猪突猛進
作業効率を重視して、龍の姿でのアレンの声の表現を変えました。
be;――― ミヤノトオル ―――
af;「―――宮野徹。―――」
サイのような姿をした魔物、ヘラクレス。魔物にしては珍しく草食の生き物で、おとなしく人を襲うことはない。そもそも人里へ降りてくることもないし、帝国に領土内に生息しているはずもない。それに、
「大きい!何よあの大きさ。」
龍の姿に成ったアレンと同等かそれ以上の体躯をを誇る巨大な魔物だった。姿はヘラクレスそのものだけど、これでは全くの別物だ。
「―――村の住人を非難させろ。こいつは俺が抑える。―――」
竜使いを通して声が聞こえてくる。巨大化したヘラクレスの突進を、アレンはかろうじて抑えてはいるが、じりじりと押し返されている。
「何やってるの!早く攻撃して!」
「―――こんなところで火なんか吹けるか。あんたたちも巻き込んでしまう。―――」
至近距離から息吹を吐けばヘラクレス程度巡察できるだろうが、ここは村のすぐ傍だ。確かに辺り一帯が火の海になりかねない。けど、肉弾戦が得意なわけでもないだろうに。いや、そもそもヘラクレスの力が強すぎるのだ。まるで怪獣の戦争だ。
私はアレンが放り出したシルビアに駆け寄って、彼女の体を揺すった。
「シルビア、シルビア!」
大きな声で呼びかけても、いまだ目を覚ます様子はなかった。ここでは危険だから、せめて離れた場所で寝かせないと。
シルビアの肩に手を回して、村から離れた木陰に彼女をかけて、急いで村へ戻った。ヘラクレスの姿が露になってから、村でも大きな騒ぎになっていた。村の柵が一部破損し、集落が丸見えになってしまっている。
「いったい何が・・・!?」
すぐに村の村長を見つけて私は駆け寄った。
「村人の避難を早く。ここは危険です。」
ビシッと言ってやったつもりだが、彼らの動きはどうも鈍い。こういう事態に遭遇したことがない証拠だ。それでなくとも、物わかりの悪い子供や老体が多いというのに。
「急いで村の外へ!急いで!」
そうこうしているうちに、ヘラクレスがアレンの体を力ずくで押しやって、村へ向かって突っ込んできた。・・・どうして?何かがヘラクレスを呼び寄せているような、動き方だった。しかし、考えている暇はない。村が破壊されるのはともかく、こっちに向かって突っ込んでくるなら、逃げるか止めるかしなければいけない。背後を振り返れば、まだ住民たちは逃げようとしている最中だ。
「―――ロウ!逃げろ。---」
「そういうわけにもいかないでしょう!」
まだ魔力が戻りきっていないから、どこまでできるかわからないけど、このまま村人が無残に轢き殺される姿を見るのはごめんだ。ヘラクレスの正面に立ち、青の指輪に魔力を込める。
「地を這う霊獣、渦巻きて得物を捕えん。凍てつく吐息。」
冷気の波がヘラクレスの足を捕え、地面ごと凍らそうとしたが、完全に凍り付く前に砕かれてします。
「ちっ!だったら・・・。」
今度は中指の黒の指輪と人差し指の緑の指輪に魔力を注ぎ込む。
「昇り詰める常闇、茨となりて誕生せよ。ブラッディウェブ!」
地面から無数の黒い茨が飛び出し、ヘラクレスの体に巻きついていく。最初は6本を生み出したけど、それでも殺しきれない勢いを止めるために、さらに茨の数を増やしていった。ちょうど14本目の茨を生み出したくらいで、ヘラクレスは完全に動きを止め、絡み合った蔓から逃れようともがいていた。
「―――ロウ。そいつの角を折れ!―――」
「え?角?」
アレンも駆け寄ってきて、すぐに人の姿に戻った。
「頭の角じゃない。左後ろ足の膝辺りにある黒いやつだ。」
「後ろ足?」
