貴族の私闘
生まれて初めて読み解いた、禁忌の魔導書。題名、白の神。
禁忌の魔導書は、王領に存在する禁書庫に保存されていて、その数は、全部で10。その中でも、一番最後に記されたとされている10の禁書を私は読み解いたのだ。王妃になると決まった日からしばらくの間、その教育も兼ねて、王領の書庫に何度も出入りしているうちに、その本に興味がそそられたのだ。
魔導書とは、それを読み解くことで、魔法の使用を可能にするものだ。当然、ただ読めばいいわけではなく、そこに記された事を理解し、実践させなければならない。
魔法の発動に必要な要素は、詠唱、触媒、魔力の3要素が要となっている。詠唱は、魔法の種類を限定し、触媒は属性を定め、そして、それを実行可能にする魔力が揃うことで、魔法という現象が起こる。
魔法によっては、詠唱を必要としなかったり、触媒を利用せずとも、発動できたりするものもあるが、3つ目の要素である魔力だけは、どうあがいても必要になってくる。それも、ただ魔力があればいいというわけではなく、その魔法の発動に必要な量や質、魔力の制御方が変わってくるため、全ての人間が平等に魔法を扱えるわけではないのだ。
10番目の禁書は、それを記したかつての偉人を除いて、これまで、誰一人として書かれている魔法を発動できなかったそうだ。こればかりは、才能云々よりも、運が絡んでくるから、どうしようもないけれど、どうしてか私は、その禁書の魔法の適正があったのだ。
禁書に記されている魔法はどれも禁術指定されている。無暗に使えば、不必要な破壊を産んだり、関係ない人々を巻き込んでしまうことがあるからだ。その威力や性質が、一般的な魔法よりも桁外れに大きいため、そうされている。中には発動者本人をも傷つけるほど強力な魔法もあり、北部戦線で使用した滅びの真炎もその一つだった。
なぜ私が、この禁書に惹かれたのかというと、普通魔導書は論理的に魔法発動について語られているのに対し、この魔導書は、まるで聖書のように、物語が綴られていたのだ。題名の通りの、白の神と呼ばれた者についての、物語が。
魔導書と言われていなければ、単なる歴史書と言われても気づかなかっただろう。それため解読はとても難解だった。全てを理解することはできなかったから、その魔導書からは、3つしか見出すことができなかった。
そのうちの一つが、白翼の悪神だった。
白翼の悪神は、全身に纏うエンチャント系の魔法だ。この力によって、私は重力の影響されず、移動することが出来る。つまり、宙に浮くことが出来るのだ。無重力になったわけじゃない。宙に浮き、推進力がなくとも前後左右上下に、縦横無尽に動くことが出来るのだ。
別名、無限飛行魔法と呼ばれている。飛行魔法ですら、まともに確立されていない現在で、白翼の悪神はそれを可能にするのだ。
「来ないのなら、こちらから行きます!シルビア!」
空を蹴って、シルビアへ向けて突進を試みた。ギラリと光る彼女の瞳がこちらを捕えると、大曲刀で左右に往復3回振り回した。・・・6連撃・・・。
少し遅れて私に向かってくる6発の衝撃波を、上下左右に体を揺らして避けていく。そうしてようやくシルビアの懐まで近づいたが、今度は本物の斬撃が振り落とされた。
大曲刀と刺剣。本来であれば、到底受け止めきれない力の差あるが、今の私には白翼の悪神による無限の推進力がある。押し負けることは決してなかった。
これが、いや、今の私にはこれしか彼女の力技に対抗する術がなかったのだ。離れていても無数の斬撃を飛ばすことが出来る相手に、詠唱を必要とする遠距離魔法で対抗するのは、あまりにもリスクが大きすぎる。シルビアは、詠唱をせずとも、一度剣に付与した魔法だけで、何度も攻撃が可能なうえに、魔力の消費を一切必要としない。それに対して、魔法で迎え撃つこちらは、永遠に戦い続けられるわけではない。何より詠唱をしている暇はないし、詠唱なしで発動できる魔法では、威力が不十分だ。
彼女と戦うには、正面から力技で勝負するしかないのだ。滅人の対生物特攻が人間には無意味でも、生身でこれだけの力を有しているのだ。
ギチギチと鍔迫り合いに持ち込み、その隙に無詠唱で彼女の背後に氷の剣を生み出す。その切っ先を彼女の肩へ向けて射出する。見えているはずがないと思っていたのだが、シルビアはまたも力づくで競っていた大曲剣を回転させ、周囲を薙ぎ払った。円形の衝撃波が全方向へ向かって飛んでいく。その一方向は私が受け止めたけど、衝撃波は100メートル近く飛んでいくまで、その間に存在するものを薙ぎ倒していった。
私は、いったん距離を取って、上空へと逃げ延びた。
「はぁ、はぁ。馬鹿力ね、ほんとに。」
「コロス、殺す。降りてきなさい!小娘。八つ裂きにしてやるわ!」
シルビアの様子は、もはやかつての面影も見えない。まるで別人となってしまったかのようだ。でも、だからこそ、ここで止めれば、今回の一件に活路を見出せる。彼女の正気を奪っている魔法が、犯人を特定できるはずだから。
