アルハイゼンとの逢瀬、その3
滅茶苦茶になった階で、私とアルハイゼンは並んで眼下に広がる帝国を見ていた。
「派手にやり過ぎましたね。」
「はっはっはっは。気にするなよ、そんな小さいこと。俺は楽しかったぞ。」
ある程度は彼の魔法で元の大理石に戻っているけど、細かい破片やらが散らばって、とても趣ある場所には見えなかった。
「まぁ、あとで罰が下るだろうけど、それも含めて俺は気にしない。お前と同じ時間を共有できるんだからな。」
「そうですか。私としてはあまり乗り気ではなかったのですが・・・」
魔法決闘をすれば、周囲に多大な被害を出してしまう可能性も頭の中にはあった。煌びやかな宝箱の中で大暴れするようなものだ。ただ、勝つ気がなかった、というのはそれが理由ではない。それよりももっと単純な理由だ。
「いつから気づいていたのですか?私が、決闘を本気でやっていないことに。」
私が横目で問いかけると、彼はまた困ったような表情になって、言葉を選んでいた。
「・・・いつから、と言われれば、初めからだったな。以前、お前と剣の打ち合いをしたときにも思っていた。お前は、俺を相手に、本気で向かってこない。」
「・・・。」
「あの時は、お前自身が、それほど剣の腕が良くなかったからだと思っていたが、今日お前が、俺の知らない魔法を使ったのを見て、確信した。お前は俺に勝ろうとしない。得意とする魔法であっても。いや、そもそもお前は、俺に対して、そういう思いを抱かない。その前に、俺を傷つけるわけにはいかないと、そう考えているんだ。」
彼の推察は、ほぼ正解であった。いくら子供のお遊びとはいえ、相手は王子殿下。そして私は、彼よりも下の存在。いくら次期王妃となる予定であっても、それは変わらない。
何かの間違いで、彼の体を切り裂いてしまったら、力加減を間違えて、彼に痣でも作ろうものなら、例え親しい間柄でも、恋仲であろうと、夫婦であっても、それは許されないことだ。
帝国において、国王とはそういうものだ。
「お前が作り出した風の盾。あれの正体は、正直わからなかった。だけど、大地の記憶の力で作り出した竜が粉々に砕けた上に、元の固形化した大理石に戻っていた。単なる粉砕の魔法ではありえない現象だ。まぁ、粉砕魔法であっても、危険なものには変わりない。それを人に直接ぶつけたら、どうなるか。俺には見当もつかないが、その危険性を一番わかっているお前は、案の定魔法を解いてくれた。俺を傷つけるためではなく、俺の魔法を無力化するために、その魔法を使って、残り1回の魔法を威力の低い無詠唱魔法で仕留めようとした。ここまで推測できれば、お前が本気で俺を打ちのめそうという気がないことがわかるだろう?」
アルハイゼンの推理は大方合っている。魔法の特性がわかっていなくとも、彼は真実に辿り着いたのだ。
あのまま私が風の盾を展開したまま、彼とぶつかっていれば、彼はおそらく死んでいただろう。もっとも、大地の記憶の蛇・・・彼曰くの竜に攻撃されていれば、私も無事じゃ済まなかっただろうけど。そこは決闘なのだから、手加減するわけにもいかないのだ。
それに、問題はそこではない。アルハイゼンが聞きたいのは、なぜ神聖なる決闘で、そんな真似をしたのかということだ。
「あなたに怪我でもされれば、お叱りを受けるのは私の方ですから。」
「そんなことはさせない!それに、父上も母上も、始終を話せばわかってくれるはずだ。決闘を申し込んだのは俺の方なんだから。」
この期に及んで、まだそんなことを言っているのか、この人は。仮にジエトとフィリアオールが許してくれたとしても、それ以外に人々は、私を責め立てるだろう。
「陛下と王妃様が、子供の喧嘩だと許してくれたとしても、私には、次期国王に傷をつけたという烙印が刻まれるのです。それがわからない貴方じゃないでしょうに。」
私がそういうと、彼は心底嫌そうな顔をして、そして、酷く悲しそうにうつむいてしまった。
「お前は、・・・・お前も、俺を一人の少年としては見てくれないのか?」
「えっ?」
「お前の目には、何が映っている?お前には、俺が、帝国の王になるという子供としか見えていないのか?」
「・・・。」
まさかとは思ったけれど、彼は生まれを悔いているのだろうか?帝国においては、国王に生まれたからと言って、次の王に選抜されるわけじゃない。むしろ、無名の血筋であっても、才能さえあれば、その道は開かれる。彼は王の息子でありながら、その才覚もあったからこそ、次期国王に選ばれたのだ。
それこそが、アルハイゼンがいら立ちを見せる理由なのだとしたら、私にはどうにもできないことだと思う。
「あなたが私に臨む要求というのは、それですか?」
