約束
12人を同時に相手にするなどという、イカれた発言をした私は、大多数の令嬢たちから暴言を吐かれまくった。どこまで人を馬鹿にしているのか、どれだけ自分の実力を自負しているのか。一色触発の状態にまでなったけど、私は言葉を撤回することはしなかった。
なにせ、12人を一度に相手にするのと、12回決闘を行うのでは、平等性に欠けると思ったからだ。誰を相手にしても、先に決闘を行うほどに彼女らは不利になり、あとになればそれだけ有利に立ち回れる。そして何より私にとっても、12回目の決闘まで魔力が十分に残っている補償などない。
私はアルハイゼンの提示した手料理対決のように、何日にもわたってこの茶番をする気は無い。明日の内に決着をつけるために、全員と同時に戦ってしまえばいいのだ。
だが、当然問題もある。もし、もしもの話だけど、挑戦者側が勝ってしまったら、12人の中でまた勝者を決めなければならない。その時はその時だ。もう私には関係ないことになるし、私が気にする必要のない領域。それはそれで、彼女たちが決めればいい。
そういったもろもろを含めて、挑戦者たちは怒り狂ったのだ。まぁ、そうやって吠えるだけでは、現状は変わらない。中には冷静に考えを巡らせている者もいる。12人で私に勝つ算段を、今から考えているのだろう。
そんな感じで決闘相手が決まり、今日のところは解散となった。
日が暮れ始めた頃に、私はアルを探して王城中を探し回った。私室にはいないし、侍女に聞いても、同じく探しているところだというだけで、見つからなかったのだ。まったくどうして、会うだけでこんなにも時間がかかるのか。彼はいつもそうだ。ただ、今日に関して言えば、愚痴やら文句やらを言いに来る貴族たちをあしらうためと、想像できるけど、せめて身近な人間には、どこへ逃げ込むかくらい教えておいてほしいものだ。
「探しましたよ。アル。」
「ん?おぉ、ロウ。どうしたんだ?決闘の準備はできたのか?」
見つかったのは、以前彼と魔法決闘を行った泉の階だった。こんな風の強い場所で、彼は黄昏ていたのだ。
「準備も何も、決闘は身一つで出来るんですから、心構えさえあればいいんです。」
「そうだな。・・・あっ、魔法を使うための触媒は必要だろう?」
「ええ、だから、その準備に参ったのです。」
「うん?」
私がアルを探していた理由は、彼の持つ道具を貸してほしかったのだ。以前、彼が決闘をしたときに使った、儀礼短剣だ。近くで見たわけではないから、確証はないのだけど、その短剣ならば、私は自分が持つ5つの指輪と合わせて全属性の魔法を操ることが出来るはずなのだ。
「前に決闘で使っていた、触媒を貸していただけませんか?」
「触媒?あの剣をか?」
「はい。あれなら、私も思う存分、火属性の魔法を発動できます。」
「そういえば、おまえ、火の触媒は持っていないんだな。前から不思議に思っていたが。」
「持っていないわけではありません。普段は持ち合わせていないだけです。火の魔法を使うための触媒は、実家の方に置きっぱなしにしております。まだ何の装飾も施していない、宝石のままなので。」
今から取ってこようと思っても、帝国最速のヴァンレムならともかく、ルクスや馬では間に合わない。取ってくる暇がないのだ。
「なら、わざわざ俺の短剣じゃなくても、城内の備品に、魔法触媒くらいあるだろう?」
「一般的な触媒じゃ、ダメなんですよ。」
「だめ?」
そう、私が火の魔法は、普段は使わないようにしている。そうしなければいけない理由があるのだ。
「火の魔法触媒に使われる宝石の種類は、一般的にルビー、ガーネット、アレキサンドライトのあたりです。どれも帝国内地の鉱脈で採掘できるものばかりで、高価ではありますが、手に入らない代物ではありません。ただ、ガーネットは強度がそれほど高くなく、熱に対して弱い鉱石です。火属性の魔法触媒には、根本的に向いていません。。」
