婚約とは
エーデルハイドの涙がひとしきり零れた後、再び侍女らが入れてくれた紅茶をすすりながら、他愛もない与太話に花を咲かせていた。話の話題は、城内でエーデルハイドが口説き文句にしてきた、選定の料理の話だ。
「これは、砂糖菓子か?こんな精巧に作られている者は初めて見たぞ。」
「はい、練り砂糖を冷やして固めて、熱したナイフで少しづつ形を整えました。」
砂糖菓子、前世で言えば、飴細工と言ったところだろう。橙色をした飴はが、鳥の姿のなっていれば、わくわくするものだ。粉砂糖がかかっているから、食べるのがもったいない欲を通り越して、舌に味を想像させてくる。
「私、魔法とか、あまり得意じゃないんですけど、こういう細かい細工を施すのが好きなんです。」
得意、ではなく、好き、と表現するのは、年相応だろうか。だとしても、とても好感を持てる言葉だ。まぁ、実の親からの教育ではなく、従者やローレンティスに付く人々に育てられたのであれば、そういう成長をしてもおかしくはないだろう。貴族の血引いていても、魔法に関する素質を磨くのは、やはり、親からの教育が大きいものだ。
「それで、こういった砂糖菓子作りが得意というわけか。」
「はい。こんなものしかお出しできませんが、どうぞお食べください。」
どういうわけか、私の分もあったようで、アルと一緒にいただくことにした。小さな飴細工を口の中に放り込むと、形どられた刺々しい塊が、口内をつつく感触がしたけど、唾液と熱ですぐにそれは形を崩し、瞬く間に口いっぱいに砂糖の甘みが広がった。砂糖菓子の味は、想像した通りのものだ。しかし、こういう純粋な甘みは、紅茶によく合うものだ。
「それで、エーデルハイド殿。貴殿も俺との婚姻を望んでいるのか?」
「え?い、いえ、私は、そんな・・・。」
この歳で結婚相手をきめるなんて、そんなこと考えているはずがない。貴族は10になれば立派な結婚対象。だが、相手を決めるのは本人じゃない。本人の意思は尊重されない。もとより幼い貴族の子供には、結婚に対する心構えなど出来てはいないのだ。
エーデルハイドは、その相手を決めてくれる親がいない。はじめからアルと婚姻する気は無かっただろう。
「本当にロウに近づくだけに俺を利用したわけだな、大したものだ。」
「ええ。用意周到というか、侮れない子ですね。殿下にはもったいないくらいです。」
「ロウお嬢様・・・、そのようなことは。」
幼いゆえにからかいがいもある。まさしく逸材だろう。常識的に考えれば、貴族会議に運ぶだけでも面倒な芸術品に近い竜鞍を、わざわざ運ぶ理由はない。彼女は最初からこの機に私と直接話をする機会を窺っていたのだ。私が王城にいる、あるいは、既に王子の婚約者だという情報をいち早く手に入れていたのだろう。その全てが彼女の功績かどうかはわからないが、ローレンティスの勢力としてみれば、相当な実力者と言えるだろう。こんな子が、アダマンテの日陰に隠れていたのは頼もしいことだ。こうして、偶然にも見つけ出すことが出来たわけだし、今回の貴族会議は、参加していなくとも、大きな収穫になったようだ。
「竜鞍に関しては、いずれ。それとは別に、貴方の将来も楽しみにしているわ。」
「はい。ありがとうございます。また再開できることを楽しみにしています。」
砂糖菓子と紅茶を堪能した後、私たちは庭園を後にした。
「ところで、お聞きしてもよろしいでしょうか?」
ちょうど庭園を出たあたりで、エーデルハイドが私たちに振り向いて、いかにも興味津々な目で聞いてきた。
「お二人の仲は、どこまで進展しているのですか?」
「え?」
「おっ?」
年頃の娘だからか、この手の話に興味があるだけか。どちらにせよ、なんと答えたらいいか・・・。
「俺はロウに、特別な感情を抱いているぞ?」
「っ!?それは、愛、と呼ばれるものでしょうか?」
この男は、また話をややこしくするつもりだろうか?まぁ今エーデルハイドが欲しい答えは、お互いにその素振りは見せずとも、胸の内で深く思いあっている王子とその婚約者であるということだ。嘘でもなんでも、そう答えておいた方が、面倒なことにはならないだろうが。
