母なる人
ヘイローズの中は、街の規模に対して住民が少ない。貴族と、帝国王族、そしてそれらに仕える平民だけが、入ることを許されている故、必要最低限の人々しかいないのである。そのため、宿屋というものは存在せず、貴族用の宿舎というのがあらかじめあって、私たちはそこへ荷馬車や荷物を置くことにした。宿舎と言っても、一室の広さは、私の私室と同等かそれ以上を誇る大豪邸だ。私の私室だって、一人で使うには広すぎるくらいなのだ。三人で使うにしても大きすぎる部屋だった。
「なんていうか、目に優しい街だな。」
アレンがおもむろに言ったのは、都市の明るさのことだろう。グランドレイブの山脈地下にあるヘイローズには、日の光の代わりに、光源魔晶石を用いた人口太陽を地下の天井に無数に設置されている。光の色もそうだが、太陽光のような突き刺すような光ではなく、長時間見つめていても疲れない微光なのだ。もっとも、その性質上この都市には、夜という概念が存在しない。光源魔晶石は、光を常に放ち続けるので、都市が闇に包まれることはないのだ。
「しばらくのんびりしてて。私は、フィリアオール様のところへ行ってくるから。
「お一人で大丈夫ですか?さすがにここまで追手が来ている可能性はないと思いますが。」
私が狙われている理由はいまだにわからないままだが、生憎その程度のことで尻込みするほど、私はか弱くない。
「いざというときは、自分で対処します。」
旅の荷物の中から、愛用の刺剣を取り出した。いや、今では因縁の刺剣となってしまったが、他に使い勝手のいい得物は持ち合わせていないので、とりあえず持ってきたのだ。鞘に収まりが悪いのは相変わらずだけど、ないよりはましだ。それに、わざわざ剣を抜かずとも、魔法触媒の指輪も常に身に着けているから、問題ないだろう。
「体は大丈夫か?」
「うん。たぶん。」
いつ発作が起きるかわからないけれど、欲求不満になってすぐ辛くなってくるわけじゃないから、とりあえずは大丈夫だろう。
「さて、俺たちはどうするかね。」
「そうですね。長旅でしたし、私はゆっくり休もうと思います。」
二人の間柄も良好そうなので、そこれ辺を気にしることもないだろう。
「それじゃあ、行ってきます。」
街中で通り過ぎる人たちは、みなきれいな礼服に身を包んだ者たちばかりだ。旅服のまま出て来てしまったから、目立ってしまってしょうがない。そもそも、背中から翼が生えているから、別の意味でも人目を集めてしまうというのに。
フィリアオールがいると思われる建物は、ヘイローズ中心地の魔法大学のすぐそばにある。輝城、ヘイローズクラウンの離宮だ。ヘイローズクラウンは、魔法の城ともいわれ、帝国の叡智を結集させた建築物だ。七色に色めくステンドグラスや、人を検知して自動で明かりを灯す魔法の街灯など、あらゆる技術が取り入れられている。
ジエトが国王になってから、その離れにフィリアオールのための離宮を立てさせたそうだが、実際はどうなのか定かではない。もともと愛妻家なのは知っているけど、アルハイゼンの件以降、彼女は塞ぎ込んでしまっているのだろう。
離宮にたどり着くと、守衛の者に怪訝そうな目をされてしまった。いかにも平民そうな服装でありながら、翼を生やした正体不明の人間が訪れれば、そんな顔をしても当然だ。
「突然の訪問、大変申し訳ありません。アダマンテ公爵家の、ろう・アダマンテ・スプリングと申します。王妃殿下、フィリアオール様にお会いすべく参りました。」
「公爵家。もしや、アルハイゼン殿下の?」
どうやら私を覚えているようで、おかげで事情を話さないで済むようだ。実を言うと、この離宮には何度か訪れているのだ。まだ、アルハイゼンが存命だったころ、王妃に必要な素養を得るために、この離宮でフィリアオールから教育を受けていたのだ。最後に訪れたのは、まだ彼が生きていた頃だから、この場所へも、彼と共に来ていた。
いつも笑顔で迎えてくれて、そんな母親のことを、彼は心底愛していて。今思えば、ちょっとマザコン気味な人だったかもしれない。まぁ、母親が嫌いな息子はいないと、よく言われるものだ。
「失礼いたしました。ただ、今、王妃様は誰ともお会いになりたくないと言っておりまして。」
「心中お察しします。なら、私が来ている旨をお伝えしていただけますか。」
「わかりました。少々お待ちください。」
守衛は駆け足で離宮に入っていき、しばらく待つことになった。誰とも会いたくない。息子を失った悲しみなんて、だれにも理解できないと、私にはそう言っているようにも聞こえる。気持ちは理解できる。でも、子を授かったことのない私には共感することはできない。それはいったいどんな気持ちで、自分をどう変えてしまうのか。前世でも経験したことのないことだから、会ってもなんと声をかけてあげればいいかはわからない。ジエトは、私に会ってほしいと言っていたけど、実の子供でもない私に、何が言えるだろうか。
先ほどの守衛が、少し明るい表情となって帰ってきた。
「お待たせいたしました。是非、お会いしたそうです。どうぞ、お入りください。」
