アルハイゼンとの逢瀬、その1
その日私は、なぜかアルハイゼンの私室に呼ばれ、何をするでもなく、彼と一緒に読書の時間を共にすることになった。一緒にといっても、同じ書を二人で呼んでいるわけではない。それぞれがそれぞれの書物を手に、彼は寝台に座り、私は書斎の椅子を借りて読んでいる。いったいこれにどんな意味があるというのかはわからないけど、私としてはありがたい時間であった。
普段は書庫で本に囲まれながら、そして司書官の意味ありげな視線にさらされながらだから、こうして落ち着いて読み耽られるのは、久しぶりだったのだ。
だが、その静寂も長くは続かなかった。先に読みえ終えたアルハイゼンがこちらを向いたので、私もおのずと手にしていた書をパタンと閉じた。
「なにか?」
「なぁ、ロウ。」
「はい。」
「お前は今の現状をどう思う?」
「・・・?現状、というと、今の状況のことですか?」
それは私が聞きたいことなのだが、どうやらそういう意味ではないらしい。
「そうだ。俺はいつも、お前のことをロウと呼んでいる。だがお前はどうだ?俺のことを、殿下としか呼ばない。」
「・・・???それが何か?」
「ロウ、お前は俺のなんだ?」
だから、それは私が聞きたいことなのだけど、この人はどうしてこちらの意図をくみ取ってくれないのだろうか。単純に考えれば、私とアルハイゼンの関係は、何者でもないはずだ。許嫁でもないし、親族でもない。そもそも今私たちを繋ぎとめている関係とは、アルハイゼンの我がままによるものだと、私は認識している。私は、彼の気まぐれに付き合っているに過ぎない。
正式な婚姻を結んでいれば、私も彼に対して相応の態度を取るつもりでいる。だけど、それすらない今の状況は、王子に仕える貴族の令嬢、というのが一番しっくりくるだろう。しかも、ジエトとフィリアオールの頼みだからこそ、従っているけど、そうでなかったら、こんな意味のない時間など送るつもりはない。
「なんだ、と言われましても、私は、単なる公爵家の娘です。」
「・・・質問を変えよう。俺にとってどんな存在だ。」
「は?」
「俺はお前を特別だと思っている。そんなお前から、俺は一度も名前で呼ばれたことがない。悲しいとは思わないか?」
「・・・どう、しろと?」
「殿下、ではふさわしくないと思わないか?」
思わない。・・・とは思わないが、私に呼ぶ資格がないことを、彼は気づいているのだろうか。身分という意味で、私が彼を気安く呼べるはずがない。私にその意思があったとしても、そうするだけで不敬に当たるのだ。
だが、彼はそうすることを望んでいるというのだろうか。私のことを特別だと思っているというのは、どういう意味なのか。友情か恋情か。どちらにしろ、それを私に抱くのは構わない。だがそれは立場というものを超越したりはしない。こと貴族社会においては、所詮私たちは、臣民のように、自由な関係ではいられないのだ。
「殿下、お戯れもほどほどにしていただけるでしょうか。あなたが私のことを特別だと思っていても、私にとってあなたは、一国の王子に過ぎません。そして私は、その国に仕える公爵家の人間。それ以上でも、それ以下にもなりえません。」
「・・・お前もつまらないことを言うんだな。」
「つまらない、というのは同感です。ですがそれが現実ですので。」
「なら、俺が命令すればいいのか?殿下と呼ぶな、と。一刻の王子として、国に仕える公爵家の人間に命令すれば、それなら文句はないんだな?」
「・・・・・・そういうことになりますね。」
私にはわからない。何がそんなに気に入らないのか。どうしてそんなに嫌そうな顔をするのか。いつもの楽しそうな表情はどこへ行ったのか。私が融通の利かないことにいら立っているのだろうか?
