小さな挑戦者
貴族会議のアルハイゼンを巡っての事件の翌日。どういうわけか私はジエトに呼び出されていた。
「済まないな、ロウ。あの息子のせいで、こんなことになるとは。」
どうやらジエトは、事の子細を聞き及んでいるらしい。そして、この顔である。大分疲れた様子だ。気持ちはわかるけど。
「お気になさらないでください。」
「そなたはそういうが。あいつの我が儘に付き合うのは、疲れるだろう?」
それは今に始まったことではないけど、確かにこの王城に来てからというもの、私はあの人に振り回され続けている。貴族の令嬢としての、重要なキャリアとして、王家に嫁ぐという大役。だけど、私は相手がアルでよかったと思っている。
「陛下。どうか、お気になさらず。私は、・・・今の殿下との、全てのやり取りに、幸福を感じていますから。」
「・・・・?」
ジエトは不思議そうな目で私は見つめていたが、私はふっと笑みを見せてから、一礼をしてその場を去った。
王城の中では、私は忌避の視線に晒される。あることないこと噂話が、今この王城で膨れ上がっていることだろう。うら若く、何を考えているかもしれない生娘が、王子殿下をたぶらかし、王妃の座を我が物としようとしている、などと。
たかが13の娘に出し抜かれたことが、そんなに悔しいとは。この世界のお偉いさんも小さい連中ばかりだ。躍起になる気持ちはわかるけど、残念ながら、それは生まれを恨むしかない。何せ私は、この世界でどうしてか、天才として生まれてしまったのだ。今は料理という誰でもできるもので競い合っているけど、アルが最初に言ったように魔法での選定であれば、私は誰よりも強い、誰よりも優れているという自負がある。魔法の力だけで言えば、アルにだって負けはしない。それこそ、国王であるジエトにだって・・・。
他人の声なんて気にはしないけど、居心地の悪いのはしょうがない。行きかう人々から声を掛けられることはない。彼らの目に、私は敵として映っているのだ。
「ロウ!ここにいたのか。」
そんな中で、彼は周囲の視線など気にせずやってきた。
「ア、・・・殿下。何か御用でしょうか?」
「む。俺のことは殿下と呼ぶなと言っただろう?」
そうしてやりたいのは山々だけど、さすがに人目がつくところで、アルなどと呼んでしまうのはまずいだろう。
「大変そうですね。昨日、さっそく食事のお誘いがあったとか?」
「はぁ、まったくだ。こんなことになるとは思ってもいなかったよ。」
「こんなこと、とは?」
「そりゃあ手料理を持ってこいとは言ったが、一々食事に誘われるとは思ってなかったんだ。」
あぁ、なるほど。確かに彼の性格では、それは煩わしく思うだろう。それくらい始める前から想像できると思うが、結局この男にとって、この選定は面倒くさいものでしかないのだろう。
「立ち話でもなんです。例の庭園で、お茶でもいかがでしょうか?あ、あまり胃にものを入れてしまいますと、麗しい令嬢たちの料理が入らなくなってしまいますね。」
「はっはっは。散歩くらいならつきあってやるよ。行こう。」
そうやって私は、周囲の貴族たちに見せつけるようにして、威嚇したのだけど、どうやら噛みついてくるものがいないわけでもなかったようだ。
「アルハイゼン殿下。お待ちください。」
前へ進み出てきたのは、赤のドレスに身を包んだ、少女のような顔立ちの令嬢だった。いや、少女のような、という表現は失礼だろう。なにせ、本当に少女なのだろうから。
「初めまして、ローレンティス家の当主の、エーデルハイドと申します。」
当主?まさか、この年で?見た目は本当に子供にしか思えない。貴族は10歳にもなれば立派な結婚対象とは言うが、あまりにもお子様の姿だ。言葉遣いこそ丁寧だけど、付け焼刃な感じがしてならない。
それに、ローレンティス家と言った。彼の家は、確かアダマンテ領の最南端の小さな街を生業としている家だったはず。後継者がいなくなり、何年か前に爵位を返上したはずだ。今は、地域の有力な名家としているのだが・・・。
「殿下のご要望通り、私自ら手料理をこさえてまいりました。う、受け取っていただけないでしょうか?」
「これはこれは、かわいらしい申し出だ。」
少女、もとい、エーデルハイドが差し出したのは、小さな小包だった。中身はいったい何だろうか?
「ありがとう、エーデルハイド殿。・・・。」
アルは、小包を受け取ると、なぜか私の方を見てきた。
「・・・?」
私とエーデルハイドが小首をかしげていると、彼の表情が、いたずらっぽい笑みを含んだものに変わった。それを見た私は、嫌な予感がしたのだ。
「エーデルハイド殿、もし、よろしければ、これから、こちらのロウ殿と庭園で茶会をするのだが、貴殿もいかがだろうか?」
「・・・は?」
いったいこの男は何を考えているのだろうか。予想外の返事に、周囲の者たちも驚くような声を上げていた。まさか、年下趣味でもあるわけはないだろうし、何か意図があるのだろうか?
「よ、よろしいのですか?」
「あぁ、ローレンティス家の話、少しばかり興味があってな。構わないだろ?ロウ。」
「・・・私は構いませんが、貴方を慕う婚約者であれば、今頃稲妻の如くの平手があなたを襲っていましたよ?」
男と女の茶会とは、いわゆる逢瀬の一環だ。はじめから数人で開く場合もあるけれど、最初から二人で茶会をするとしていたのに、あとから別の女を交えさせるのは、そういう意味を連想させてしまう。つまり、私にもエーデルハイドにも失礼ということだ。
まぁ、私も彼女も、そのくらいで怒るような性格じゃないだろうし、彼女からすれば、この上ないチャンスだから、どんな形でも参加したいだろう。
それに、同じアダマンテ領の貴族だ。それを踏まえれば、ローレンティス家の目的が分かったような気がする。おそらく、アルも、それを察して茶会に誘ったのだろう。
「とにかく、こんなところで立ち話は野暮だ。エーデルハイド殿、ついてきたまえ。」
「えっ、あっ、・・・はい。」
彼女小さな手を取って、アルは庭園への道をそそくさと歩いて行ってしまった。
「ロウ。何してる?早く来いよ。」
そういう彼の表情は、とても楽しそうだ。野良猫に付き合うのは、本当に大変だ。