「どうだろうな。このロウという女は、エーデルハイド殿のような愛らしい姿は見せてくれないからな。」
「悪かったわね。」
「はっはっは。ただ少なくとも、俺にとって、ロウは自分を認めてくれる一人の人間だ。婚約者に、これ以上の人物は考えられないな。」
・・・これは、口説いているつもりだろうか。いままでそういうことはほとんどなかったから、この男は女たらしではないと考えていたけど。エーデルハイドの前だからだろうか。
「ロウお嬢様は、どうですか?」
「え?私?」
「ロウお嬢様は、アルハイゼン殿下を、どのように思っていらっしゃるのですか?」
そんなにキラキラした目で見られても、難しいところだ。何せ、恋愛感情がない。私とアルハイゼンの婚姻は、いわゆる政略結婚だ。次の国王と妃に、最もふさわしい人物だから選ばれた。仮に今の事態、妃候補の選定が正式に行われていても、私はアルのことを異性として思うことはなかったと思う。帝国を導く使命感に押しつぶされて、そんな気を起こすことはないと、断言できる。
「・・・あなたの望まない答えかもしれないけど、私と、王子殿下の婚姻は、お互いの私情で成り立ったものじゃないわ。政略結婚です。私は、殿下の友でいるように努めていますけど、それは、この人がそう望んでいるから。殿下を、・・・アルを一人の青年として認めてはいます。ですが、私がすべきことは、王子の恋人ではなく、帝国の妃になることです。」
「ぁ・・・・・。」
つまらない答えだ。色も華もない。捉えようによっては、アルをも傷つけてしまうかもしれない言葉だ。
「・・・申し訳、ありません。浮ついたことを聞いてしまいました。」
「いいのよ。」
「俺は、良くないけどな。」
「アル!」
「で、でも、ロウお嬢様。」
「うん?」
暗くなった表情のエーデルハイドが、なおも輝く表情で、いや、私を哀れむ表情で、私を見据えてきた。
「きっと、お嬢様にも、いつか、大切に思える人が現れるはずです。」
「・・・え?」
「いつかきっと。自分を想ってくれる、そして、誰よりも大切に想える、好きな人と、出会えるはずですから。」
「・・・。」
儚く、切ない希望的観測だ。子供によくある、いわゆる夢を見ているということだ。他人を想い、好きになる。それはとても簡単なことだ。人間も動物だ。子孫繁栄のため、命を生むための片割れを本能的に探しているものだ。だけど、人間の社会においては、その思いが報われる可能性は、限りなく少ないものだ。いや、知性のない動物であっても、伴侶の良し悪しくらいは決める。人間はそこにモラルやプライベートなどが混じり、恋愛というものは、始まる前から決まっているものだ。それを運命と呼ぶ人もいるが、結局、運が良いか悪いかなのだ。
人を好きになるだけなら簡単だ。それで満足が出来なから、思いを伝え自分を試すのだ。試した結果、相手に受け入れてもらえなければ、好きになるという気持ちは、どこへ行くことも出来ない。
「・・・・・・ふふっ。殿下の前だというに、お構いなしね、エーデルハイド?」
「え?・・・・あっ、も、申し訳ありません!私、つい・・・。」
「はっはっははっはっは、いいさ。俺には俺の想いがある。ロウにだって誰かを想う気持ちは存在するさ。今はこれでいいんだ。俺とロウは、国王と王妃になる。」
「それで、いいんですか?」
「いいのよ。それで。今はまだ、これで・・・。」
そう優しく言ってやっても、エーデルハイドは納得していないようだった。まぁ、10歳の頃なんて、みんな同じだ。恋に憧れ、崇高なものだと信じて止まない。私にも、そういう時期は、あったと思う。だけど、今の私は、そういう風には思えない。
悲しいとは思わない。私は、私であり続ける。それでいいと思っている。
アルの顔を見やると、彼は困ったように苦笑いを浮かべた。エーデルハイドは、大人になってからどんな結論を出すのか、それを今いう必要はないのだ。
「エーデルハイドにも、出来るといいわね。いつか、大切に想える、そして、貴方を大切に想ってくれる人との、出会いを。」




