意思を縛る魔法
解放した刺客の少女は、一向にその名前を名乗ろうとしないので、私の方で勝手に、ハート、と呼ぶことにした。常に見張り役としてメイドを付かせているが、結構人気者になっている。もともと世話をするのが好きで、メイドとして働いてるのだ。年相応の少女が、何気なく甘えてくるだけで、彼女たちにはそそられるものがあるのだろう。
「お嬢様、お言葉ですが。またお命を狙われる可能性もある故、同情心で気を許すのは・・・。」
執務室で、ハイゼンはやや不安げに伝えてきた。
「わかってるわ。でも、今はあの子が頼りなの。あの子がどこまで敵を知っているかはわからないけどね。それにたぶん、もうあの子はまともに魔法を使えないわ。」
以前ジエトの前で、魔法継承の実験を行ったが、あれ以降、私は大地の記憶を発動できなかった。発動に必要な魔力が足らなくなったのだ。取り込んだ魔力は、限度があるようで、それを物質化するなり、形を変えて、体になじませなければ、完全なる習得には至らないのかもしれない。
私の体も、今では翼は自由に動かせるし、腕も固くなった鱗上の皮膚として完全なものになっている。
「彼女の尋問。ご苦労さまでした。引き続き、領城の管理をお願いします。」
「はっ。」
執務室をハイゼンに任せて、私は、別邸へと戻った。ハートを軟禁するために与えた部屋は、今は北部戦線へ出張中のメイドが使っている部屋だ。彼女はその寝台に腰かけて、窓の外をぼーっと眺めていた。そばにはライラが付いて、何やら話をしているようだったが。
「あぁ、お嬢様。」
「ライラ、ご苦労様。ハートの様子は?」
「故郷の、お友達の話を、していたんですよね?」
「・・・うん。」
お友達というと、彼女が守りたかったという子供たちだろうか。彼らを庇って自らが戦士とやらなり、雇い主に言われるがままに私を殺そうとした。脅迫されていたと言えばそうだが、なおさら雇い主を庇う理由がわからない。それとも、・・・言えないようになっている?
「・・・ねぇ、ハート。」
「・・・ん?」
「ちょっと目を見せて。」
「?」
彼女の赤い瞳を覗き込むと、瞳孔が小刻みに震えている。まるで黒い虫が、瞳の中で蠢いているかのように。
「・・・彼の者に憑りつく、邪悪なる魂魄を払いたまえ。霊子解放。」
霊子解放の魔法をハートにかけると、シルビアの時と同じように、耳から黒い靄が出てきた。
「はっ!?」
「ライラ、近づかないで。」
靄はふよふよと少しだけ浮かび上がった後、やがて光に焦げるようにじりじりと霧散していった。
「うぅ。・・・何、今の?」
「精神侵食魔法。わかりやすくいえば、憑きものね。ハート。あなたの雇い主に関して、何か話せる?」
「えっと、故郷にきた、貴族みたいな人。」
思っていたより簡単に聞き出せた。やっぱり魔法で何か言えないようにされていたのだろう。もっとも、意思を縛る程の精神侵食魔法をかける相手がいること自体、驚きではあったけど。
「答えてくれるのね。」
「んー。なんか。変な気分。」
「ライラ、少し話を聞いてあげて。」
「かしこまりました。」
クルルアーンは、かつて帝国に存在したアーステイル家の分家だ。現在その血は絶え、既に滅亡している。1世紀前に、時の国王ジエト一世が、危険分子として、一族もろとも抹消したのだ。その起因となったのは、とある魔法だったという。それが、精神侵食魔法だ。
精神侵食魔法は、一説によると、自身の魔力を触媒を通して他者の体に憑りつかせ、正常な意識を奪っているそうだ。魔法というものを論理的に説明するのは難しいため、いくつもの説が存在したりするけど、この魔法に関しては、それが一番有力とされている。
この魔法は、かつては別の呼ばれ方をしていた。憑依魔法と。その名の通り、他者に対して意識を憑依させ、憑依された側の記憶や感覚を読み取ることが出来たそうだ。その魔法特性を有していたアーステイルの分家クルルアーンは、当時、自らが治める都市にて、大きな改革を行おうとしたのだ。
現在クルルアーンと呼ばれている地域には、幸福都市というなんとも気障な名前をした都市が当たった。クルルアーン家が統治する都市で、グランドレイブに点在する都市の中で最大で、最も多い人口を有する都市だったそうだ。
そんな大都市で、クルルアーンは大層な支持を得て、帝国内でも屈指の権力者となっていた。治める都市のからの税が安定すれば、それだけでも為政者としては立派なものだ。そこへ特殊な魔法特性を持っていれば、一族の存続は安泰に思われていた。
しかし、とある政策を後に、クルルアーン家は失墜し、最終的には帝国反逆の罪で処断されてしまったのだ。その政策というのが、身分制度の改革だった。
