愛を知る令嬢
次期王妃の選定。思いがけず始まってしまった、この訳の分からない催しは、数日にわたって行われていた。貴族会議が終盤にいたっても、王子の元を訪れる令嬢、および関係者は後を絶たなかった。一日に大体3件、多い時で6件もの謁見を求められていた。多ければ多いほど、その日のアルの表情は疲れた者になっており、そのたびに、私に会い来るものだから、相手にするのも疲れてしまった。こんな人でも、愚痴を溢すんだと、感心していたのだけど、大変なのは何も彼だけではない。
私の元へも、多くの令嬢がやってきた。何をしに来たかというと、当然牽制だ。既に妃候補の座に上がっている私を嫉妬してか、高圧的な態度で迫ってくる様は、正しく女らしい同性いじりだ。ねちねち人の悪口をべらべらしゃべって、それで本人の気がまぎれるならば、いくらでも聞き流すのだけど、酷い時は、私の行く先々に現れ、道を阻んだりしたものだから、こちらも脅しをかけざるを得なかった。時に言葉で、時に魔法の力で。大概はそうやって脅しをかけると、向こうはたじろいで退散するものだ。それ自体はいいのだけど、そのおかげで、周囲によくない印象を持たれてしまうのは、いただけなかった。
「全部あなたのせいですよ。アル。」
誰もいない私室で一人窓辺に腰かけて憂えて、あの人の愚痴を言いたくなる。会えばこっちの愚痴なんて聞いてもらえないから。こんなにも他人に対して、いら立ちを覚えるのも久方ぶりだった。こっちに生まれてからは、何不自由ない公爵家で育ったものだから、人間界に左右されることもなかったのだ。
「結婚前の花嫁さんて、こんな気持ちだったのかな。」
なにせ経験がないことだから、こればかりはよくわからないのだ。
とはいえ、部屋に閉じこもっていれば、うるさい女たちもやってこない。しばらくは引きこもり生活を続けるしかないだろう。貴族会議が、強いては議会が集結すれば、王城に留まる貴族たちも減るだろう。それまでの辛抱だ。
そう思っていたのに、思うようにいかないのが人生というものだ。
「決闘、ですか。」
「ええ。あなたに対して、多くの令嬢から、1対1の・・・。」
そういうフィリアオールの顔は、酷く疲れたものだった。アルと似たような顔をしているから、親子であると再認識させられる。
「はぁ、どうやら思っていた以上に、貴方を妃に据えたことを気に食わない家が多いようですね。」
それもあるのだろうが、この手料理を持ってくるという選定も、ほとんど意味を成さないだろう。なにせ、アルとしては、私と婚姻することを望んでいる。どれだけ美味な手料理を作れたとしても、彼の心は変わらないだろう。料理のうまさで結婚相手を決められる様な立場じゃない。
そして、アル自身にも問題はある。この選定をまじめにやっていないのだろう。むしろ、彼は自分の時間が奪われていることに腹を立てているくらいだ。事態の収拾のため、一応食事の誘いを断るようなことはしていないらしいが、その合間に私との逢瀬を重ねていれば、令嬢たちの怒りもごもっともだろう。
「私は、・・・・まぁ、構わないのですが、リンクスとしては、どうなんでしょうか?」
「問題はそこよ。リンクスとして、王家として、決闘なんかで妃を決めるような行いは、歴史的にもなかった事例ですし、許されることではありません。代々国を導いてきた妃も、厳粛なる選定を行ってきたのですから。」
何を隠そう、フィリアオールも現妃である以上、その選定の上で今の座に座っているのだ。その息子がこんな破天荒な事態をまき散らすとは誰も追わなかっただろう。
「ジエト陛下はなんと?」
「はぁ、陛下も頭を悩ませています。オーネット家との縁談がうまくいかなかったことを酷く後悔もしていますし。」
どうしてオーネット家が引き下がったのかは、未だにわからないけど、この茶番みたいな選定に参加していないのを見ると、本当に破談となったことを受け入れているようだ。そこもどうにも怪しいけど。
「とにかく、決闘で誰にも負けなければいいんですよね?」
「ちょ、ちょっと待ちなさい。本気でやるつもり?」
「それで向こうが納得するのであれば。」
「・・・ロウ、あなた。ムキになっているわね。」
「・・・。」
そう、それはそうだ。自分でもわからないことがある。何がそんなに駆り立てるのか。妃というものに執着している理由が、わからない。自分に、アダマンテに、利がないと判断すれば、こんな茶番、すぐにでも逃げ出していただろうに。
「前に聞いたわね。あなた、あの子のこと、どう思ってるって。あの時答えたあなたの言葉は、きっと本心なのでしょうけど、それとは別に、貴方は自分でも知らない感情を自覚したんじゃないかしら?あの子対する、隠れた想いを。」
「私が殿下に恋焦がれていると?」
「そうは言わないわ。恋だけが、人を愛する理由にはならないわ。そういうところはあなたもまだまだ子供ね。でも、少なくともあの子は、あなたをわかってくれているはず。そしてあなたはあの子の想いを、受け取っているはず。そこまではわかっている。だけどあなたは、自分の気持ちがわからない。かわいい悩みね。」
この人もこの人で、人を見透かすことが得意な人だ。一国の王妃となったのだから、それくらいお手の物なのだろう。
そんなことより、私は悩んでいるのだろうか?悩んでいることすらわからないから、言われてもピンとこない。異性と付きあった経験もないから、そもそも政略結婚なのだから、お互いの気持ちなんて、意味のないものだろうに。
「ロウ。これだけは覚えておきなさい。あなたが本当に王妃となる気があるのであれば、自分の気持ちに素直になりなさい。今までみたいにね。そうすればきっと、あなたは大丈夫。」
「大丈夫?」
「そう。人と人とが分かり合うにはね、永遠に等しい時間が必要なの。例え数千年の時を共にしようと、人はお互いを完全に分かり合うことはできないわ。だからこそ、あの子を想ってあげて。」
フィリアオールはそう言うや、私の頭を撫でまわしてきた。彼女の瞳は、王妃のものではなく、母親のそれになっていた。
久しく感じていなかった安心感が、少しだけ私の心を溶かしていた。




