繋ぐのは人の想い
リンクスが所有する王城の庭園。多くの庭師がその景観の維持に努めているおかげで、七色の草花が美しく咲き誇っている。その完成された美を目の前に、エーデルハイドは言葉を失っていた。
「・・・すごい。」
「はっはっはっは、いい反応だな。そんなに目を輝かせてくれるなら、苦労のかいがあったというものだ。
「!?もしや、アルハイゼン殿下がお世話をなさっているのですか?」
「全部じゃないけどな。いくつかは、俺の好みで育てている。おっと、次期国王が土いじりなんかが趣味じゃ、すこしがっかりするか?」
「い、いえ、そんなことは・・・。とても素敵です。」
純真無垢な少女の反応。年齢で言えば、私と大して変わらないはずなのに、こうも差があるのは、やはり前世の記憶があるからだと、思いたい。
アルハイゼンに連れられてきたのは、周囲を青系統の色で統一された花壇の屋根のある休憩場だった。彼がすぐ近くの庭師に茶をもてなすよう指示すると、どこからともなく数人の侍女たちが姿を現し、茶葉を沸かし始めた。
「いい匂いです。これは、フラムの葉ですね?」
「ほぅ、よくわかったな。その年で茶葉に詳しいとは驚きだ。」
「えへへ、幼いころから、茶葉の香りをたくさん嗅いできたからだと思います。」
・・・この子、かわいい。年相応というのもあるけど、背丈が小さいし、頭で二つに結われたツインテールの感じとか、すごい似合っている。私の性格として、嫉妬したりはしないのだけど、純粋にこういうものに女として憧れたりはするのだ。ただ自分にその素質はないから、真似しようとは思わないんだけど、無性に庇護欲が湧いてくるのだ。
「子供のころから、そのような教養に明るいのは感心だな。」
「いえ、そんな。両親との思い出をできる限り忘れないようにしているだけです。」
そういう彼女の表情は、笑顔こそ見せているものの、瞳の裏に隠れる仄暗さを、私は見逃さなかった。
「・・・ご両親は確か、病に伏したのでしたね?」
「はい。私が3つの頃だと聞いています。流行り病で、発覚したときには、既に手遅れだったと。」
この世界の医術は、前世のものより劣って入るけど、大病でなければ遜色ないくらいには発達している。ただ、病気に罹ること自体少ないため、症状さえ大したことなければ、風邪とされることも少なくない。そのせいで早期発見が遅れてしまい、彼女両親はそのまま亡くなってしまったのだろう。
「まじめな両親は、本当に体が動かなくなるまで、働くことやめませんでした。」
「・・・貴族としては、誉ある行いだが、人親としては失格だな。」
「アル!」
「あ、いいんです。ロウ様。・・・私もお父様とお母様を、恨んでいないと言えば、ウソになりますから。」
その言い様だと、おそらく子供と接する機会も少なかったのだろう。とはいえ、アルの言い方はいかがなものか。的を得た評価でも、本人を前に言うのは酷というものだ。
「両親は、帝国臣民を立派に全うして死んでいった。私にはそれだけが事実です。」
「ふむ、事実から目を背けないのは良いことだ。強いのだな。」
「いえ、今でこそ、こうして強がってますけど、私は10歳の子供でしかないのです。」
この歳で現実を受け入れられていることは、素直に好感が持てた。ある意味彼女も見た目通りの少女ではないということだろう。
・・・今のうちにいろいろ仕込んでおけば、将来、アダマンテ領にとっての大物になるかも?
