危機一髪からの反撃開始
王城の地下牢まで思いっきり駆け抜けるのは、貴族としてあらぬ行動だったかもしれないが、今さら周囲の視線など気にすることもないし、そんなものよりも、シルビアの命のほうが大事だ。個人的には癪だけど・・・。
暗い地下牢に入ると、魔法抵抗を施している触媒の青白い蝋燭の光が灯っていた。領域魔法自体は機能している。殺しをするとしたら、直接手を下すしかないはず。
「シルビア!!」
彼女独房へ飛び込むと、薄明りの中で、目を閉じている彼女の姿があった。すぐそばにかけてある牢の鍵を手に取り、扉を開けた。彼女の側により、脈を測った。その指から命の胎動を感じられると、自分でも驚くくらいの大きなため息が出た。緊張で息をするのも忘れていたみたいだ。どうやら、またはったりだったようだが、・・・。
「シルビア?シルビア。」
呼びかけると、彼女は少しだけ寝言を口にして、目を覚ますことはなかったが、どうやら何事もないようだ。はったり、で間違いないとは思うけど、・・・やけに静かなことに気が付いた。いつもいる専属の守衛の姿がない。あんなドタバタで入ってくれば、物音に気付くと思うのだが。
「どうされました?」
そう思っているやさき、独房に守衛の一人が入ってきた。ちょうど交代の時間だった?いや、だとしても誰もいない時間を作るような交代などしないだろう。・・・それに、入ってきた守衛の容姿。見たことがない。
「・・・あなた、どこの所属?」
「え?所属ですか?ここの守衛ですよ。ちょうど交代の時間だったのですが、私が来るのが遅れてしまって。」
「答えなさい。どこの所属かを聞いているのです。」
「あぁ、だから、この独房の守衛を・・・。」
見苦しい言い訳だ。守衛だろうが騎士団だろうが、所属を聞かれれば、どこの部隊の者なのかを言えるはずだ。隊長は誰で、主が誰なのかを言わないのは、それだけで黒だ。
青の指輪に魔力を込めながら、シルビアを庇うように立ちふさがった。
「下がりなさい。」
「お、お嬢様、いったい何を?」
「下がれと言っているの!独房から出なさい。早く!」
「・・・。」
魔法抵抗が施されたこの部屋では、ほとんどの魔法の効力が弱まってしまうが、こっちはそれ以外の武装はしていない。まさか、王城で敵に狙われることになるなんて・・・。
「ふーん。何がいけなかったのでしょう。まぁいいです。邪魔するものは全員殺していいことになっている。お嬢様も一緒にあの世へ送ってあげます。」
本性を現した守衛は、暗がりの中でもわかるくらい恍惚に笑みを浮かべ、おもむろに懐から短剣を取り出した。それを見て私は、無詠唱で氷の剣を生み出して、それを手にした。思っていた以上に短く、手に取った瞬間、柄が溶けてしまうほど、強度の弱いものになってしまっているけど、詠唱する暇も、ない今はこれが限度だ。
抵抗に意を見せた途端、守衛は狭い牢内で器用に短剣を振り回してきた。器用に振り回す癖に、その剣技はいかにも素人で、おそらく剣術を習ってはいないものだ。踏み込みも浅ければ、振りも適当で防ぐこと自体は難しくはない。けど、こちらの得物は、受け止める度に破片が飛び散り、大振り一撃を受け止めた瞬間、粉々に砕けてしまった。
「へっへっへ。終わりだぁ!」
無防備なところへ守衛は短剣まっすぐ伸ばして突き刺してきた。もはややむなしとして、私は素手でその刃を止めることしかできなかった。
「おーおー頑張るねぇ。痛えぇだろ?お?」
「ぐっ、この程度の痛み、どうってこと、ないわ。」
「強がっちゃって。素手で何ができるってんだ?」
実際、握ったてから血があふれてくるものの、龍化した左手からはあまり痛みがない。固くなった皮膚のおかげか。だとしても、右手は普通の手だから、血も痛みをこみあげてくる。だけど、守衛の力は思っていたほどもなく、そのまま膠着状態が続いてしまった。
刺客はどうにか短剣を引っ張りたい様子だったけど、血濡れた右手で私も短剣の柄を掴んで、押し引きを封じ込めた。あとはどちらかの腕が動かなくなるまでの我慢比べだ。けれど、生憎こちらは、それを待たずして、この状況をどうにかする方法がある。
「シルビア!起きてください。シルビア!」
「チッ・・・。このクソ女!手を放しやがれ!」
「離すわけないでしょ!」
刺客としても、人としてもこの男は優れていないようだ。こんな状況で、そんな大声を出せば、こっちの思うつぼだというのに。
「シルビア!起きなさい!・・・この、性格悪悪女!」
左手から血が溢れてくる感触が、酷く気持ち悪かった。腕も、小刻みに痙攣するくらい、お互いに力を込めているのだ。あと数十秒も経てば、状況はひっくり返されてしまうだろう。
