追うもの
シルビアにも応急処置を施して、とにかく医術士のいる街へ向かうこにした。龍の姿に成ったアレンにシルビアを乗せて、私も彼女が落ちないように背に跨った。
――― モリヲヌケルマデハ チジョウヲススムゾ? ―――
「ええ。お願い。」
向かうは、ミレニアフォストの南にある、商業都市ムンバイ。明るいうちは地上を進んでいくしかない。なるべく人目を避けながら、街に近づいたら徒歩で向かうことにした。
森を抜けるのは、そう難しいことではなかった。もっとヴァンレムと遭遇すると思っていたのだが。先ほどのヴァンレムの死体もそうだが、何か嫌なものが森にいるのではないかと思わせてくる。シルビアが正気を失っていたのも、それが原因なのではないかと思うのだ。
解呪の魔法で、彼女の体から出てきた黒い靄は、明らかに魔法によるものだろう。だが、すぐに消滅してしまったせいで、その痕跡を調べることはできなかった。あとはシルビアが目を覚ました時に話を聞くしかないだろう。とにかく今は、森を抜けて医術士の元へ行かないと。シルビアの容態もそうだが、私もかなり血を流して、疲弊しているのだ。できれば柔らかな寝台で横になって休みたいものだ。
森を抜けたあたりから、アレンには人の姿に成ってもらい、シルビアを背負っていくことになった。以外にも彼は自分から彼女を背負うことを名乗り出てくれて、その協力的な態度に驚いていた。
とはいえ、私もオーネット領については地図でしか地理を把握していないため、森を出てすぐ見つけた街道が、ムンバイへ続いている道なのかわからなかった。方角的には合っていると思うのだが、いかんせん体が疲れていて、頭が回らないのだ。
「大丈夫か?」
「はぁ、はぁ、ええ。大丈夫。もう少しだから、頑張りましょう。」
そうは言うものの、自分で自分に言い聞かせているようなものだ。この中で一番しんどい思いをしているのは私だ。普通にきついし、出来るなら私も背負われたいくらいだ。
「ごめん、やっぱ無理。」
とりあえず駄々をこねて休ませてもらうことにした。その場にへたり込んで、息を整えよとしても、頭がふらふらして眩暈がする。
「おい。急すぎるぞ。」
「私、隠し事しないって言ったよね。」
「そういう意味かよ!」
そもそも、この帝国で街道を歩いていくなんて無謀すぎるのだ。街と街を行き来きするだけで、馬でも1時間はかかるのだ。そんな道のりを、歩いていくだなんて。こういう時ばかりは前世が恋しくなる。せめて自転車でもあれば、楽が出来ただろうに。・・・自転車くらいならこの世界でも再現できるんじゃないかな?
「・・・少しだけだぞ。あんたもそうだが、この姫さんだって辛いんだ。一刻も早く医者に見せないと。」
それはそうだが、シルビアは自分の足で歩いていないから、なんか納得いかない。ずっと休んでいるようなものだ。少し休めば、息も整うだろう。街道を少し外れて草原に身を投げ出して休むことにした。
天気は快晴なため、ピクニックをするには最高のロケーションだけど、生憎ピクニック気分ではいられないのが現実だ。医術士に怪我を見てもらって、すぐにでも王領へ戻って、審問会を再開させないといけないのだが。
「なぁ、ロウ。」
「んー。何?」
「・・・馬車が来る。」
「・・・・え?」
そういう手もあったかと、改めて思った。まぁ運も絡むから、確実な手段じゃないとして思い浮かばなかったのかもしれないけど。
「乗せてもらえるかしら。」
「でも相当速度出てるぞ。・・・何かから逃げてるみたいだ。」
「・・・何かって。」
こんな帝国領土のど真ん中で、何かから逃げるなんて事態は起きないと思うのだが。
「で、どうするんだ?」
「とりあえず、様子を見ましょう。追われているなら、仲裁に入ります。」
どうやら運命は、私を休ませてはくれないみたいだ。貴族として、臣民が困っているなら手を貸さないわけにはいかない。疲れているなんて言っていられない。
だが、体を起こして街道を見てみると、馬車は確かに急いで街道を南へ駆けていったが、その後方からは何も追ってきてはいなかった。
「なにもなかったな。」