しばらくして、庭の侍女らが入れた紅茶が運ばれてきて、皆で喉を潤していた。
「それにしても、お二人はとても仲がよろしいのですね?」
「ん?そりゃあ婚約者だからな。」
「ふふ。そういう意味ではありません。もっとこう、深い絆で結ばれているように見えます。」
「ほぅ、だそうだぞ?ロウ。」
そりゃあ王子をあだ名で呼んだりすれば、そう思われても仕方がないだろう。仲がいいか悪いかで言えば悪くはないし、一応、私もアルも、お互いを信頼しているのは間違いないだろう。
「存じていますよ。なにせ、殿下からの告白は、とても情熱的でしたから。」
私が茶化してそういうと、アルは少しばかり照れた様子で、エーデルハイドは両手を口に当てて驚いていた。
「お、おい。俺はそんなつもりで言ったんじゃないぞ?」
「言ったことは否定しないんですね?」
「ぐっ、お前、性格悪いぞ?」
傲慢で生意気と言ったのはアルの方だ。年下だろうが、婚約者だろうが、相手の身分が上だろうが、こうして水入らずの際は、とことん意地悪くなってやるつもりだ。
「ところでエーデルハイド?あなた、私と話がしたかったんじゃなくて?」
与太話も適当に切り上げて、私は彼女へ本題を切り出した。
「話、ですか?」
「あら、違ったかしら?」
エーデルハイドは明らかに動揺していた。こういった駆け引きはまだ慣れていないのだろう。今のうちに聞き出せることは聞き出しておきたい。
没落、というほどではないが、ローレンティス家の今の状況は、それに近い状態だろう。爵位を返上した貴族は、別段資産を奪われたりはしないが、資金源がなければ、一般的な家庭と変わらない。今どのような場所の居を構えているかは知らないが、その維持費に、従者たちの給金なども変わらずであれば、それなりの大金が必要なはずだ。
そうでなくとも、両親が残した資産だけで食べていけるほど、世の中甘くない。
「あなたの望みは何?ローレンティスの復権?それとも、アダマンテへの臣従かしら?」
「あ、えっと・・・。」
「ロウ。相手は10の少女だぞ?少し手厳しいんじゃないか?」
「それを言えば、私も13の少女です。己が道を開きたいのであれば、言葉に真を宿し、行動に移すべきです。だからこそ、貴方はこの人に声をかけたのではないのですか?」
あの野次馬たちが集まる中で、自分よりも体格も身分も大きな人々を他所に、王子と公爵令嬢の前へと進み出てきたのだ。この程度の圧を駆けたくらいで、萎れてしまうほど儚い花ではないはずだ。
エーデルハイドは、唾を飲み込み、大きく息を吸い込んで、その手に持つカップを置き、私に向き直った。
「ロウお嬢様に、ぜひとも使っていただきたい道具があるのです。」
「・・・道具?」
予想外の言葉に、思わず私も言葉を失ってしまったが、おそらく私に恩を売りたいのだろう。ここまで啖呵を切ったからには、何か大層な目的があると思うけど、相手が子供故に逆に腹の内が読めなかった。
「はい。是非とも一度、それを見ていただきたいのです。」
「それは、構わないけれど、いったい何の道具かしら。?」
「それは、・・・クラです。」
・・・蔵?いや、道具と言っているから、馬具の鞍のことだろうか?
「それは、今ここで見せてもらえるのかしら?」
「はい。もちろんです。ただ、我が家の従士たちの元へ、戻らなければいけないんですけど・・・。」
「それならお安い御用だ。」
アルが近くの侍女に声をかけ、事情を話してローレンティス家の元へと使いを走らせた。
ほどなくして、ローレンティスの者らが、やたら大きな包みを台車で持ってきた。馬の鞍にしては、大きすぎる気もするけど。
アルも興味津々で、傍まで寄ってきて、我先にと包みの紐をといた。中から出てきたのは、確かに鞍のような形をしているけれど、やはり一般的な鞍よりも大きく見えた。しかし、その作りの精巧さや使われている革の質は、素人目に見ても美しく、鐙に使われている黒光りの漆は、見事なものだった。
「エーデルハイド殿。これは?」
「はい。ローレンティス家が古くから産業としてきた、なめし業の成果です。」
「・・・竜鞍、ですか?」
「っ!?はい!」
どうやら彼女が私に見せたいものというのは、翼竜の背につける装備だったようだ。そして、同時に彼女の意図もわかったような気がする。これを出しにして、私とお近づきになりたいのだろう。
私はおもむろに手を伸ばして、鞍の革部分の感触を確かめた。なめらかな肌触り、しかし、人並の力で引っ張っても感じられる丈夫さ。なめし革としては最上等の一品だろう。ただ、一番気になるのは、その素材だ。革の色は青みがかったものだ。動物の革製品は大体茶系統の色をしているものだけど、この世界でもこんな色の革は見たことがなかった。