「あぁ。だから多くはルビー、アレキサンドライトが使われているだろう?」
「はい。ですが、使う魔法、あるいは、魔力の強さによっては、それらの宝石でも耐えることが出来ないんですよ。」
「・・・・・・まさか、お前・・・。」
「ええ。私は、初めて火の魔法を発動したとき、触媒の宝石を粉々に砕いてしまったのですよ。」
魔法触媒には、魔法を発動する際必ず発動者の魔力が流れこむ。そして、石に宿るそれぞれの属性の力を借りて変換された魔力が、魔法として発現するのだが、大きすぎる魔力に石が耐えられなかったのだ。
魔力には、生まれ持った量と質がある。当然それも、血筋によって継承されてきたものだ。古い時代、まだ触媒がなかった時代には、魔法特性なんかよりもそういった魔力の量と質にこだわって婚姻関係を望んできたそうだ。ただ、次代が進むにつれて、大きな魔法も触媒や詠唱の研究によって発動しやすくなったため、それほど重要視されなくなっていったのだ。
「私は6属性を操る奇跡の申し子などと呼ばれていますけど、本来適正のある属性は火です。それ以外は、適正がないとは言い切れませんが、適切な触媒と詠唱、そこに私の魔力を重ねることで発動させている、力技なのですよ。」
当然のように私はそう言えるけど、並の魔導士には、本来そんなことはできない。魔法は無理やり発動させようと思って出来るほど簡単なものじゃない。私自身もそれに気づくまで、魔法はこの世界における科学のようなものだと思っていたくらいだ。理屈さえわかればだれでもできる、そういったものだと。
「その本来の適正である、火の魔法。それを発動するには、並の触媒では石が持たない。でも、貴方が持っている短剣の触媒なら、おそらく可能だと思ったのです。」
一目見た時から、もしやと思っていたのだ。あの儀礼用の短剣についている赤い宝石は、そこいらで採れる石ではないと。
「お前、これがなんだが知っていたのか?」
「見ればわかりますよ。実家にある宝石も、同じような色と輝きを放っていますから。」
「ほぅ?なら当ててみろ。この触媒に使われている宝石の名は?」
「・・・・・・、スカーレット・ダイヤモンド・・・。」
「・・・・ふふ、ちがu・・・。」
「それを模されて人工的に作られた、クリムゾン・ダイヤモンド、ですね?」
「お前、わざとだろう?」
違うと言おうとしたアルのドヤ顔は、想像以上に面白かった。からかいがいがある人だ。本当に。
スカーレット・ダイヤモンド。金剛石をも削る高度を持つ天然の宝石だ。希少性で言えば金を超えると言われている、とても珍しい鉱石だ。帝国においても、一般に流通しているものはないと言われている。グランドレイブ山脈の地下深くの鉱脈で稀に取れるまさに宝なのだ。
「お前が実家に置いてあるという宝石は、スカーレット・ダイヤモンドなのだろう?」
「はい。手に入れるのは、とても苦労しました。」
「まぁ貴族の財力があれば、そう難しいことじゃないだろう。」
「金銭はそれほど難しい問題じゃありません。どこで手に入るかが問題でしたから。」
実在はしている、けれど誰が持っているかはわからない。魔法触媒を産業としている者でさえ、滅多にお目に掛かれない代物なのだ。どれだけ大金を持っていても、手に入れるのは難しいのだ。
「その輝きを知っているからこそ、あなたのそれが、紛い物だとすぐにわかりました。」
「はっはっは。紛い物か。その言葉に偽りはないが、これはこれで金剛石を上回るお宝だぞ?」
クリムゾン・ダイヤモンド。スカーレット・ダイヤモンドは希少性が高く、さっき言ったように手に入れるのには、ある程度運も絡んでくる。この石を専門に採掘している者は存在しない。探して見つかるものではないからだ。
しかし、この石の価値を知れば、どうにか手に入れたいと思う権力者は少なくないだろう。なにせ、金剛石を上回る強度、暗闇でも僅かに光を放つ宝石。実用性でも、観賞用でも、一生モノの価値がある一品だ。