当時のクルルアーン家の家長は、幸福都市という名のもとに、万民が平等に暮らせる街を目指した。貴族も平民も、みな平等に扱われる世界。誰にへりくだることもなく、誰に支配されることもない、自由な世界を。
具体的に言えば、都市に住む市井の者たちを、貴族と同等の身分とみなしたのだ。身分差、というものが無くなり、誰でも貴族のような優雅な暮らしや、政に参加する権利が与えられ、幸福都市は、何もかもが自由になっていった。実際に都市に住む人々の幸福度はさぞ大きかったのだろう。しかし、それでも貴族や帝国王族と、臣民たちとの間にある絶対的な違いによって、幸福は崩れ始めてしまった。
生物はみな魔力を持って生まれてくる。それは市井の出であろうとも同じことだ。しかし、平民は決して魔法を行使することはできない。魔法を発動できるほどの魔力を持って生まれてこないからだ。魔力量に関しては平民だろうと中には多くある者もいるだろう。それでも、貴族や帝国王族の比ではない。どれだけ自由平等を謳おうと、生来の不平等が、クルルアーンの政策に矛盾を生んでしまった。クルルアーンには魔法があり、そしてその傘下の貴族たちも魔法がある。それがある限り、結局臣民たちは、何かあったときは、貴族に頼むしかない。魔法の力を以て解決しなければならない事態を、臣民だけでは解決できないため、貴族と臣民との上下関係は、変わらなかったのだ。
そもそも、身分の平等を掲げて、その枠押し込められた傘下の貴族たちは、憤りを感じていた。貴族とは、臣民を導くため、幸福にするために働いている。その臣民が自分たちと同じ立場になって、何の責任も背負わないのは、不平等だと結論付けたのだ。
幸福都市に生まれた矛盾は、貴族、臣民、両者の不満を膨れ上がらせ、しかし、クルルアーンはそれすらも、平等という言葉で解決しようとしたのだ。
魔法による意思の統一。全てが平等なれば、みな自由で幸福な世を送れる。それを成すために、憑依の魔法で、全ての貴族、全ての臣民に憑りつき、その意識に自由平等という矛盾の意識を植え付けたのだ。
クルルアーンが行ったのは、客観的に見れば独裁に過ぎない。はじめから憑依の魔法を使って、そのようなことをすれば、誰かが止めに入り、悲劇は免れたかもしれない。しかし、クルルアーンを支持する声は少なからず存在した。自由平等という理想に共感し、ともにその道を歩もうとした人々は、決して少なくなかったはずだ。だからこそ、少しずつ、彼らの思想の中に、理想を見据えながらも、矛盾を正そうとした結果、全ての人間の意識を、統一させてしまったのだろう。
それが幸福都市内のことであれば、一時圧政と呼べるかもしれないが、意思統一された人々は、その意思の偉大さを広めようと、勢力を拡大しはじめた。周辺の街へも同じように自由平等を謳いながら、賛同者を増やそうとした。もちろん強引なやり方で。
いつしか魔法による意思統一は、一種の呪いのように幸福都市の人間たちに憑りつき、その時はもう、クルルアーン家の者でさえも、いったい何のために魔法を行使しているのかわからなくなっていたという。
事態の大きさを察したジエト一世は、帝国の総力を挙げて、幸福都市の解呪及び、クルルアーン家を帝国王族から抹消する戦争を起こしたのだ。クルルアーン家さえ、どうにかすれば、憑依の魔法は解ける。しかし、意思統一された臣民は、たとえ騎士団が相手であろうとも抵抗し、どれだけ犠牲者を出しても、決して降伏することはなかった。自分たちの自由平等こそが正義であると、誰も疑わない。自分の子供が殺されようと、家を壊されようと、それを提唱したクルルアーンを守るために彼らは立ちふさがったのだ。
戦争と解呪は、すぐに終わったそうだ。武装していない臣民たちをかき分けて大本を叩くのは難しくない。クルルアーンの血を引く者を全て抹殺し、事件は解決された。臣民たちは正気を取り戻したが、なぜこのような事態になってしまったのか、理解している者は誰一人いなかったという。
その後帝国は、幸福都市の名をクルルアーンと改名させて、都市の運営を誰にも任せなかった。自由平等を謳っていた都市に対して、自由という罰を与えたのだ。結果、無法地帯となったクルルアーンは、巨大なスラム街と化し、今でもかなりの数の臣民が暮らしているという。
そこに住む者たちは、みな赤い目をして生まれてくる。憑依の魔法の後遺症だと言われている。表向きは、裏ではそれは、クルルアーンが臣民に残した呪いと呼ばれ、その呪いを後に、精神侵食魔法となずけたのだ。




