及ばない力
両腕両足のしびれるような痛みを無視して、どうにか息を整えたけど、泣いたせいか頭がガンガン痛くて、どうに気分が優れなかった。
「―――大丈夫か?―――」
「はぁ、はぁ、はぁ、いいから行って。私のことは気にせずに。」
強がりもいいところだけど、今は休んでいられる場合ではない。あの魔獣を、どうにかしなければいけない。これ以上の犠牲者を出さないために。
あの街よりも大きい巨体の魔獣相手に、いったい何ができるかはわからない。発作はどうにか収まったみたいだけど、1時間飛び続けて魔力も体力もギリギリの状態だ。出血だって考えなければならない。こんなところで死ぬつもりは毛頭ないけれど、下手をすれば私の命は簡単に燃え尽きるだろう。
生憎魔獣は、こちらが見えていないのか、同じ高度に辿り着いても、こちらを視認してこなかった。
「―――落ちるなよ?少し荒っぽくいくぞ。―――」
彼の声と同時に、体がぐんと引っ張られる感じがして、アレンが加速した。普段よりも数段早い速度で魔獣の背中側へと来ると、その顎に灼熱の炎が集まり始めた。背中に乗っていてもわかるくらいの空気の熱が伝わってきた。
アレンの息吹は火の玉となって顎から放たれ、魔獣の背中へ勢いよく衝突した。同時に魔獣の背中では大爆発が起きて、その衝撃波が熱風となって周囲に広がった。
あの魔獣が昆虫だというのなら、体中で火が燃えるはずなのだが、魔獣の背中は残り火を僅かに、焦げ跡を少しだけつけてそれ以上の被害は内容だった。
アレンは今度、熱を顎に留めることなく、炎を紙吹雪のように吐き続けた。それでもなお、魔獣の体は焼け切らず、大したダメージにはなっていないようだった。
「―――ちっ、化け物が。―――」
「ねぇ、あの角をどうにかすればいいんじゃないの?」
今までの理屈であれば、それでどうにかなるはずだけど・・・。
「―――・・・角を壊せば、魔獣は魔獣でなくなる。けどこの化け物がどうにかなるわけじゃない。こいつがここまででかくなったのは魔獣化のせいだろうが、このサイズ、魔物であっても脅威だろう?どの道、倒さなきゃいけない。―――」
理屈はわかるけど、魔獣としての能力を削げれば、それだけでも優位に立てるはずだ。
「なら、私は角だけでもやってくる。」
「―――おい!無茶だ。そんな体で!―――」
無理でもなんでもやらなければならない。私はアレンの背中から飛び降りて、背中のボロボロの翼を一生懸命羽ばたかせて、どうにか魔獣の背中に、落下、ではなく着地することが出来た。
「うっ・・・何なのよ!この匂い・・・。」
魔獣の背中は鳥肌が立つようなぶつぶつとした表皮をしていて、立っているだけでも吐き気がしてきたのに、おまけに異様な匂いが体から放たれていた。どんな匂い化と言われると形容が難しいけれど、これを嗅いで平気でいられる人はどんな世界にも存在しない、そう思わせるものだった。
フロストに施された鱗粉に対する魔法も、ほとんどきれかかっている。アレンの火のおかげで、匂いも鱗粉も多少は散っているようだが、そう長くは持たないだろう。気持ち悪い魔獣の背中を蹴って、簡易魔法の射程まで近づいた。
魔獣の角を視界にとらえ、薬指の黄色の指輪になけなしの魔力を込めた。
「斬!」
指輪から光の鎌が放たれ、まっすぐに角へと回転しながら向かっていったが、それは角とぶつかると風船のように割れて散ってしまった。
「っ!?嘘、なんで?」
魔力が十分じゃなかった?それとも、魔獣の角が前よりも堅かった?だったらもっと強い魔法で叩けばいい。そう思って、再び魔力を指輪に集中させたのだけど、疲労のせいか、あるいは魔力が足らないのか、魔法が発動しなかった。
「くぅっ、直接叩けばいいでしょう?」
あの角がどんな物質で出来ているかはわからないけど、私の剣も希少な鉱物を使ったものだ。
「魔剣、エンチャント!」
刺剣に魔力を付与し、私は魔獣の背中を駆けて、棘のような角めがけて剣を突き刺した。動かない物体を剣で攻撃するのは、まるで剣術の方稽古のように簡単だ。上段に二回、下段に二回刺突を繰り返し、左右に剣を一回ずつ振り切って、最後に真上から剣を振り下ろす連撃をきめた。
魔力の宿った剣は傷一つついておらず、角の方は突きによってひびが入り、剣戟で深く抉られていた。しかし、完全に破壊には至らず、私はまたしても連撃を食らわして、破壊を試みた。
しかし、しばらくしていると角は、徐々に再生し始めて、最初のひびや傷が無くなっていた。
「―――本体をやらないとだめだ。―――」
上の方で様子を見ていたアレンが声を飛ばしてきた。
この化け物から何らかの力を受け取って再生しているのだろう。かといって、これを壊さない限りは、この魔獣も大きな力を持っていることになる。
「少しづつ力を削いでいくしかないってことね・・・。」
それはあまりにも、絶望的な状況だった。




