芽生え始めた気持ち
私にのしかかっていた人々まで、器用に払いのけて、彼は殺戮の限りを尽くしていた。
「・・・やめ、・・・やめてっ・・・アレ・・・・っ。」
発作の苦しみをどうにか抑えながら、血まみれの手を何とか彼に伸ばしても、声も手も、彼に届いていない。いや、届いてはいるのだろう。だけど、彼は聞かない。押し寄せる人々を一人、また一人と・・・。
ようやく彼の尻尾を掴んで、その甲殻に刺剣を突き刺した。
「やめて、アレン!」
出来る限りの声で叫ぶと、ようやく彼は、その鋭い龍の瞳を私に向けた。
「―――早く俺の体に噛みつけ!―――」
アレンの声も大きく響いてくる。その間も、彼は人々殺める手を止めてくれなかった。
「このまま・・・飛んで!」
尻尾をつかんで上昇すれば、彼の飛行速度なら逃げ切れる。そう思っているのに・・・。
「お願い!アレン。」
その、赤黒い甲殻を人の血で染めていく行為を止めたいだけなのに。アレンは決して止まらなかった。
「―――早くしろ!!こっちまで気がおかしくなる!!―――」
そういわれて初めて、彼の瞳が今までに無いほど、研ぎ澄まされた剣のように、長くなっていることに気づいた。猫のような、爬虫類のような、あれは人目ではなく、獣の目だ。それに、聞こえてくる声が震えている。なにかに堪えているような・・・。
私そこでようやく、自分の髪が半分ほど桃色になっていることに気づいた。龍族の性質で、本能的に男を誘う香りが、今、彼の意識を奪いつつあるのだろう。
自然と涙が出ていた。泣きながら私は、彼の尾に噛みつき、貪るように彼の魔力を吸い上げた。
ずっと満たされずにいた何かが体に流れ込んでくる感覚と共に、多くの感情が入り混じった複雑な思いが、涙となって溢れ出てきた。
臣民を殺めてしまったこと、その責をアレンに負わせてしまったこと、今にも死にそうになったこと、命を、彼に救われたこと、さまざまだ。ぐちゃぐちゃになった想いは、冷静さを乱そうとしてきたけど、辺り一帯に漂い始めた血の匂いに当てられて、どうにか気を保つことが出来た。
彼の背中によじ登り、それと同時に彼は地面を強く蹴り上げ、とんでもない速度で飛翔した。蝶化した人々が壁となって、立ちふさがったけれど、そんなものお構いなしで、アレンはとの壁を突き破った。
お互いに、両手両足を血で染めながら、その血を空にまき散らしながら、私たちはどうにか逃げ切ることが出来た。いや、蝶化した人々には追われ続けているのだけど、龍の飛翔速度にはついてこれていない。
死の恐怖から解放されたからか、噛みつかれた痛みが今頃になって私を襲い始めた。
「―――・・・大丈夫か?―――」
先ほどとは打って変わっての、優し気な彼の声が、私の心に酷く響いてくる。正直言って、出血量からしても、かなり危険な感じがするけれど、今すぐどうこうなることはないだろう。
「・・・・・・・・・ありが、とう。・・・。」
ようやく絞り出した言葉は、自分でも驚くほど弱弱しく、今にも消え入りそうだった。彼の背中の鱗を掴む力もなく、気を抜けば、そのまま空に飛んで行ってしまいそうだった。
「ごめん・・・なさい・・・。」
「―――謝るな。あんたが無事でよかった。―――」
彼の声はいたって冷静だった。400年もの月日を生きてきた彼だから、この程度のことでは動じたりはしないのだろう。私も、相手が魔物や、罪人であれば、生き物を殺めることに抵抗はない。それが必要なのであれば、その勤めを果たすだろう。だけど、アレンが殺してしまったのは、罪のないピスケスの住人だ。
魔獣によって姿を変えられ、意識を奪われて。そんな人たちを、自分たちの身を守るという名目で殺してしまった。人を殺めるには十分な理由であっても、私を助けるために、彼にその責を背負わせてしまったのだ。
私にとってそれは、悔しいし、悲しいし、出来ることなら、私がそれを背負ってやらなきゃいけないのに。こんなことになるなんて。
彼にかける言葉が見つからなかった。ありがとうと、ごめんなさいといっても足りない。いや、それ以上の思いがあるのに、うまく言葉にできない。
「―――とにかく、魔獣をどうにかする。行けるか?―――」
まるで、どうってことないような態度で、なおもアレンは目標に立ちして貪欲だった。
そうだ。まだ何も終わっちゃいないのだ。ピスケスの住人全てを助けるのがだめならば、あの巨大な魔獣そのものをどうにかするしかない。
もう後には引けない。例えどれだけ死人をだそうとも・・・。
「行くわ。アレン、力を貸して。」




