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ロードオブハイネス  作者: 宮野 徹
第四章 反逆する貴族と世界の脅威
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覚悟

空中鬼ごっこが始まってはや1時間早立っただろう。ただ魔法で飛び回っているだけなのだが、その魔法は、必要とする魔力も、魔法を制御する精神力も規格外の禁術だ。無限の推進力と言えば、便利な力だが、重力による落下は防げても、右へ左へ上へ下へと、体が振られる際に行き場を失った力が体全体に負荷となって襲い掛かってくる。急な降下や旋回を繰り返すほど、体力が持っていかれるのだ。翼が形成されてからは、飛行性に不自由が無くなって、負担が軽減されてはいるのだけど、長時間飛んでいると、目が回るような感覚になる。1時間もあれば、状況が好転していると踏んでいたけれど、思っていた以上に、難航しているようだった。


フロストたちは、今も懸命に住民の解呪作業を行っているのだろうが、万を超える人々を正気に戻すのには、1日中かかっても無理なのかもしれない。


蝶化した人々を、解呪、あるいは元の人に戻す工程はこうだ。一、フロスト自身が、魔法で土の巨人を生み出し、魔導師団、騎士団を守護する。。二、土の巨人が鱗粉に対する魔法を展開する。それによって、巨人の周囲は鱗粉から守られる。三、巨人が展開した領域内で、蝶化した人々を連れ込み、魔導士が解呪を行う。抵抗してくるようであれば、騎士団が力ずくで黙らせる。そうして初めて一人を救える。解呪を行える魔導士団の数は4000。だけど、正門内へ入れたのはその半数にも満たないだろう。


騎士団も、退路を確保しながら、城壁をまたいで展開しているため、何もかも思っていたように動けていないのだ。


強力な力を持つ魔導師団でも、騎士団にはない弱点がある。戦闘継続時間の短さだ。魔導師団は当然魔法を用いてその役目を全うするため、当然魔力量による制限を受けてしまう。今回のことで言えば、フロストが巨人を生み出していられる時間がそれにあたるだろう。一度に数百体の巨人を長時間顕現させ続けるのは、たとえテレジアの家長であっても苦しいだろう。


このまま状況が停滞すれば、私も、向こうも、作戦そのものが瓦解する。住民を救えないのであれば、撤退するなり、目標を魔獣へ変えるなりしなければいけないのだが・・・。


「はぁ、はぁ、はぁ、こんな多くの蝶を連れて戦えるわけない。どこかで巻かないと。」


後ろを振り返り、飛んでくるピスケスの住人の数は、100や1000では聞かないだろう。後ろだけではない。前から、左右から、挟み撃ちにするようにして飛んできている。その合間を縫っていくようにして、ようやく逃げ回っているのだ。ピスケスの住民すべてが魔獣の手にかけられているのならば、その数は軽く10万を超える。下手を打ってしまったかもしれない。落としどころが見えなくなってしまったのだ。


それに、先ほどから禁術の影響とは違った、別の息苦しさが私を苦しめていた。


「まさか、発作!?なんで、こんな・・・時にっ!」


翼を完全に形成してからは、ほとんど起きなかったのに。白翼の悪神(ライア・カハネ)で翼を酷使しているせいだろうか。確かに羽ばたくたびに羽が散ったりはするけど。


それに、フロストに施された鱗粉を吸い込まないようにする魔法もだんだんと効力が薄まって、白い息が消えかかっている。


「―――高度を上げろ!こっちにこい。―――」


アレンの声が聞こえてきた。近くというわけではないが、かなり低空まで降りてきた彼の影が上の方で見えた。しかし、すぐにピスケスの住人たちに隠れて見えなくなってしまい、回避を余儀なくされた。疲労や発作のせいで、飛翔速度が落ちたせいか段々と追い詰められてしまっている。アレンの元へと戻りたいけど、体が思うように動かせず、徐々に高度が下がっていってしまった。せめて高高度からの落下だけは防ごうと、自発的に街の中へと降り立ったのだが、瞬く間に蝶化した人々に囲まれてしまい、私は刺剣を抜いた。


「はぁ、はぁ、下がりなさい!」


強がって叫んでも、彼らに言葉は通じなかった。まるでゾンビ映画の亡者のようなうめき声を発しながら、ゆらゆらと歩き近づいてくる。


私の頭の中では大きな葛藤が生まれていた。現状で彼らをどうするかだ。目の前の一人を解呪するのはそう難しくない。けど、そんなことをしているうちに、他の人たちに囲まれて何をされるかわからに。逃げようにも、体が重くてもう、飛べそうにない。なら殺すのか?それも、・・・決して容易に選択できることではなかった。


唇を強くかんで、刻一刻と迫ってくる彼らを見つめながら、最後の瞬間までその思いを振り切ろうとした。けれど、何もかもれ遅れだった。


間近まで来た彼らの目を見て、それは人間のものではないと思った。光の無い目に、恐怖を覚え、私はその恐怖に従って、剣を振るってしまった。


足元を切りつけ、せめて近寄れないようにと、そう思って剣を振ったのに、彼らは這ってでも私に近づこうとしてきた。背後からも、いつの間にか相当数の人々が来ていて、もはや逃げ場はなかった。最初は、剣を持つ腕を掴まれ、体を押し倒されて、のしかかられた。必死に抵抗して、降りかかる体重を押しのけようとしたけど、周囲に集まってきた人々は、私の両腕両足に噛みついてきた。


「うっ!うあああああぁぁぁぁぁ!!!!」


まるで死肉を貪るように彼らは私の体に食らいつき、何かを吸っていた。血か?あるいは魔力か?なんにせよ、体から何かが抜け出ていく感覚と共に、本能的に死が近づいてきていることが分かった。上にのしかかってきた者は、私の項に食いつき、その人間離れした力で頭を地面に押し付けてきた。


噛みつかれたといっても、所詮は人間の顎だ。血が出ることはあっても、食いちぎられるほどのことじゃない。四肢が途切れた感覚もないから、体の原型は留めているだろう。しかし、彼らは私の翼にも噛みついてきて、全身に無数の歯形を感じて、それを想像しただけで意識が飛びそうになった。


手には、刺剣を持つ感覚はあるけど、振りあげることが出来ない。噛みつかれて地面に磔になっている気分だった。


目の前が暗くなっていく。このまま、私は死ぬのだろうか。・・・・・・


当然、からだにのしかかっている重りが解き放たれた。目を開けると、本当に暗くなっていた。その正体は、アレンが私を庇うように降りてきたのだ。彼は、その強靭な爪や牙を以て、ピスケスの人々を屠っていった。




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