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怪談道中  作者: 春香秋灯
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後の祭り

 仕事帰りに、稲荷神社に行くように命じられた。上司から、お布施してこい、みたいに大金を持たされたのだ。こういうのは、社長とかが行くものだと思っていた。

 いつもの事なのか、稲荷神社は事務的な手続きをして、それなりのことをして終了である。そして、また、一年、稲荷神社にお得意様としての会社の名前がでかでかと載るわけだ。

 そして、曰くあるT字路を通って、木野観世の自宅横にある駐車場に車を停める。

 いつもならば、車の音に観世が駐車場にやってくるのだが、今日は誰もこない。いつもいるほうがおかしいのだ。観世だって、付き合いやら用事やらあるだろう。

 神の触りなんて、そうそう、受けることはないだろう。ああいうのは、運の良し悪しなので、僕はさっさと帰ろうと車に乗り込んだ。

「お待ちください!」

 慌てて、観世の家からこれまた綺麗な女性が走ってやってきた。

「お客様が来るとは、知りませんでした」

「いえいえ、いつも約束しているわけではないですから。ここを通りかかった時だけ、寄り道しているだけです。いないようなので、帰ります」

「観世さんはもうすぐ帰ってきますから、家にあがっていってください」

「さすがに、それはダメだ」

 観世は一人暮らしである。そこに、この綺麗な女性がいるということは、何かの関係者である。家にあがるわけにはいかない。

 色々と押し問答の末、いつもの通り、縁側に座ることとなる。

 縁側より家の中を見ると、色々と道具やらお菓子やら色々と置かれていた。

「どうぞ」

 綺麗な女性は、普通に酒を出してくる。

「いや、こういうのは、さすがに」

「観世さんから聞いています。ここでお酒を飲み合う知り合いがいるって」

「失礼ですが、あなたは、観世の親族?」

「婚約者です。野野木美也子と申します」

 僕は簡単に名乗って、名刺を渡した。

「今年も、稲荷神社に、会社の名前が載るのですね」

「詳しいですね」

「あの神社の持ち主ですから」

「それはまた、ご贔屓ください!」

 ご利益の大本である。頭を下げると、野野木さんは上品に笑う。

「一度は没落した家ですよ。観世さんから聞いていますよね」

「没落しても、そのまま残ったんですね。そこまでは、聞いてなかったな」

 祟り神によって、稲荷神社の持ち主である有力者は商売全てを失敗した、という話で終わっていた。そこにはまだまだ、続きがあったのか。

「木野家のお陰で、祟り神様の怒りは治まって、稲荷神社のご利益がもとに戻ったんだそうですよ。それから、何代かに一度、野野木から木野家に嫁入りして、木野家を盛り立てているのですよ」