「誰が、性格悪悪ですって?」
その時、ようやく彼女が目を覚ましたのか、目が覚めていたのに、知らぬふりをしていたのか。どちらにせよ、遅すぎるのよ。もっと早くに動いてほしいものだ。
シルビアの手枷を外しておいて正解だったようだ。ゆらりと立ち上がったシルビアは、刺客へ向かってグーの鋭いパンチを繰り出して、一瞬で昏倒させてしまった。守衛の手から離れた短剣を床に転がして、痛みでしびれた手の感触を戻すように、ぐっぱをした。血こそ出ているものの、傷はそれほど深くはないし、治癒魔法がかけてもらえれば、どうにかなるだろう。
しかし、ほっとしたのもつかの間、なぜかシルビアの平手が私の頬めがけて飛んできた。
「ちょっ!?何するのよ?」
寸でのところでそれを躱すと、彼女は少し悔しそうな顔をして爪を噛んでいた。
「あら、よく躱したわね。ついでに一発入れておこうと思ったのに。」
シルビアはまだ足かせの鎖に繋がれているから、とりあえず、彼女が届かない位置までにげた。
「あなたという人は・・・。まぁ、礼は言っておきます。」
「いいわよ、そんなもの。私の大事な寝室に殿方と同伴で飛び込んでくる非常識さは疑いますが。」
言い方よ・・・。これだからこの女は、好きになれない。ともかく、今は刺客の方だ。気を失った守衛の体を調べて、他に武器らしきものがないか確かめた。どうやら得物は短剣だけだったようで、ひとまず両腕を後ろで縛って足にも縄をかけておいた。その際に気づいたが、守衛が鎧の下に来ていた肌着に、見慣れた模様があった。件の、刺客たちが持っていた紋章だ。肌着に直接模様があるのではなく、模様が施された小さな布を肌着の上から縫い合わせてあった。こうもあからさまにつけていると、まるで見せつけているようにも感じるけど。
「で?いったいどういう経緯で、貴方はここへ来たの?」
おとなしく牢の中で再び座り込んだシルビアは、自分の髪の毛をいじりながらそう聞いてきた。
「・・・話せば長くなります。」
シルビア自身が狙われたとなれば、私たちが敵としている勢力と、オーネット家は無関係であると証明することはできる。このまま彼女を牢屋の中へ閉じ込めておくのは、むしろ危険なことかもしれない。
「シルビア、私の独断で、貴方を独房から解放します。」
「どういう風の吹き回し?」
「敵がここまで動き始めたのであれば、貴方をここへ置いておくのが危険だと思うからです。」
「あら、心配してくれるなんて、本当にどうしたのかしら?」
「からかわないでください。とにかく、今はここから・・・。」
シルビアの安全の確保を、いや、王城に敵がいるのであれば、ここにいる要人たち、全員狙われる可能性があるのではないだろうか?だとしたら、彼女を牢から解放しても、危険であることには変わりない。
「・・・決め手に欠けているようね。傲慢なる令嬢さん。私をここから出すのはいいけど、その先までは見通せないでいるようね。」
「今は、お互いの身の安全を確保するのが第一です。それに、・・・。」
幻影の帯で語りかけてきた男が、全ての事件の黒幕だというのなら、彼はやると言ったことは絶対にやると、証明して見せた。だからいずれ私も、もちろんシルビアも命を狙われてしまう。狙われるということに対して、身を隠したり、どこかへ逃げるという選択肢は、問題を先送りしているに過ぎない。今私たちがやるべきは、・・・敵を迎えうつ準備を進めることだと、私は思った。
「シルビア、貴方には、ここでおとなしく、そして優雅に孤独な時間を過ごしてもらいます。」
「・・・ふっふっふ。さっきまで本当にかわいくない小娘の目をしていたのに、ようやくらしくなったわね。いいわ。乗ってあげる。一応、命を救っていただいたのだものね。仰せのままに。ロウお嬢様。」
心底気に入らないけど、彼女の力を頼らなければならない。だけど、彼女が決して帝国を裏切らない存在だと、ここで再認識することが出来た。
敵が動き始めたのであれば、こっちも反撃に出なければならない。私たちがするべきことは、あの男の思い通りにならないことだ。そのはじめの一歩として、私は、独房から刺客を引きずり出し、彼の短剣をシルビアに差し出した。彼女は無言でそれを受け取り、懐に隠した。そして、ロウの鍵を一本彼女に渡した。残りは元あった場所に戻して、最後に、領域魔法を展開しているすべての触媒である蝋燭の火を消した。その瞬間、展開されていた魔法抵抗の領域が消え去り、蝋燭は再び、本来の火を灯し始めた。
「・・・武運を。」
「ええ。あなたもね。」
最後にそう交し合って、私は独房を後にした。