「・・・はぁ、ロウ、少し付き合ってくれ。」
「どちらへ?」
「どこだっていいだろう?どこだろうと、お前は着いてくる。命令だからな・・・。」
「・・・・・・・・・・・・お供致します。」
連れてこられたのは、王城の最上階にある、泉の階と呼ばれる建物だ。魔法の力で地下深くに存在する深水の源泉を転移させている。深水は、この最高度の階から王城のいたるところに流れ、そして、グランドレイブじゅうにある都市へと、水路で繋がっているのだ。
階のテラスから見える光景は、何度見ても心奪われるものだけど、隣で同じ景色を見るアルハイゼンの表情は、どこか寂しそうだった。
「・・・こうして、同じものを見ているというのに、人はお互いを理解しあえない。虚しいことだな。」
「それが、殿下のお望みなのですか?」
「いいや、ただの独り言だ。忘れてくれ。」
どうやら拗ねてしまったようだ。結局彼の思惑はわからないまま。らしくない一面を見せられて、私も少し動揺しているけど、何も変わらない。私たちの関係は。
「一つ、お聞きしてもいいでしょうか?」
「なんだ?」
「どうして、オーネット家の令嬢との縁談をお断りになったのですか?」
「ふむ。気が合わなかったということになっているはずだが?」
「そんな理由で、王家の縁談が無くなるとは思えません。仮にそうだとして、お相手が納得しないはずです。」
「お互いに納得しているから、破談が成立しているはずだがなぁ・・・。」
ああ言えばこう言う。ほんとに子供じみたいいわけだ。何があっても訳を話す気はないということだろう。ある意味、お相手の令嬢を庇っているともとれる行動だけど、実際どこまで計算しているのか・・・。
「・・・なら、そういうことにしておきましょう。ですが、それは私に対して不誠実ではありませんか?あなたが、どんな理由でオーネットを弾いたのか、話して頂けないのでは、私が殿下を不信に思うのも当然でしょう?私は、噂や喧伝に左右されたりはしませんが、殿下が令嬢の扱いに欠陥があるのだとすれば、この戯れを続ける理由がなくなっていきます。例え殿下だとしても、アダマンテは妥協は致しません。」
婚姻も結ばず、相手方のこともわからない。ジエト等の頼みだからこそ、ここまでやっているつもりだったけど、当のアルハイゼンがこの様子では、こちらから見切りをつけても、誰も文句は言わないだろう。
「・・・どういえば、俺のことを理解してもらえる?」
「理解、・・・少なくとも私は、殿下を理解するにあたる人物なのか、見定めているつもりです。殿下がどのようなお方なのかは、ここ数回の逢瀬で、知りえてきたつもりです。殿下が、権力を使ってアダマンテを、いえ、私自身を手に入れようとするならば、それもいいでしょう。その時は、覚悟を持って、貴方の妃となります。ですが、貴方がそんなことをしない人であることはわかっています。だから、私を納得させるだけの誠意を、見せていただけないでしょうか。」
アルハイゼンがどんな手段を取ろうとも、私が次期国王の妃になるということは覆らないだろう。アダマンテ家にとっても、悪い話じゃないし、自分を殺して一生を過ごす覚悟だってある。王妃になるということは、そういうものだと思っているから。
だけど、彼がそれを受け入れていないのであれば、私の覚悟も、無意味なものになってしまう。それは、自分を殺して一生を過ごすよりも、・・・気に食わないことだ。
「誠意か。難しいな。人の考えというのは。俺はただ、お前と対等でいたいと思っているだけなんだがな。気持ちっていうのは、うまく伝わらないらしい。」
「・・・対等、ですか?」
アルハイゼンは、やはり困ったような表情で、私を見ていた。生憎一人の男としては、それほど魅力を感じないけど、一国の王子にしては、情けない姿に見える。
「なぁ、ロウ。俺とお前の違いはなんだ?」
「違いですか?そうですね、違いがあり過ぎて、比べられませんね。」
「はっはっはっは。違いを聞いているのに、比べられないと言うか。お前は本当に、俺のこと、見くびり過ぎだぞ?何にもかも知っている風に振舞って。お前が一番、俺を王子として認めていないだろう?」
「そうですね。胸の内には、到底口にできない、殿下への評価が溜まりに溜まっております。」
子供っぽいところとか、待ち合わせ場所を言わないこととか、こちらの話をあまり聞かないこととか。だけど、私は別に、彼にいら立ってはいない。
・・・考えてみれば、私はこのころから、こんな性格になってしまったのかもしれない。
「なら、憂さ晴らしをしよう。俺も、お前にはしてやりたいことがいろいろと溜まっているんだ。」
「いいでしょう。何をするんですか?」
「初めて会ったときのことを覚えているか?稽古と称して、打ち合いをしたことを。」
「剣は、あまり得意ではないと申したはずですが?」
「あぁ、だから今度は。魔法決闘を行おう。」