「ありがとうございます。」
これまたプレッシャーが大きくなったものだ。誰とも会いたくない取っている人に、私なら会ってくれるというのだ。責任重大。ジエトには、どうしてほしいとは言われてなかったが、多かれ少なかれ、何かを期待しているのだろう。
懐かしい離宮の廊下を進みながら、彼女の私室にたどり着く。ノックをする前に、中の物音に耳を澄ませてみた。一応というか、念のため、他に人がいないことを確かめて、思い切ってノックをする。
中から返事はない。さっきの今で寝ているということはないだろうが。
「失礼します。」
フィリアオールの私室は、私の部屋よりも小さいくらいで、代わりにヘイローズを一望できるテラスがあるのだ。部屋の中の明かりは一つもついておらず、テラスから差し込む外の光源魔晶石の光が差し込んでいる。彼女は、そんなテラスと部屋の境目で、揺り籠椅子に腰かけていた。
「フィリアオール様。」
声をかけると、彼女はゆっくりと振り返って、ふっと微笑んだ。
「ロウ。久しぶりね。」
「本当に、お久しぶりでございます。」
「ごめんなさいね。こんな暗い部屋で、メイドも従士も部屋に入れてないから、少し散らかっているの。」
言われてみれば、確かに呑みっぱなしの紅茶だとか、衣装ダンスが開きっぱなしになっている。彼女の御髪もかなりほつれているように見える。
「わざわざ私のために、こんなところまで来てくれるなんて。」
「・・・ジエト陛下から、申しつけられてしまいまして。」
「そう、あの人が。」
「あの、フィリアオール様。・・・。」
「まってて、今新しい紅茶を入れてるから。」
そういって彼女は、飲みかけのカップなどを、まとめてお盆に乗せて、水場へと持っていった。こういう雑務も、メイドにやらせず自分でやっているのだろう。それほどまでに引きこもろうとする心情を、いったいどうすればいいのだろう。
しばらくしてから、彼女は新しい紅茶をいれたお盆を以てきて、テラスの席に促された。
「誰ともお会いしていないと伺いました。」
「ええ。こんなにも時間が経った後で言うのもなんだけど、私はね、あの子の死を、受け入れられていないの。馬鹿みたいでしょう?」
「・・・そんなことは。殿下の死を悲しんでいない人など、いはしません。私だって!」
「ロウ。・・・ここではかしこまる必要はないわ。以前のように、アルって呼んでもいいのよ?」
「あっ、えっと。ふっ、それ、本人に嫌だって言われたんですよ。」
「あら、そうだったの?二人で私の元へ来た時には、あんなに笑ってたのに。」
「そうなんです。この離宮を離れた後に、子供みたいに駄々をこねて、嫌だって。ふふっ。母親の前だから、すごく恥ずかしかったって言っていました。」
「もう、あの子ったら。どうでもいいようなことで、フィアンセを困らせてたなんて。」
懐かしい話だ。あの時は、そんなに怒らなくてもいいじゃない、と思うくらい猛烈に怒っていたから、よく覚えている。人前では完璧なふるまいをするアルハイゼンの、隠された一面だ。喧嘩にはならなかったけど、私もしばらく口を利かなかった気がする。そういう私の態度をみて、ようやく彼は謝ってくれたが、それでもアルと呼ばれることは嫌がっていた。
「あだ名で呼ばれることが嫌だったのかしら。確かに子供のころも呼んだことはないけど。」
「たぶん、子ども扱いされてるみたいで、嫌がっていたんだと思います。殿下は童顔だったので、そういうことに敏感だったのだと思いますよ。」
「なら、私が許すわ、ロウ。これからは、アルって呼んでもいいわよ?」
当事者亡きあと、こんな話をしていることにおかしくなって、私もフィリアオールも盛大に大笑いしてしまった。
それを機に、私たちの会話は大いに弾み、はじめ感じていた緊張感はどこかへ無くなっていた。話をしているうちにフィリアオールは、まるで今まで溜め込んでいた鬱憤を晴らすかのように、愚痴の口にすれば、息子の自慢話をしたり、なぜか私のことをほめてくれたり、休みなく話し続けていた。
そして、太瞬間になぜか私は、彼女の懐に抱きこまれていた。
「あ、フィリアオール様?」
「ごめんなさいね。私だけこんなに話して。実を言うと、寂しい思いをしてたの。誰にも会わないって自分で言っておきながら。でも、元来こういう性格なの、私。あの人も、それをわかっているから、こうして政務なんかせずに、怠惰に過ごすのを許してくれたの。あなたが来てくれて、本当にうれしいの。ロウ。私にとって、あなたは娘のような子だもの。・・・こんなこと言ったら、バロックス公爵に悪いかしらね。ふふ。」
女性特有の香りと共に、その暖かな体温を感じながら、思わず私はその腕に自分の手を重ねてしまった。長いこと感じていなかった母親のぬくもりに、頭を打ち付けられたかのように、酔ってしまったのだ。
「・・・今は、誰も見てせんから。」
知られてまずいことではないけれど、私自身、気恥ずかしい姿ではあるから。ほんの僅かなこのひと時を、私は思い出の中に刻み込んだ。