「婚約者はいる、とは言ってましたが、そういうことなのですか」

 木野の血筋を残すために、こうやって、配偶者を出していたのだろう。何代か、ということは、他にも、そういう家があるのかもしれない。

「いつも、観世一人だから、驚きました」

「明日はお祭りだから、お手伝いに来たのですよ」

「祭り? ああ、神様の祭りなんだ。て、聞いてない!!」

 手ぶらで来てしまった。知っていたら、何か持ってきたのに。

「あいつ、そういうこと、聞かないと教えてくれないから」

「お祭りは、知っている人だけがお供えを持ち寄っているので、これ以上は必要ないですよ。普通のお祭りでのお供えって、こんなにないんですから」

「稲荷神社だと、もっと豪勢でしょうね」

「そうではありませんよ。もっと質素です。お酒、塩、海のもの、山のもの、大地のもの、を一つずつお供えして終わりですよ」

「そういうものなんですか?」

「そういうものです。そのかわり、いっぱい、お布施をいただいています」

「なるほど」

 稲荷神社はお布施だが、木野家が祀っている祟り神は目の前にあるお供えだ。見方によっては、祟り神は安上がりだな。

 酒はもちろん、野菜や干物、駄菓子、果物、と多岐に渡っている。こういうものを近所の住人たちが持ち寄ってくるという。

「じゃあ、僕も何か買ってくるか」

「もういらない」

 帰ってきた観世が拒否してきた。

「いや、僕は随分と祟り神の酒をいただいている。ここは一つ、お礼をしないと」

「だったら、明日の祭りにでも参加していってくれ。ついでに、このお供えの分配を手伝ってくれ。もう、大変なんだ」

 観世は肉体労働を求めてきた。

「いやいや、明日は仕事だから」

 観世は野野木さんに渡した名刺を手にして、スマホを取り出し、奥へと行ってしまう。おいおい、会社に電話してるんじゃないだろうな!?

 僕はいまだに観世の自宅に入ったことはない。観世はあの男とも女ともいえない美貌の持ち主である。間違いがあっては大変だ、と自己防衛で、僕は縁側で踏みとどまっていた。それが、ここに来て、悪手となる。家の奥に行ってしまっては、観世を止められないのだ。

 そうして、しばらくして、観世は笑顔で戻ってきた。

「明日は有休だと。良かったな」

「どうして!?」

「あそこの社長とはそれなりの知り合いなんだ。良かったな、生贄に差し出されたぞ。祟り神をよろしく、だと」

「酷いっ!!」

 会社は観世の自宅に祀られている祟り神のことをよく知っているのだろう。だから、僕を犠牲にしたわけだ。

 どんどんと、周りを固められているような気がする。僕は現実逃避のために、酒を飲んだ。

「観世さん、では、明日、お手伝いに来ます」

「明日はいらない。丁度、いいのが来たからな」

 ニヤニヤと笑って僕を見る観世。

「でも、人が一人でも多いほうが」

「元々、私一人でやっていたことだ。ここの神は、稲荷神社とは成り立ちも役割も神通力の在り方も違う。稲荷神社ももうすぐ祭りなんだから、そちらの準備をしなさい」

「ありがとう、観世さん」

 野野木さんは笑顔で頭をさげて、帰っていった。

「おいおい、見送れよ」

 野野木さんをそのまま帰らせてしまう観世に、僕は男として注意する。

「結婚したら、毎日、顔を合わせることになる。今は自由に過ごさせてやっているだけだ」

「だけど、夫婦になるんだから、こう、あるだろう」

「木野家は子孫を残して、祟り神を祀る役割がある。野野木家は、そのお手伝いだ。そこに愛とかそういうものはない」

「そんなことで、子孫が作れるのか?」

「どうだろうな。お前はどうなんだ。経験はあるのか?」

「あるよ!!」

 大学に行けば、そういう縁だってある。今は独り身だけど。

 観世はタバコの煙を吐き出して、驚いたように僕を見る。

「あるんだ、意外だ」

「酷いな! まあ、今は、恋人はいないけどな」

「そういうのが出来たら、ぜひ、紹介してくれ。見てみたい。ご馳走もしてやろう。金はあるから、いいホテルを予約しよう」

「やめてぇ!!」

 どんどんと話がとんでもない方向へと転がっていく。経済格差できっと、恋人からさよならされるよ!!

 観世は奥へと行くと、色々と道具を持って、縁側に置く。その中に、神主が着るような服まである。

「そんな服まで用意するんだな」

「私が神主役をするからな」

「は? 神主、出来るの!?」

 驚いた。てっきり、神主は別にいるものと思っていた。どうやって、神主になるのか、わからないけど。

「こういうものを祀っている所は、それなりのことをすれば、神主になれるんだ。本当は、外の神主にやってもらいたいんだが、祟り神だから、やりたがらない。結果、一族が神主になるしかなかったんだ」

