敵を知る
アレンの飛翔速度は、翼竜よりも快速だった。夜のうちに王城を飛び出したけど、朝日が昇る頃には、テムザの街上空へ辿り着いていた。
「―――このまま降り立っていいのか?」
「ええ。テムザの人たちは、翼竜が城に降り立つのを見慣れているから、気にする必要はないわ。」
仮に怪しまれたとしても、市民は領城へは来れないし、来たとしても門前払いするのが慣習だ。
アダマンテの領城の翼竜を管理している厩舎へ降り立つと、管理をしている城の従士が、驚いたような顔をしていたけど、私の姿を見つけると、彼はアレンに臆することなく傍へ近づいてきた。
「おかえりなさいませ。ロウお嬢様。」
「ご苦労様です。ハイゼンはどちらに?」
「従士長でしたら、今日も執務室で、総務に取り掛かっております。
彼に礼をいって、アレンもすぐに人の姿に成って付いてきた。翼竜だと思っていたのが、人の姿に成るのを見て、管理人は驚いていた。彼の事情も後で伝えておいてやらねば。これからは、幾度もアレンに世話になるだろうから。
アレンには別邸の方で休んでもらうことにして、私は城の執務室へと急いだ。ノックもせずに入ると、以前と変わらない様子のハイゼンが卓に付いていた。
「お嬢様。おかえりなさいませ。」
「ただいま。ハイゼン。城は変わりありませんか?」
「ええ。みな息災で、懸命に務めを果たしてくれており、わたくしもどうにか留守を預かれております。」
「それはよかったわ。早速で悪いんだけど、例の刺客について、情報を聞きたいの。」
私がその話を切り出すと、ハイゼンの表情がきりっと険しくなった。
「お嬢様、それに関してですが、・・・」
「何かわかったの?」
「・・・とにかく、実際に見ていただいた方がよろしいかと。」
すぐに確認するため、ハイゼンと共に、領城の独房へやってきた。監視役の騎士見習いがきれいな敬礼をする脇通り、件の刺客は鎖に繋がれていた。体にあざなどの痕跡はないが、おそらくハイゼンが得意とする、香による意識操作を行ったのだろう。独特な香りが独房に充満していた。
ある特定の匂いを嗅がせることで、人の意識を強引に引き出すというものだ。人体への悪影響を及ぼす、いわば薬物を使用しているため、危険な方法だ。彼女の様子は、いかにも尋問をされた後の様子で、酷く泣いた跡が頬に残っている。手段を選ぶなと言ったのは私だから、今さら同情などはしない。
襲われたときはあまりわからなかったけど、かなり若い。私と大して変わらないのではないだろうか。体つきも人を殺す暗殺者の者ではなく、どこにでもいそうな平凡な筋肉をしている。鍛えあがられたような跡はなく、おそらく捨て石なのだろう。
ハイゼンは一人、独房の中へ入り、片腕をあげて、そのわき腹にある傷跡を見せた。
「それは?」
「はっ、わたくしは貴族の出身ではないので、魔法に関しては知識でしか知りえていないのですが、これは、医療魔術を施した後だそうです。」
「医療魔法・・・。」
「はい。本人にも問いただしたところ、心臓の移植を行われたようです。」
医療魔法とは、治癒魔法とは違う。治癒魔法は基本的に外的損傷を直す魔法だ。切り傷や欠損した部位が残っていれば、くっつけるなど、そういった外傷には効果がてきめんだ。しかし、多量の内出血や、内臓の損傷などには効果が薄い。治癒魔法の欠点として、損傷部位を直接触れていなければ何らいという制約があるからだ。故に、体の内部で起きた外傷には、治癒魔法で対処できないのだ。
それに、そもそも内臓が悪くなったり、病気にかかったりすると、治癒魔法では全く意味がなくなる。そのため、前世でも存在した医療を主な目的とした魔法が開発されたのだ。
「それが、どうかしたの?」
魔法自体、使える者は限られているというのに、医療魔法になると、習得している人物は帝国にも数少ない。彼女はその使い手ということだろうか?
「は、この娘、貴族の出身ではないそうです。この娘が言うには、心臓を移植され、それから魔法を使いこなせるようになったと言っていました。」
心臓の移植によって、魔法を発現した?
