夢を見た。
聞こえてきたのは、子供のころよく、私が口ずさんでいた鼻歌だった。しかし、歌っているのは私の声ではない。今では懐かしいとさえ思える、あの人の声だった。もうこの世にはいないはずの声が、私の頭上から聞こえてくる。
「・・・なん、で?・・・。」
「何でとは、随分な言い様だな。ようやく、お前の歌を覚えたというのに。」
はっと目を開けると、そこには、あの頃と変わらない、私の許婚の顔があった。
「随分遅いお目覚めだ。俺の姫は、いつからこんな怠惰になったんだ?」
怠惰?目覚め?いったい何を言っているのだろうと、思案を巡らすと、この体制と彼の頭の位置からして、どうやら私は膝枕をされているらしい。
「っ、殿下!・・・すいまs、んぶっ!?」
大変な無礼を働いていると気付き、とっさに体を起こそうとしたのだけれど、おもむろに口をふさがれ、というより頭を押さえられ、起き上がることは叶わなかった。
「はっはっはっは。お前もそういう慌てた表情をするんだな。いつも冷静沈着なアダマンテの令嬢では見られないものだ。」
頭上の彼は、なぜか楽しそうに笑っていて、頭に乗せていた手をどけてくれた。
「誰も見ていない。もうしばらくこのままでいい。」
「・・・ふぅ、からかってるんですか?」
「あぁ。そのつもりだ。堅苦しい会話をお前とするつもりはない。」
そういう彼の表情は、本当にどこまでも子供じみていて、つかみどころが見つからない。この男は、どこまでも自由な人間なのだ。
アルハイゼン・アーステイル・リンクス。彼は10歳の時に次期国王となる才能を見出し、それ以降、王となるべく、王たるに必要なものを、全て実力で手にしてきた。
時に彼は、大商人と取引に応じ、帝国の国家予算にも匹敵する資金を手に入れ、時に彼は、騎士団の剣術大会に参加し、その武力を多くの武人に示し優勝したり、時に彼は、現国王のジエトに対してさえ、新たな国政を立案し、それを強引に通してしまうほどの行動力を見せた。
ありとあらゆる事柄に長けていたアルハイゼンにとって、何かを得るのは容易ではなくとも、自力だけで達成出来うることだったのだ。
次代を導く王の路は、決して壁は見当たらず、日が沈むことのないものだった。
しかし、そんな彼にも唯一一人では手に入れられないものがあった。それが、跡取り、強いては伴侶の存在だ。王となる以上、自身の跡目を見出さなければいけない。これは国王の義務であって、帝国の存続に必要不可欠なものだ。ただ、グランドレイブ帝国においては、実力主義故に、王の子供がそのまま玉座を継ぐとは限らない。生まれてくる子供が全員健康で生まれてくる保証もないのだから。だが、それを考慮しても、跡取りは必要なものだ。王である以前に帝国王族の一員であるため、その家の長として、必要になってくる。例え子供が優秀でなくとも、人の営みを途絶えさせるわけにはいかないのだから。
アルハイゼンの妃となるものは、彼と同じく才覚にあふれ、国を導くに相応しい人物でなければならなかった。だからこそ、当時から公爵家でも大きな権力と確かな実績を持っていたオーネット家が選ばれた。そう、シルビアが選ばれたのだ。シルビアは、アルハイゼンと同い年だし、魔法特性もあって、武人としても優秀過ぎる存在だ。令嬢としての彼女も当然ながら及第点であり、その美しい容姿も相まって、おつりがくるほどだっただろう。
当時はかなり話題になったものだ。アルハイゼンの高名はもちろん、シルビアの名も、帝国の貴族社会で知らない者はいないくらい、大きな存在だったから。大物同士の縁談に、良くも悪くも噂は出回っていた。
それがどうして破談となってしまったのか。私はその理由をしらない。いや、おそらく当人たち以外、破談となった理由を知る者はいないだろう。かのアルハイゼン殿下も、女の扱いには長けていなかったなどという輩もいて、多くの人の期待を裏切ったのだ。
その後しばらくは次期国王の妃となるものの話は凪いでいた。アルハイゼン自身が望まなかったのか、何か他に理由があったのかはわからない。しかし、水面下では彼の未来の妃になるものの選定、いや、教育が始まっていたのだ。