「い、いかがでしょうか。ロウお嬢様?」
「材質には申し分ないけど、不必要な装飾は外すべきね。」
「えっ?」
「煌びやかな装飾は、確かに美しくて尊いものだけど、翼竜の背に乗ることは、馬の背に乗ることとは全く異なるの。その背に跨るだけで、命を賭けているんだから、必要なのは美しさでなく、実用性よ。」
彼女の期待の眼差しは、痛いほど伝わってきたけれど、これは言わないわけにはいかないことだ。
私のほうは、竜使いの力で、跨っている翼竜に逐一指示を出せるけど、他の竜騎兵たちは違う。彼らは、翼竜を躾けることによって、翼竜を従わせているに過ぎない。それは信頼関係と呼ぶには、あまりにも信憑性のないものだ。それでも、長く同じ翼竜と時間を共にしていると、彼らが、人間の思いにこたえてくれることがある。言葉が通じ合わない同士でも、理解しあえるのだ。
竜鞍はそんな人間と翼竜を繋ぐ、大事な道具だ。ある意味、竜騎兵の命綱であり、翼竜への最大の配慮なのだ。己一人で飛べるはずの翼竜の背を借りて、人間が空を駆けるための・・・。
「この鐙とか、少し重いわね。できる限りの軽量化は必須です。翼竜への負担を減らすためにも。どのみち、翼竜の鱗で擦れて、こんな装飾はすぐにでも意味をなさなくなるわ。」
エーデルハイドには冷たく聞こえているかもしれないが、竜鞍とはそういうものだ。彼女はそれを知らなかっただけに過ぎない。自分にとっての幸福が、他者の幸福とは限らないのと同じだ。でも、だからこそ、いくらでも改善の余地がある。
無遠慮にずばずばものを言ったせいで、エーデルハイドは随分頭が下がってしまった。さすがに言い過ぎたかもしれないが、ここで彼女が顔を上げられないのであれば、ここまでの存在だったということ。
「私たち竜騎兵は、命がけで帝国を守る矛とならねばなりません。そして、文字通り命を翼竜の背に預けています。それを踏まえれば、こんな浮ついたものを道具として使うわけにはいきません。」
「実用性が、ない、と、言うことでしょうか?」
「ないわけではありません。気持ちの問題です。普段から翼竜で、乗馬のように空を飛ぶことを楽しむのであれば、これでいいのかもしれません。でも、私も忙しい身です。部隊の訓練に参加することはあれ、私事で翼竜を駆ることは少ないでしょう。私が翼竜の背に乗るのは、おそらく戦場です。その戦いにふさわしいかどうかで言えば、これでは相応しくないのでは?」
「・・・。」
10の子供に言っても、難しい話かもしれない。でも私は彼女の全てを否定しているわけじゃない。エーデルハイドが持ってきた竜鞍の作りは本当に良いし、革の質も帝国全土で探し回っても手に入らないくらいの最良のものだ。そして、おそらくローレンティスでは、竜鞍に対する知識が薄いはずだ。その中でここまでのものを仕上げてくるのは、職人たちの腕前が大変優れているからだろう。アダマンテでなくとも、さまざまな製品を扱える彼らを、手に入れたいと思うくらいに。
「エーデルハイド殿。・・・悔しいか?」
先ほどまでずっと見守っていたアルが、唐突に声を上げた。
「えっ?」
「自分が良しとしたものを、ここまでぼろくそに言われて、悔しいか?」
「・・・。」
「・・・ロウ。お前だったら、こういう時どうする?」
そこで私に振るのか!
「そうですね。次こそはと、目的達成のために奔走します。」
「・・・次、ですか?」
上手くできているかわからないけど、私は彼女に微笑んでやった。
「エーデルハイド。あなたがこの竜鞍にどのような思いがあったのかは、私にはわからない。でも、貴方が考えていることは、なんとなくだけど察するわ。ローレンティスのため、強いては、貴方を慕う従士たちのため。頭首を失っても亡家についてきてくれた、貴方を育ててくれた人たちのため、違う?」
自惚れかもしれないけど、私は、彼女のような、使命感が強くて、自分を慕う人達を大切にする人間を、良く知っている。彼女を見ていると、不思議と照らし合わせてしまったのだ。
「・・・もし、貴方さえよければ、今度、この竜鞍を作った工房に顔を出させてくれるかしら?」
「え?」
「作りも、質も、最良のもの。そんなものを欲しがらない権力者はいないわ。単に、今日持ってきてくれたこれが、合わなかっただけ。是非とも、ローレンティスの結晶を、拝ませてちょうだい。」
そう言ってあげると、彼女は年相応の笑みに、大きな涙雫を沿えて、大きく頷いたのだった。