「・・・そう、ね。」
単純に急いでいただけか。それにしては御者の表情が怯えているようにも見えたが。・・・ここのところ予想外の出来事ばかりで、いつになっても心配事が絶えない。国の一大事であるだけで、こんなにもいろいろなことが起こるというのか。
「はぁ、休んでいる暇はなさそうね。行きましょう。」
「体は大丈夫か?」
「ええ。何とかなるわ。」
休みたいのは山々だけど、とにかく進むしかない。私たちは、馬車が向かった方角へ、速足で歩を進めることにした。
どうやらたどり着いたのは、ムンバイではなく、その手前にある小さな名もない村だった。数十の集落があるだけで、ごく平凡な村だが、こんなところでも医術に精通したものはいるものだ。
「本当に感謝しています。」
「いやいや、こんなしがない医者で助けになれるなら、光栄だよ。」
人当たりのいい50代くらいの男が、この村の医術士を務めているらしい。止血はしていたから、それほど苦労することもなく処置を終え、村の村長が貸してくれた宿の寝台でゆっくり休むことが出来た。
シルビアは相変わらず目を覚ます様子がなかった。精神侵食魔法を受けた後は、なかなか意識が戻らないことが多い。現状、怪我の処置も終わったから、急ぐことはないだろうが、何かあったときのために、早めに王領へ戻るのがいいだろう。一応彼女は、容疑者であることには変わりないのだから。
「すみません、これで足りるでしょうか?」
この村でどれくらいで医療を担ているかわからないけど、生憎レイブ金貨しか持ちあわせていないから、それを一枚渡しておいた。
「これは、・・・レイブ金貨じゃないか。こんな高価なもの、頂けないよ。」
「すみません。これしか持ちあわせていないもので。失礼かもしれませんが、何も言わずに受け取っていただけませんか?」
下手に詮索されても困るわけじゃないが、相手が貴族だと知れたら彼らは態度を急変させる。どんなふうに変わろうと、こちらからしては面倒くさいことこの上ないから、黙っておいた方がいいのだ。
医術士の村人も、それを悟ったのか、一つ頷いて了承してくれた。
「ありがとうございます。村長さんにもよろしく言っておいてください。」
「うむ。気を付けてな。」
アレンに頼んで再びシルビアを担いでもらい、私たちは足早に村を去ろうとした。これで、ようやく審問会が開ける。王城へ戻って、シルビアが目を覚まし次第、この一連の事件の黒幕が炙り出されることを祈るばかりだ。
そんな風に思っていた時だった。村のすぐそばで大きな爆発が起きたのだ。村の周囲には田畑が乱立していて、どこからか引いてきている川の水がまるで噴水のように立ち上った。
「なに?」
「・・・!?あいつは!」
どうやらアレンには何かが見えているようで、彼と同じ方角へ視線を向けたが、そこには爆発によって抉れ畑しか見られなかった。
「なに?なんなのアレン。」
彼がへんじするよりも早く、地面に穴ぼこが出来ていき、まるで何かが近づいてきているような・・・!
「危ねぇ!」
アレンに強引に体を引っ張られながら、見えない何かから逃げ延びた。
「走れ!」
私はそのまま彼に手を引かれ、村の外へと駆けだした。振り返らずとも、後方からものすごい勢いで生き物らしき何かが突っ込んでくるのがわかる。地響きをたてながら。しかし、決してその姿は見えなかった。迷彩の魔法?それとも認識疎外?どちらにせよ、姿が確認できない。だが、そこに何かがいる。
アレンがぱっと振り返ると、見えない何か向かって電撃を放った。しかし、何もないところで奇妙な反発音を鳴らして、彼の魔法は霧散してしまった。
「ちっ、ダメか。」
「アレン!」
「すまない、ロウ。約束、守れそうにない。」
アレンはそう言い残すと、シルビアを放り出して、体から光を放ち始め、龍の姿へと変化した。そして、迫ってくる何かに向かって駆け出し、前足を使ってそれを受け止めた。すると突如、見えなかったものの正体が明らかになった。光学迷彩のようにほぼ透明になりきっていたその生物は、巨大なサイのような見た目をした魔物だったのだ。