それが、私が13の時のこと。シルビアとの破談の話が広まってすぐの頃だ。父と共に王城へ呼び出され、ジエトと、フィリアオールに、私が次期王妃となる旨を伝えられた。縁談、という形ではなかった。応接間にアルハイゼンの姿はなく、ジエトとフィリアオールの二人だけ。
当時の言葉はこうだ。
「我が息子の伴侶となってほしい。」
という、国王としてではなく、人親としての言葉だけだったのだ。
貴族社会で行われる縁談とは程遠い。あまりにも型にはまらなすぎるものだった。父も、いくらジエトが相手とは言え、あまりにも状況が読めず、慌てて質問を投げかけていた。
なぜ私が選ばれたのか。なぜ当人がここにいないのか。伴侶とは、婚姻するということなのか。いろいろ聞いていたけれど、詳しい事情は聴かせてもらえなかった。
全てはアルハイゼン自身が要になっているということで、その日は実際にアルハイゼンと会うことになったのだが、彼の態度はあまりにも普通だったのだ。
「名は?」
「お初にお目にかかります。アダマンテ領公爵家の、ロウ・アダマンテ・スプリングと申します。」
スカートの裾を持ち上げ、令嬢らしく振舞う私を見て、彼は何も言わなかった。ただ先ほどから行っていたであろう、剣の型稽古の続きを再開させてしまったのだ。
「あぁ、アダマンテの・・・。悪いな、こんな所に。父上に言われてきたのだろう?」
「ジエト陛下から、殿下との縁談を受けてまいりました。」
「縁談、か。・・・」
そういう彼の表情は、苦笑いが浮かんでいて、困っているように見えた。その時は、単に伴侶を得ることに乗り気じゃないのかと思ったのだが、私はすぐにその理由を察することが出来たのだ。
「・・・ロウ。お前、剣は振るえるか?」
「えっ?・・・・あ、はい。嗜む程度、ですが。」
「そうか。よし、少し相手をしてもらえないか?相手のいない型稽古は飽き飽きでな。」
そうして彼と打ち合いをすることになったのだ。
当時私は13歳。アルハイゼンは15歳。性別の違いもあるし、そもそも剣術にそこまで力を入れていなかった私では、彼の相手にはなれないと思った。けれど、彼と剣を打ち合ったとき、力量差は傍から見ても明確だったのに、私は心を躍らせていたのだ。
彼の剣術は我流だった。帝国には多くの流派が存在するけれど、そのどれとも当てはまらない。強いて言えば、自由な動きをする、悪く言えば、酷く不格好な剣術だった。
まるで私の腕前を図るようにして、手加減をされていることがすぐに分かった。それなのに、私は心を躍らせていたのだ。
稽古とは言え、剣術において手加減することは相手への侮辱とも取れる。それでも私は、嫌な気持ちにならなかったのだ。相対している間、彼はとても楽しそうだった。長く剣を振っていたからか、額には汗も浮かんでいる。私もいつしか夢中になっていて、初めて剣術を楽しいと思っていた。
「なかなかやるな。」
「っ・・・ふ!」
私には会話の余裕はなかった。だけど、その視線が彼を捕えると、彼は、まるでダンスへ誘うかのように頷いて見せた。ついていくのがやっとのことだったけど、わずか数分の打ち合いが数時間にも及んでいたかのような時間だった。
「うん。ここまでにしよう。」
「はぁ、はぁ、はぁ、殿下、その・・・。」
「付き合わせて悪かったな。今日はもう下がれ。」
そういってアルハイゼンは、側で控えていた侍女からタオルを受け取って、そのまま去って行ってしまった。令嬢を王城の庭に置き去りにするというのは、いささかどうかと思うけど、少なくとも、私に不服はなかった。
戻るとすぐに、ジエトとフィリアオールに事の子細を話した。ジエトは頭を抱えていたけれど、私が不満はないことを伝えると、とりあえず安心してくれた。
それから私は、しばし王城へ滞在することになって、アルハイゼンとの浅薄な逢瀬を重ねることになった。彼がどうしてシルビアとの縁談を蹴ったのか。それは後々になっても知ることはできなかったけど、少なくとも私は、彼に選ばれてしまったのだ。
恋愛編が書きたくなったので、急遽閑話休題!
ストレスが溜まっている時ほど好きなものをかくぞい。( ゜Д゜)