「すごいな! 知り合いで神主がいるのは、初めてだ。ちょっと、自慢しよう」

「ちょっと仰々しいことを言っているだけだぞ。天気がどうとか、そういうことを言って、ご機嫌とっているだけだ」

「それでも、すごいな。僕なんか、資格なんて、運転免許証だけだ」

「いいな。私は運転免許証なんてとらせてもらえない」

「行けばいいだろう、教習所」

「駐車場に行けばわかるだろう。車がないことを。私は、運転すら許されない身だ。車で外出する時は、運転手付きの車だ」

「すごいなっ」

 こんな、古い家に暮らしているが、実はすごいのだ。

 僕はもう、驚きっぱなしだ。観世のことは知れば知るほど、驚くしかない。

「今日は大人しく、部屋で休んでいけ。もう、間違いなんて起きることはないことは、わかっただろう」

「確かにな」

 あんな美人な婚約者がいるのだから、そんなことは起きる以前だ。何より、観世とはもう、名前で呼び合うほど仲良くなっていた。知り合いから友達だよ。

 縁側から家に入ると、観世は僕の背中を叩いた。

「また、変なものを憑けてきてるな」

「すまん」

 そういえば、あの触りのあるT字路を通ったことを今更ながら、思い出した。





 そうして、一泊させてもらって、祭り当日は、ただの肉体労働である。お供えを祠の前に運んだ。その間に、観世は神主の準備である。

 僕の肉体労働が一段落すれば、観世の神主が登場である。似合うな、神主の恰好。

 祭りの立ち合いは僕一人だ。普段は誰もいないという。

 僕はただ、頭を下げて、観世の言葉を聞き流す。なんでも、今日の天気とか、神の成り立ちとか、そういう事を仰々しく話しているだけだとか。昨夜、それを書いた大作を見せて教えてくれた。文字もなんともいえないな。崩し文字だから、何書いてるか、これっぽっちもわからん。

 そういうことをして、頭を下げろといわれれば下げて、とやらされて終了である。

「これだけ?」

「これで終わりだ。だから、誰だってやれると先祖は言ったんだ。昔は神主なんて資格はなかったからな。見様見真似でやっていただけだという。それでいいのだが、誰もやらないから、我が家が面倒をみているだけだ」

 観世はそういうと、着替えにさっさと家に入っていった。僕はというと、後片付けで、お供えをまた、家の中に運び入れた。確かに、ここで僕のお供えが入っるのは、負担が増えるだけだな。

 観世の着替えが終わると、次は、お供えの分配である。

「これ、配るの?」

「そうだ。お供えを持ってきた家に、全て、分けるんだ。まあ、分けるといっても、ほどほどだけどな」

「木野家は胴元だから、いっぱい貰えるんだな」

「私一人だから、少しだけ残して、あとは分配だ。お、これは残しておいてくれ。好物だ」

 胴元の木野家は、好物だけは独り占めした。

 そうして、お供えを持ってきた家まで分配の手伝いをして終了である。僕は手伝いだけだというのに、お供えの分配の余りを貰うこととなった。

「なんか、いつも貰ってばかりなのに」

「こうして、餌付けしているだけだ。良い話し相手は大事だ」

「酒はいくらだっていただきます!」

 そういう軽いやり取りをしていると、激しいインターホンの音が鳴り響く。

 こういう家だから、来客だってあるだろう。僕は気にしないが、木野はどこか訝しんでいるようだ。気になって、僕は木野について、玄関に立つ。

 木野が玄関のドアをあけると、それなりの年齢の男が入ってきた。

「木野さん、すまない!!」

 いきなり、玄関先で土下座してきた。一体、何が起こったのか、わからない。

 木野もわけがわからなず、ただ、男を見下ろすも、慌てて、立たせた。

「そんなことしないでください。何かあったのですか?」

「娘が、美也子が駆け落ちしたんだ!!」

「………それは、仕方がない」

 大変なことのはずだが、観世の反応は冷たい。むしろ、他人事だ。

「本当に、すまない!!」

「美也子に恋人がいたのなら、相談してくれれば良かったのに。もう、気にしないでください。我が家に嫁ぎたい、という危篤な人を探しますから。ほら、帰ってきたのなら、優しく迎えてあげてください。婚約は破棄でいいですよ」

