり、あってあたりまえの不幸である。
(というか、処罰や処分されて当然よね。遅すぎるくらいよ)
国王にしてみれば、自分の血を受け継ぐ息子たちである。苦渋の決断だったのかもしれない。
「発表は以上だ。新国王の挨拶、といいたいところだが、彼はわたしに気を遣って控えたいとのことだ。それから、新国王即位については、本人の意向により国内に触れをだすだけでパーティーやパレードは行わぬ。だから、このようにして集まることは当分ないだろう。せっかくの王宮でのひとときだ。このあとは、存分に楽しんでくれ」
国王と王妃が去った。
途端に大広間内に活気が戻ってきた。
「ちょちょちょ、どういうこと? 国王即位? アルフお兄様、知っていたのでしょう? 自分が国王になることを知っていて、わたしにプロポーズをしたの? なにが『とりあえず婚』よ。だまされたわ」
周囲から祝福を受けているアルフお兄様に駆けよると、面と向かって非難した。
お父様とお母様とお兄様たちは、近くでバツの悪そうな表情をしている。
「もしかして、みんなも知っていたの? 知っていて黙っていたの?」
やっと思いいたった。
アルフお兄様にプロポーズされたとき、家族みんな微妙な表情をしていたことを思い出した。
「ああ、そのこと? 黙っていたわけではない。ましてやきみをだましていたわけでも。告げるタイミングがずれただけだ」
アルフお兄様は、シレッと言った。
その渋カッコいい笑顔は、可愛くもなんともない。
「父上、母上」
そのとき、人々の足の間をぬってランディーが走って来た。
子どもは控えなければならない場所だけど、彼は王子になるのだからいいわよね?
ランディーは、わたしの足にしがみついた。
そのしがみつき方が、またまた「ズキュン」ものである。
「ランディ、母上といっしょにいたいよな?」
「はい、父上」
「おれもだ。母上とおまえと三人でずっといっしょにいた。なにせおれたちは親子だからな」
「アルフお兄様ーっ! ズルい。ズルすぎるわ」
この尊き子にわたしのことを「母上」と呼ばせていること。わたしといっしょにいたい感を全力でだすこと。これらはすべてアルフお兄様の策略なのだ。
「ケイ、いいではないか。『とりあえず婚』なのだから。そうそう。おれたちの『とりあえず婚』の記念に、きみの元夫を処分しよう。おれは、自分の愛する人を悲しませたり怒らせたりするやつが大嫌いだからな。なにせおれは、心の狭くて嫉妬深い男だから」
アルフお兄様は、そういうと近衛兵に命じた。
わたしの元夫を穏便に連行し、然るべきときまで然るべき場所で監禁するように、と。
元夫と略奪レディは、近衛兵たちによって即座に連行されてしまった。
もっとも、穏便には程遠く、元夫も略奪レディも悪口雑言や捨て台詞を残してはいたけれど。
「さて、と。国王即位のスピーチはしたくないが、これだけはちょうどいい機会なので宣言しておこう。ふたりとも、おれの側にいてくれ」
アルフお兄様は、ランディを右腕で抱き上げ、左腕でわたしを抱きしめた。
「失礼、レディ」
あっと思う間もなかった。
彼に口づけをされたのだ。
その急襲に、顔が真っ赤になったのを感じた。
しかし、悪くはなかった。一瞬だけだったのが残念だったほどに。
「おれの家族を紹介しないとな。おっと、『婚儀は内々ですませる』。それでいいよな? 婚儀のあと、ダンスがわりに剣の試合をしよう」
アルフお兄様に導かれ、玉座へと向かう。
「ええ。それって最高の式よ。なんなら、馬上槍の試合もしたいわ」
「オーケー。きみ用の馬を贈るよ」
「だったら、わたしに選ばせてね」
大勢の人々の注目を浴びているのを全身で感じる。
招待客だけでない。忙しくしている侍女や執事たちも、手や足を止めて注目している。
(結局、わたしは王宮から離れることが出来ないのね。だけど、アルフお兄様とランディーとなら、楽しくやれそう。彼らといっしょなら、このダンヒル王国の多くの人々の為になることが出来るわ。そして、三人でしあわせになれる)
自由気ままな生活は、アルフお兄様が国王を退位してからでも遅くはない。
そうよね?
(了)