だが希少性が高すぎて、どれだけ資金があろうとも、その在処がわからなければ手に入らない。そこで生まれたのが、クリムゾン・ダイヤモンド。作り方は、そう難しくはない。金剛石、いわゆるダイヤモンドをある程度の細かさまで砕き、クリムゾンシロップと呼ばれる赤い樹脂に溶け込ませ、魔法によって凝固、あるいは凍結させることによって、生み出された人工的な魔法触媒だ。
ダイヤモンドを砕くほどの魔法と、樹液さえあれば作り出せる、現代魔導学の結晶だ。強度も輝きもスカーレット・ダイヤモンドには1枚劣るが、性能は一般的な天然の宝石類よりも上位のものだ。この世界には、人口ダイヤモンドを作る技術は無いから、量産できるわけではないが、それでも本物を手に入れるよりはよっぽど楽な手段だ。
「その触媒なら、私の魔力にも耐えられるかと思ったのですよ。」
「ふむ。別に貸すのは構わないが、そんなことをしなくとも、お前が負けるとは思えないんだがなぁ。」
「・・・恐れ多くも、ロウご令嬢は、挑戦者12人を同時に相手取ることを選んだのです。殿下。」
私がそう言うと、彼はお腹を抱えて笑い始めた。そんなに面白いことだろうか。いや、私の傲慢さに笑いを得ているのだろうけど、これではまるで馬鹿にされているみたい感じる。
「笑い過ぎですアル!。」
「いや、だって、お前。魔法決闘なのに、1対多の構図にしてしまったら、賭けが成立しないじゃないか。」
彼の言う通り、もしも、万が一にも私が負けてしまったら、いったい誰がアルの妃になるというのか。また12人での争いが始まるだけだ。何の問題も解決していないのである。・・・私が負ければの話だが。
「いいんですよ。私は負けないんですから。」
「はっはっはっはっは、そうだろうな。」
・・・負けたくないから、私が出せるすべての力で挑みたいのだ。
アルは、短剣を鞘ごと抜いて手渡してくれた。
「にしても、12対1か・・・。」
「まだ笑うつもりですか?」
「そりゃあ、こんなに面白いことはないだろう?そんなのはもう、決闘じゃない。戦争だ。本来なら、強者が弱者を食い散らかす構図だけどな。噛みついた先が龍の尻尾となれば、見物だろう?」
竜って、その例えはどうかと思うが、彼らしい言葉だ。
それに今回は、ロウ・アダマンテ・スプリングという名を帝国中に知らしめるいい機会なのだ。奇跡の申し子なんて、伝聞や噂で作られた幻の名に過ぎない。それこそ、帝国の中の魔導士たちの耳に入るくらいの力を見せつけるつもりなのだ。
「今頃、挑戦者たちは、お前を倒す算段を考えているのだろうな。」
「・・・全部無駄ですよ。どんな戦略も、うち砕いて見せます。」
「その自信はどこから来るんだか。」
「・・・・・・、もし、私が勝ったら、褒美をもらえますか?」
「ん?褒美?お前にか?・・・多くを持っているお前に、俺がやれるものなど想像もつかないが?」
「いえ、大したものではありませんよ。・・・ただ・・・。」
「ただ?」
欲しいのは、本当に大したものじゃない。本音を言えば、どうしてそんなものが欲しくなったのか、自分でもわかっていない。でも、わからなくてもいい。彼が、アルとの時間が、その答えを教えてくれる。
「剣を、教えていただきたいのです。」
「剣?剣術の稽古をしてほしいってことか?そんなことでいいのか?」
「領城へ来る前は、剣術修行の途中だったのです。中途半端なままは性に合わないので。」
「それが、褒美として欲しいものか?」
「・・・・・・将来、人生を共にする相手との時間、というのは、褒美として相応しくありませんか?」
私は、彼の目を見て、そう言って微笑んでみた。それを見たアルの照れくさそうな表情は、なんとも言えない面白さがあったのだった。
「約束ですよ?アル。」