よく見ると、そこには見覚えのある角のような棘が、膝に刺さっていた。かつてアレンの後頭部にもあった。あの薄気味悪い紫色をした棘だ。あれがついていたアレンは、確か正気を失っていたというか、何かに苦しんでいたようだった。このヘラクレスも、本来はおとなしい魔物だ。あの棘によって、暴れているのだとしたら・・・。
「螺旋の戦塵吹き荒れり、フェンフュイア!」
緑の指輪から、風の矢が放たれ、まっすぐに黒い棘を貫いた。その瞬間ヘラクレスが悲痛な叫びをあげながら、ばたりと倒れ伏した。風の矢が刺さった黒い棘は、ぼろぼろに砕け散っていた。
「・・・おさまった?」
「・・・みたいだな。」
一時はどうなることかと思ったけど、どうやら一難は去ったようだ。とはいえ、この村の被害は甚大ではない。村の畑は在れるどころか、地面が抉れたようになっていいて、柵も一部破壊され、集落も二つほど崩されてしまった。
「お二方!大丈夫ですか?」
逃げていたはずの村長が駆け足で寄ってきて、すぐ傍で倒れているヘラクレスにおびえていた。
「私たちは大丈夫です。村人にお怪我はありませんでしたか?」
「ええ。ええ。おかげさまで。まさか、貴族の方々だったとは。」
これは迂闊だった。魔法の使用で身分が割れてしまうのは仕方がない。それよりも、龍の姿に成ったアレンをも見られてしまっては、話がややこしくなってしまう。・・・そう思っていたのだが。
「お二方には感謝しております。」
「え?」
「まさか、村の付近にこんな大きな魔物がいたとは。こちらの対処は、ムンバイの駐留騎士に任せようと思いますので、お二方は先を急がれてください。どこかへ向かおうとしていたのでしょう?」
「え、ええ。そうなの。ありがとうございます、村長。」
話が分かる人、というか無駄な話をしない人なのだろう。向こうからしたら、貴族とは帝国の政と守護をする偉い人達と思っている。こちらの事情を聴いても、自分たちにはどうしようもないと思っているのだろう。
「さぁ、村のことはお気になさらず。村人たちが戻ってきては、面倒になりかねませんので。」
村長に促されて、私たちは村の外へ出ていった。それからシルビアを置いてきた場所まで戻って、ようやく一息つくことが出来た。
「意外だな。俺のことも貴族だと思っているのか。」
「まぁ、・・・市民からしたら、そんなものでしょうね。あなたは傲慢だって言ってくれたけど、私の言うこともあながち間違いじゃなかったってことね。」
皮肉な話だ。でもおかげで、心配事は杞憂に終わったわけだが。それにしても、これだけ騒ぎになっているのに、シルビアは一向に起きる気配がなかった。
「まぁ、とりあえず王領に戻るんだろう?」
「ええ。飛んだ邪魔が入ったけど。何事もなくてよかったわ。」
「・・・聞かないのか?」
「ん?何が?」
「あの黒い角についてさ。」
確かに、あれは以前アレンにもついていたものだ。そして大きさや付いていた場所は違えど、同じものがヘラクレスに付いていた。そして、アレンはそれにすぐに気づいた様子だったし、私には棘のように見えるあれを、角と呼んでいる。何かを知っているというのは確かだろうけど、今回はそれを隠す様子がないようだ。それだけ、十分だろう。今はやるべきことをやるのが先だ。
「ふふ。あとで話してくれるんでしょう?」
「・・・そうだな。ゆっくり紅茶でも飲みながら、話してやるよ。」
少しだけ照れくさそうにしているアレンの様子がおかしくて、私はつい笑いが零れてしまった。
その後、村から距離を取ってから、アレンは再び龍の姿へと変化し、私たちは急ぎ王領へ戻ることにした。




