敵を知りたい
ライラがハートからいろいろとお話ししている間、私は領城の書庫で、精神侵食魔法についての調べをしていた。
先に領城へ戻っていたエルザが、ある程度資料をまとめてくれていたため、調査は迅速に進んでいた。
どうやらエルザの故郷は、クルルアーンのすぐ近くの街の出身らしく、クルルアーンの事件についても親族が実体験をエルザに話していたそうだ。
「当時祖父たちは、クルルアーンの人々の異様な姿を目にして、亡者の行軍と言っていたそうです。」
「亡者の行軍、ね。当事者からしたら、それくらい異様な光景だったのでしょう。」
「はい。あと一歩のところで、私の故郷も、幸福都市の思想に染められそうになったそうですから、何か違えば、私も赤い目を持って生まれてきたのかもしれません。」
こういう話をすると、赤い目を持って生まれてくることが、まるで悪いように感じるかもしれないが、実際はそれほどのことではない。
現在のクルルアーンは、帝国最大のスラム街と呼ばれてはいるが、そこに住む臣民たちは、苦労をしながらも、それなりに平凡な日々を送っていると聞く。なにせ、統治する貴族がいないのだ。税を払うこともなければ、戦争に巻き込まれることもない。住人達が簡単な自治を作り、自分たちで田畑を耕しながら暮らしている。私から言わせれば、実に人間らしい生き方をしていると思う。
スラム街と呼ばれるから、風邪や病気に罹ったときなどは、隣町まで行かなければならないし、治療費をどうにか工面しなければいけないけど、クルルアーンは、グランドレイブ山脈の恩恵を受け、空気の澄んだ豊かな土地だ。川の水もきれいだし、人の手が加わっていない大自然の中にある。
幸福都市が滅んでから100年は経過している。そこは罪人たちの戒めの街であるが、自然と共存を選んだ、正真正銘の自由な地となったのだ。
「刺客の少女は、金銭報酬を得るために、ロウお嬢様を暗殺したと言っていたのですね?」
「ええ。自分が戦士になったのは、自分より幼い子供たちを、そうさせないためとも言っていたわ。私たちが想像していたクルルアーンの実態と、少し食い違いがあるように思えるの。」
「そうですね。私の故郷には、時折物々交換を目的としたクルルアーンからのキャラバンが来ていました。主に食物や薬草などを、道具や加工品と交換するためです。」
「それを、貴方の故郷では許していたのね?」
「そうですね。幼いころは金銭を扱わない取引を不思議に思っていましたが、クルルアーン産の資源は、それくらい質の良いものだったのでしょう。」
霊峰の恵みを存分に吸って生まれた野菜や穀物、薬になる野草。本気でそれを帝国で売りに出せば、一都市を再建するくらいの資金が集まるだろうに。クルルアーンの住人は、そういうことをあまり望まないのだそうだ。自分たちの罪を知っているからか、自由という罰を謳歌しているのかはわからないが。
「だけど今回、そのクルルアーンに接触し、そこに住む住人をたぶらかす存在が現れた。」
ハートは貴族みたいな人、と言っていた。十中八九、貴族か帝国王族の人間だ。帝政が敷かれていないクルルアーンに目を付け、そこで子供に細工を施して、魔導士に仕立て上げた。あるいは、単に弱みを握って無理やり従わせたのかもしれない。自由であろうと、スラムの人間。誰がいなくなろうと、大事になることはないし、実際スラム街から悪党が生まれることはよくある話だ。
「クルルアーンの住人は、良くも悪くも無垢な存在。甘い蜜を与えれば、いくらでも手懐けられるでしょうね。」
「クルルアーンの市政では、身元の確認も難しいでしょう。」
「そうね。本当ことを確かめるなら、実際に目で確かめるしかないか。」
行くべき場所が見えてきたのはいいけど、問題が一つ増えたとしか思えない。今はオーネット領がどうなったかも心配なのに。まぁ、その前にいろいろと言っておかなければならないことがある。
「エルザ。」
「はい。」
「私はこれから、単独で、現在帝国に蔓延っている問題を可決すべく動きます。事が事なだけに、おとなしくしているわけにはいきません。その上で、貴方の使命について、伺いたいことがあります。」
「お嬢様の監視について、ですか?」
「ええ。ロイオ様からの、指令として、貴方はその任に忠実で、私の無理にもたくさん答えてもらいました。ですか、この先は無理という言葉では済ませられないほど、大々的に動く予定です。あなたの立場を無下にしてしまうかもしれません。なので、今ここで決めてください。一時的に私の従士となるか、エクシアへ戻るか。」
この状況では、エルザの役割は、私にとっては足かせにしかならない。私の元で一時出来に協力してくれるなら結構だ。今は一人でも味方が欲しいところだから。
「・・・私は、ロウお嬢様の仰せの通り。」
「それは、・・・私が決めていいってこと?」
「はい。私はエクシア家の、一召使に過ぎませんが、今はお嬢様の元に付いた護衛であり、従士です。それに、帝国のために動いていらっしゃるお方を、主の命だからと言って止める権利は私にはありません。北へ行け、南へ行けというのであれば、そのように。お供いたします。」
「・・・ありがとう、エルザ。」
彼女のまっすぐな瞳は、迷いのないものだった。即決してもらえるとは思っていなかったが、とてもありがたいことだ。