 観世は優しく、婚約者だった野野木さんの父親の肩を叩いて、外に出した。

 野野木さんの父親は何度も頭を下げて、謝って、そうして帰っていった。

 玄関でそういうものを見ていた僕は、観世を見下ろす。

「ほら、ちゃんと優しくしないから、こうなる」

「恋人がいるならいるで、相談してくれればいいのに。別に、美也子でなくても良かったんだけどな」

「そういうのは、女側が可哀想だろう!!」

 婚約者に対して、観世は冷たい。これでは、浮気されても仕方がない。こういうことになると思って、昨日、忠告してやったのだ。

 もう遅いけど。

「大変なことになったな」

 観世は何事か考えて、大事だと気づいた。

「それはそうだろう!! 一人では跡取りは出来ないからな!!!」

「あのな、血筋は実は重要じゃないんだ。そこら辺で養子をとって、跡取り教育すればいいんだ」

「そうなの?」

「そうなんだ。それよりも、ここは、観光地として有名だが、一歩外れると、田舎ということだ」

「そうだが、どうかしたのか?」

「田舎はな、色々と怖い場所なんだ。バカだな美也子、きちんと私に相談すれば良かったのに」

 何かあるのだろう。僕はそれ以上、観世の口から聞き出せなかった。僕は意外と都会のほうで暮らしていた。田舎のことが正直、わかっていなかった。




 会社では、すっかり、祟り神係りにされていた。お供えの相伴を持って行ったら、社長直々に出てきて、これからよろしくね、なんて笑顔で言ってきた。

 そうして、普通に過ごして、また、週末、稲荷神社に行った帰りに、観世の家の駐車場に車を停める。

 いつもの通り、観世が出てきたが、喪服姿だ。

「身内に不幸でもあった? だったら、帰るけど」

「丁度いいところに来たな。私の喪服を貸してやる。今から通夜に行こう」

 稲荷神社の帰りに通夜って、どうなんだろう。

 僕はもう、拒否するのもあれなので、言われた通り、観世の喪服を借りて、徒歩で会場に行く。

 僕は何も持っていないが、観世が道具から金から、全て、用意してくれていた。僕はただ、観世の隣りにいるだけだ。

 そうして、会場に行って、ぞっとした。

 遺影は、観世の元婚約者となった野野木美也子なのだ。

 僕は観世を見る。観世は苦々しいとい顔をして、遺影を見ていた。

「木野さん、わざわざ、ありがとう」

 野野木さんの父親が、わざわざ観世のところにやってきた。

 娘を失ったので、さぞや落ち込んでいるだろう、と僕は見た。


 笑顔である。


 娘を失ったというのに、野野木さんの父親は笑顔でやってきたのだ。

「お役目を放棄して出ていくなんて、罰があたったんですよ。死んで当然だ」

「………そこまで、気になさらないでください、と言ったではないですか」

「解剖したら、妊娠までしていました。本当に、とんでもない娘だ。育て方を間違えました」

「………」

 観世はそれ以上、何も言わない。言えないのだ。

 この通夜の会場で、悲しんでいる人が一人もいないのだ。皆、笑顔である。

 そうして、僕と観世はいたたまれなくなって、通夜の会場から逃げるように飛び出した。

 帰る途中、あの触りのあるT字路を通る。そこで、観世は足を止める。

「ここで、交通事故にあって死んだんだ」

「交通事故じゃ、仕方がないな」

 そこは、事故が多いという話だ。後で、会社の人たちに聞いたら、有名な話だった。

「こんな田舎にも、いくつかの有力者がいるんだ。その有力者には、警察といえども逆らえない」

「………」

「美也子の遺体は、解剖された後、火葬され、あそこに戻された。どういう姿で死んでいたのか、解剖の記録を私はこっそり見せてもらった。交通事故ではない死に方だった。だけど、交通事故として処理された」

「………」

「相談してくれれば、良いようにしてやったのに」

 観世は事故現場だというそこで泣いた。

こちらは、完全な創作なので、安心してください。そういう話は、よく、ネットで読みましたけどね。田舎の怖い裏話というので、こういうのは、よくあります。実話でないと思いたい。

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