白翼の悪神を使用した際に、かなりの魔力を持っていかれてしまったため、他の魔法を撃てる回数も限られている。どの道この魔法を維持し続けるのは相応に危険なため、早期決着に臨まなければならない。
「・・・遥か彼方、白の神と謳われた太陽を司る御身の権能を、我が身にお譲りください。ただ一度の、御身の怒りを体現せし、大地を焼き払う光をここに。」
刺剣を振りあげ、膨大な熱量を有した火球を瞬時に作り出す。それを見たシルビアが先ほどよりも素早く剣を幾重にも振り、無数の斬撃を飛ばしてくる。左手にはめた指輪すべてに魔力を込め、小魔法で可能な限り斬撃を受け止める。とんでもない無茶をしているとはわかっている。左右にも動いてこの魔法を撃てる瞬間まで耐えれると思っていたけど、実際はそう簡単ではなかった。わずかに受け止められず、避けきることも出来なかった斬撃が、右の足首を切り裂き、左肩の肉を抉っていった。それでも滅びの真炎は完成した。少し小さくてあの時ほどの威力はないだろうが。
上空から小さな太陽をシルビアに向かって投げつけた。世界が一瞬光に包まれて、音を置き去りにして彼女へ向かって火球が飛んでいく。しかし、私はこれで決めるつもりはなかった。例え禁忌の魔法であっても、シルビアの、あの女の強さを知っているからこそ、油断は決してしない。右手に持つ剣で戦闘不能に追いやるまで。
私は、火球が彼女に向かっていくその間も、決してシルビアから目をそらさなかった。彼女がそのとてつもない魔法と力で、禁忌の魔法すらも打ち返そうとしているのを。
「消去!」
私の叫び声で、小さな太陽はぱっと姿を消した。火球を渦巻いていた熱量が急速に冷やされ、激しい旋風を巻き起こす。魔法の強制終了。自身が発動した魔法を強制的に解体し、魔力を霧散させる。魔導学における高等技術だ。はじめから滅びの真炎には十分な量の魔力を仕込んでいなかった。私は、禁忌の魔法をブラフにして、彼女の視界を奪いたかったのだ。
太陽を見つめ過ぎたあとの、視界不良は眩暈さえ起こす。これだけ距離が近ければ、たとえ小さくとも、その影響は本物の太陽を見た比ではないだろう。それでも作れた隙はほんの一時だけ。だけど、今の私にはそれだけで十分だった。
「魔剣、付与!」
刺剣に魔力を付与し、殺傷力を高める。ふらついているシルビアの元へ急降下し、青白く光る刺剣を彼女の右肩に突き刺した。そして、間髪入れずに剣を抜き、二撃目を左肩へ突き刺した。
「あがぁっ!うぅあ!」
剣を抜いた時の返り血が顔にかかってきたが、そんなものを気にしてられない。両肩を貫かれたシルビアは、剣を持つ力を失くし、大曲刀を手放していた。しかし、それでも狂気に満ちた表情で、こちらに向かて突進しきた。得物を持たない状態では、もはや遅るるに足らず。彼女は私に頭突きをかまそうとしていたみたいだが、人間の駆ける速度では今の私を捕えることはできない。おまけとして、すれ違いざまに左足の腱を切りつけてやった。そうしてようやく彼女は地面に倒れ伏し、動きを止めてることに成功した
うつ伏せに倒れたシルビアは、力の入らない両腕で起き上がろうとしたが、当然立ち上がることはできなかった。
私はシルビアに刺剣の先を向け、
「彼の者に憑りつく、邪悪なる魂魄を払いたまえ。霊子解放」
彼女に憑りついている何かを払うため、解呪の魔法を試みた。思っていた通り、彼女の耳や鼻から黒い靄が抜け出ていった。それは宙に浮かび上がると、日の光を受けて霧散していった。
シルビアの方は、もう会が抜けた後、まるで電池切れのようにぱたりと倒れ伏し、動かなくなった。
「はぁ、はぁ、・・・。ふぅーーー。」
白翼の悪神を維持したまま、地面に座り、彼女の脈を採る。息はあった。急げばまだ助かるだろう。それを確かめてから、魔法を解いた。
「アレン。」
少し離れたところにいたアレンに声をかけると、駆け足ですぐに来てくれた。
――― ハコブノカ? ―――
「ええ。ここから一番近い、ミレニアフォストの南に商業都市があるはず。応急処置をしたら、そこへ行きましょう。」
シルビアもそうだが、私自身も相当な痛手をおった。それに、魔法の反動で過呼吸が起こっているから、少し休まないと。
アレンの体がぱっと輝き始めて、その姿を人の姿に変えた。
「世話の掛かるお嬢様だな。とりあえず、そこの屋敷まで運ぶぞ。半分残っていれば、何か使えるものがあるだろう?」
そういってシルビアを抱えげると、足早に別荘に走っていった。
「ほら、あんたも早く。」
「ええ。・・・ねぇ、アレン。」
「ん?」
「・・・ありがとうね。」
「・・・いいから早く来い。」
ずっと手を出さずに、見守ってくれていた。彼にとっては意味のない制止だったはずだ。理解はできても、きっと迷っていたんじゃないだろうか。私の意思を尊重してくれたのかはわからないけど、ありがとう、と言いたかったのだ。