「・・・そうやって察しがいいのに、俺が望んだようには動いてくれないのだな。俺の気持ちを理解できるのは、同じ境遇に立たされた奴だけだと思ってな。オーネット家の、シルビア嬢は、そうじゃなかった。同い年というのもあって、話は合うし、お前と違って愛嬌だってあったさ。」
「失礼な・・・。」
「ははっ、けど、そういう生意気な態度は一切取らなかった。彼女の目には、俺が違う世界の人間のように見えていたんだろう。自分は、俺という人物を構成する一部になるのだと、そういっているかのようにな。」
彼の言うことは、いまいち理解が出来なかった。シルビア嬢がどんな態度でアルハイゼンと接していたかはみていないから。アルハイゼンがそういうのであれば、おそらく100点満点以上の令嬢を、演じて、いたのだろう。
「俺は別に国王になりたいわけじゃない。かといって、次期国王の座を降りるつもりじゃない。俺にできることなら、この帝国のためにできる限りのことをしたいと思う。」
「・・・それとは別に、貴方は自分を一人の人間として認めてもらいたいのですね。地位や名誉などに飾り立てられた、王子ではなく・・・。」
「あぁ、そうだ。俺は、俺に接してくるすべての人間が、仮面を付けているように見える。なぜみんな俺を崇める。俺の何がすごいんだ。俺はただの、一人の子供に過ぎない。立場上、人の上に立たなければならないのは仕方ない。だが、生涯隣に立つ女性にさえ、仮面を付けさせなければならないんだ?王妃になる以前に、家族になる相手だぞ!」
次第に大きくなる声に驚きながらも、彼の心叫びが、私の胸にも刺さっていた。
「誰も俺を、次期国王としてしか見ない。」
「そうでしょうね。」
「だが!お前は違うだろう?」
勢いよく振り向いたアルハイゼンに肩を掴まれ、そのまま階の手すりに押し付けられた。
「人を見透かしたような生意気な目、何もかも知っているかのような態度。お前は、傲慢で、誰よりも俺の本質を見抜いている者だろう!だから俺は、お前ならばと、・・・・おも、ったんだ。」
・・・傲慢、か。アルハイゼンからしたら、私はそういう風に見えていたのだろう。確かに私は、彼を見下している。所詮は15歳の少年。どれだけ帝王学を身に着けていても、人の本質は変わらない。子供には子供の、相応の感覚があるものだ。皇族らしい振る舞いをしていても、私には底に見える幼さがわかる。それは、前世の記憶があるからか、もともとそういう人だからかはわからない。けど、彼の言うように、私が傲慢な性格をしていることは間違いない。
「・・・それが、貴方が私に臨むことですか?」
「おれはただ、お前と普通の友人のようになりたかっただけだ。お前は、俺には無い才能をたくさん持っているし、魔法だって、俺の知らないものばかりだ。俺よりも年下のくせに、負けず嫌いだったり、露骨に面倒くさそうな顔をしてるくせに、いろんなことに付き合ってくれる。そんなお前に、・・・俺は初めて、他人に特別な感情を抱いたんだ。」
「・・・まるで、愛の告白ですね。」
「っ・・・あぁ、そうさ。笑いたければ笑えばいい!だけど俺は、俺が俺らしくいられる未来が欲しい。国王らしくないと言われても、思われても・・・。」
正しく告白をする彼の姿を見て、久しくなかった感覚が呼び起こされていた。
生まれた環境が性に合わないということは、どの世界でも起こりうることだ。私は彼より年下だけど、彼が知らない人生経験がある。そのおかげで、彼の言っていることは理解できるし、同情もするし、そして、彼のために、私も子供らしくなってもいいと思っている。
それは、彼に合わせてあげるわけではなく、この世界に生まれた、13歳の女の子として、振舞いたいと純粋に思っているからだ。
「・・・・・・アル、と・・・・。」
「・・・えっ?」
「アル、と、お呼びしてもよろしいでしょうか?」
突然の問いかけに驚いたのか、あるいは、あだ名というものに慣れていないからか、それが自分のことを指していることに気づかなかったのだろう。
しかし彼はすぐに、ぱっと年相応の笑顔を見せて、大きく頷いていた。
「あぁ、ああ!」
「可笑しな人です。本当に、幼い子供みたいに笑うのですね。」
「いいだろう?俺は、俺らしく生きていたいんだ。」
彼がそういうのであれば、私も、私らしく生きるべきだろう。
私はおもむろに、彼に手の甲を差し出した。この国での、主に上流階級での、親愛の情を示す行為。前世でも男性が女性に口づけをする行為があったけれど、それと似たようなものだ。
それに気づいたアルハイゼンは、膝立ちで私の手を取ってくれて、その手を自身の額に当ててくれた。
「よろしくお願いしますね。アル。」
「あぁ。ありがとう。」
この日私たちは、お互いを理解しあうためのスタートラインに立ったのだった。