「・・・その子は、平民の出なのね?」
「はい。出身は、霊峰のはずれにある、クルルアーンだそうで。」
霊峰の外れ、クルルアーン。グランドレイブ山脈の南側の麓にある、辺境の街、いや地域と呼ぶべきだろう。そこにあるのは、帝国で最も貧しいとされている巨大なスラム街。1世紀ほど昔、クルルアーンというアーステイル家の分家があり、その一族が治めていた地域だ。帝国1300年の歴史の中でも最大の悪歴と言われるクルルアーン家の台頭は、帝国の人間であれば、知らぬ者はいない。
「・・・その子に忠誠心はあるの?」
「そこまでは。ただ、雇い主に関しては一向に口を開こうとしないので。」
何がそこまで刺客の心を惹きつける?こんな目に合ってまで、上の人間を庇う理由はいったい何だろうか。私は彼女と直接話をしていないから、どういう子なのかすらわからないけど。仮に私が、彼女に餌を与えれれば、この子の忠誠はこちらに向くのだろうか?
「話はできるの?」
「・・・起きなさい。話せるか?」
ハイゼンが頬を軽くたたくと、少女は呻き声をあげてから、その目を開いた。その目の色を見ただけで、ついため息を漏らしたくなった。赤い瞳。クルルアーンの被害者である証拠だ。
「誰?」
「あなたが殺そうとした人よ。あの時はどうも。安心して、今さらあなたを咎めることはしない。」
「・・・ごめんなさい。」
「え?」
「・・・あなたを殺さないと、生きて、いけなかった。」
「・・・はぁ。いいわ。あなたに聞きたいことがあるの。」
「・・・答えないと、ダメ?」
「なら、逆に答えられない理由を聞いてもいいかしら?」
雇い主に脅されているのか、それとも本当に忠誠心があるのか。この子はまだ子供だ。付け入られる隙はいくらでもあるだろう。
「・・・あなたを殺せば、お金が手に入った。殺さなければ、みんなが、貴方を殺しに行くから。」
「みんな?」
「村の、みんな。私よりも、小さい子供たち。心臓を移植されて、戦士にされる。」
「心臓を移植されて、戦士にされる?」
「魔法の力、移植されると、それが・・・ゴホッゴホッ。」
「・・・。」
それっきり、彼女はせき込んでまともに話が出来る状態ではなくなった。
「病気?」
「いえ、・・・おそらくですが・・・。」
心臓の移植による副作用。この世界の人間に、血液型というものがあるのかはわからないけど、人間にも種類があるだろう。それを気にせず、とにかく目的のために心臓を移植されれば、体に支障が起きてもおかしくない。支障だけでなく、寿命を縮めている可能性だってある。もっとも彼女は、そんなこと考えもしなかっただろうが。
心臓を移植した目的だが、以前ジエトの元で実験したことと同じだろう。敵は、臓器移植によって魔法特性の継承をやってのけたのだ。
「・・・・・・・・・・ハイゼン。医術士の手配を。」
「!?よろしいのですか?」
「ええ。私の別邸のほうで軟禁してください。」
このまま独房で繋げておけば、近いうちに彼女は息を引き取るだろう。そうなっても、私は一向にかまわない。自領の民でもないし、自分を殺そうとした者だ。だから、これは同情ではない。この子から可能な限り情報を搾り取るための、延命させるのだ。
「・・・かしこまりました。お嬢様の仰せの通りに。」
ライラにも頼んで、彼女の面倒はメイドたちに任せることにした。衰弱した彼女を見たライラは、まるで我が子のように、彼女のお召し変えをしたり、食事を取ったりさせていた。
「らしくないな。同情なんて。」
「ううん。違うわ。あの子に死なれちゃ困るから。」
別邸で休んでいたアレンに、釘を刺されてしまった。
「あんたの性格なら、問答無用で切り捨てていただろうに。」
「・・・そうね。」
彼の言うことは間違いない。例えどんな理由があったとしても、彼女は罪人だ。その矛先が私だろうと、父だろうと、臣民だろうと、殺人を犯そうとしたのだ。本来なら彼女は罰せられなければいけない。けれど、それを差し置いても、今は事件の解決へ向かわな変えればいけないのだ。
読んでくださり、ありがとうございます。
良ければいいね、ブックマークをよろしくお願いします。




