アルハイゼンという男、その1
私とアルハイゼンの縁談。いや、正確には、私たちは婚姻したわけではなく、ただの、王の倅と、公爵家の娘というものでしかなかった。
傍から見れば、年端もいかない少年と、生意気盛りの少女でしかないだろうに。当時から私たちは、王城では有名になっていた。王族と貴族が、まるで市井の子供たちのように、青い時間を過ごしていると。
私は噂なんかは気にしないけど、父もアダマンテ領へ戻っているから、自分一人で諸々対応しなければならないのは酷く面倒だった。別に城内で何かを言われるわけじゃないけど、王城の住人とすれ違うだけで、男へ会いに行く遊女のように見られるのは、勘弁してほしかった。
そんな状態だから、一人王城の書庫で引きこもっていても、落ち着かない時間を過ごさなければならなかった。
お目当ての書物を読み終え、もとあった戸棚へとしまうと、書庫の司書官がこちらから視線を外すのが横目に見えた。監視されているわけじゃないんだけど、13の小娘が、熱心に小難しい歴史書を読み耽っているのがそんなに珍しいのだろうか。それとも、単にうら若い少年少女の恋路に興味があるのか。いつ私がアルハイゼンの名前を呟くか計っているのかもしれない。
生憎、見た目こそ13の少女だが、中身は前世で25年の歴史を積んだ人間だ。恋焦がれて男の名前を無意識のうちに口ずさむほど、青臭い情緒は持ち合わせていない。
書庫を後にしたとは、フィリアオールの元へ行かなければならない。王妃のための教育として、只人には触れることすら許されない禁書を封じてある禁書庫の鍵を預けられているからだ。書庫へ行くときは、必ず彼女から借りてから来ている。私はまだ、その只人の範疇なため、こんな小学生みたいなことをしなければならないのだ。
扉をノックすると、中から彼女の声が聞こえてくる。
「失礼します、フィリアオール様。」
「ロウ、今日は早かったわね。何か用事があって?」
「これから、アルハイゼン殿下と、少し・・・。」
少し、という曖昧な答えなのは、何をするか知らされていないからだ。少しだけ付き合ってくれ、という言葉少ななお誘いを受けたはいいが、せめてどこへ行けばいいかくらい伝えてほしいものだ。
「あら、そう。・・・あの子とは、うまくいってる?」
「・・・ええ、まぁ。悪くはないと思いますが。・・・こちら、お返しします。」
そういって私はフィリアオールに鍵を返した。
「もう、ずっと持っててもいいのよ?」
「私は、まだ次期王妃候補ですらありませんから・・・。」
リンクスとアダマンテの間に、正式な婚姻関係は結ばれていない。私はまだ、アルハイゼンの婚約者になれていないのが実状。だからこそ、困惑している。アルハイゼンが次期国王として立つのはわかるが、その伴侶にどうして私が選ばれているのか。
「・・・ごめんなさいね、ロウ。あの子のわがままに付き合ってもらって。」
「我がまま、ですか?」
「はぁ、王妃としてではなく、一人の人親として、あの子には幸せになってもらいたい。だけど、あの子は国王になる者。個人の感覚で良し悪しを決めるのは、良くないと思っているわ。あの子がどうしてオーネット家の令嬢を拒んだのかは、一向に話してくれないのよ。」
それに関しては、私もおいおい聞けるものと思って黙っていたけど、この様子だと、ジエトもフィリアオールも、理由を知らないのだろう。
縁談を断るというのは、明確な理由がない限り、なかなか度胸のいることだ。なにせ、相手の立場や身分に限らず、誠意を無下にしたとも取れなくもない。オーネット家でも、相応の覚悟を持って娘を送り出したはずだ。王の妃になるというのはそういうことだから。
しかし、既に破談は公になっている。だというのに、オーネット側から責任の追及などがないところ見ると、向こうは納得しているということだ。少なくとも、当人であるシルビアはそうなのだろう。
ただ、それらは私には関係の無いことだ。
「・・・オーネット家と殿下の間にどんなわだかまりがあったかは存じ上げません。私は私のやるべきことに注視するだけです。」
「・・・そうね、ふふっ。聞いていた通りの子ね、貴方は。」
「どのように、聞き及んでいたのですか?」
「冷静沈着、天衣無縫。何色にも染まらず、己が信ずる道を進む。年並みではない孤高さがあると、そう聞いていたわ。」
「・・・・・・そうですか。」
自身が彼女の言う言葉に相当するのかは、客観的なものだからわからないけど、噂や喧伝に左右されないというのは間違いないと思う。世間の王子殿下に対する評価とか、私自身につけられている異名だとかは、私の意思には干渉しない。できない。
でも、それは私にとっては当たり前のことだと思うし、私だけの矜持というわけでもないだろうて。
「あなたから見て、アルハイゼンは、どう見えていますか?」
「・・・とても、優しいお方です。」
「それだけ?」
「・・・・・・。」
思うところはある。正式な婚姻関係を結ばずに、逢瀬を重ねてお互いの内面性を探っていくことに、何の意味があるのか。それを許している国王と妃にも。
ただ私としては、前世の記憶があるから、存外受け入れられている。名前と上っ面しか見えない貴族の男に嫁ぐより、ある程度内面を知っていた方が、結婚した後もお互いに、妥協も諦めもつきやすいだろうから。
ただ、そういった達観した思惑を抜きにしても、私のような者からすれば、アルハイゼンという男は、
「・・・自由で、まっすぐで、・・・野良猫のようなお人ですね。」




