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ロードオブハイネス  作者: 宮野 徹
第二章 龍との契り
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霊峰を目指して

時は朝。生憎の曇天で、今にも雨が降り出しそうな天気だけど、荷馬車には屋根があるおかげで、特に心配する必要もない。領城から借りたルクスも、案外おとなしい性格で、扱いもそう難しくはなかった。


王領への街道は、これまでに幾たびもの人々が通った道を辿るだけ。コンクリートこそこの世界にはないが、自然に作られた道は、荷馬車をほとんど揺らさないくらい、整った道のりだった。


翼竜の背に乗っていろんなところへは行ったことがあるけれど、こうしてのんびり地上を進んだことはあまりなかった。貴族会議などで、王都へ向かうことはあっても、こんな風に景色を一瞥する余裕はなかったのだ。正面に見えるグランドレイブ霊峰の、神々しい姿は、本当に美しいものだった。


旅は順調に進み、5日ほどでアダマンテ領から、王領へたどり着くことが出来た。とはいえ、まだグランドレイブの麓にすら辿り着いていない。ここからは、坂の勾配も激しくなるから、専用の道を通らなければならない。山を削って馬車でもそこそこ進めるように整備された道が、この山脈には無数に張り巡らされている。ただ、目的地であるヘイローズへの専用山道は、それらの道ではなく、巨大な渓谷の底を通っていかなければならない。


というのも、ヘイローズは山々の表面にある都市ではなく、グランドレイブ山脈内部に存在する地下都市なのだ。それゆえに、日の光があまり入ってこず、その代わりを人口太陽となっている巨大な魔晶石を地下に設置しているのだ。ヘイローズは、位置的にはちょうど王都の真下あたりに存在するらしいが、高低差があり過ぎて定かではない。


渓谷の入り口は、既にヘイローズの管轄地域となっており、検問となっているのだ。


「へぇ、とんでもないところに都市があるんだな。」

「これがアーステイル家が成し遂げてきた偉業の一つよ。神聖なるグランドレイブを、真の守り神として、大地と共に生き続ける。ヘイローズは、その名の通り、グランドレイブに建設された最初の都市なんだから。」


検問には巨大な門が立ちふさがっていて、城のない城塞となっている。検問にいる守衛の数も相当数いて、荷馬車はあっという間に囲まれてしまった。


「検問だ。一般人は許可を得ている者以外は、この先には通れない。お前たちの素性を証明できるものはあるか?」


今荷馬車の御者にいるのはエルザだ。彼女の恰好は、いかにも平民の旅人風なので、気づきはしないだろう。もちろん、中にいる私もアレンも似たような格好だから、平民と思われても仕方がないのだが。


「中にいるのか?」


検問の兵士が荷馬車の天幕を叩くと、後ろ側から覗き込んできた。私の顔を見た守衛の表情が少しだけ怪訝そうなものに変わった。たぶん、私の顔を知っているのだろう。ただ、それらしい服を着ていないから気のせいだと思っているのだ。


「アダマンテ公爵家、ロウ・アダマンテ・スプリングです。」


名を名乗ってようやく、彼は私を思い出したようだ。だが、名乗るだけで通れるほど検問は甘くない。血の証明を行わなければならない。


守衛は、懐から短刀を取り出して差し出してきた。


「貴殿に命ずるは、血の証明。我が刃にて、それを証明せよ。」

「血の証明、受けたもう。我、公爵の名を授かりし娘なり。我が血を以て証明す。」


差し出された短刀を使って、親指の節を斬った。指に赤い線が浮かび上がり、ほんのわずかに零れた血液が地面に落ちると、その血は大地に染み込むことなく、霧散した。同時に親指に切り跡は瞬く間に塞がり、溢れ出たはずの血も、全部消え去っていた。


「血の証明を認める。どうぞお通りください。」


守衛はきれいに敬礼をした後、持ち場に戻って他の者たちに開門を命じていた。門自体は巨大だけど、実際に開くのはほんの一部だけだ。荷馬車は、巨大な門を悠然と通り過ぎていった。


「今、何をしたんだ?」

「血の証明って言ってね。あの短刀には、特殊な魔法が施されているの。簡単な口上を述べて、その短刀で体のどこでもいいから切り傷を与えて血を流すの。真実を言っていれば、血は霧散して、傷跡のきれいに治癒されるけど、嘘をついていれば、零れた血が青紫色に変色するの。」

「へぇ、そんなことで身の証明ができるってわけか。面白いな。」

「魔法都市ならではのやり方ね。この都市はいろいろなものが魔法によってできているの。」

「でも、お前だけ証明して、俺たちまで入っていいのか?」

「貴族は大体従士を連れているものだから、誰かひとり証明できれば十分なのよ。別に貴族以外の人間が入ってはいけないというわけじゃないしね。」


私はともかく、帝国の半分くらいの貴族階級の人間は、身の回りのことを重視に任せていたりするから、貴族一人しか入れないということになれば、彼らのような人たちは、この街へ入ることはできても、たどり着くことはできないだろう。馬の扱いも知らない従士任せのお偉いさんは、どの世界にもいるものだ。


「それで、あんたが会いたい人って、誰なんだ?」

「うん。いるかどうかわからないんだけど、いるとしたらこの都市にいるはずなの。ジエト国王陛下のお妃、フィリアオール様がね。」

「王妃様にお会いになるのですか?」

「ええ。陛下から、会ってほしいって言われてるの。・・・いろいろあったから。」


アルハイゼンと婚約が決まってから、彼女にもたくさん世話になったのだ。王妃としての必要な素養、知識、帝国の歴史なんかも、彼女から教わった。中には、他人には話せないような、重大なことも彼女から伝授されている。そういう時期があったから、フィリアオールにも娘が出来たみたいだ、なんて言われたこともある。同じ女だから、共感できることも多く、何より彼女は、母を失った私にとっては、その代わりに近い存在だったのだ。


「一応目的は、魔法大学の方だけど、どのみちしばらく滞在することになるし、会っておこうと思うの。」

「国王に、妃。あんたの人間関係はとんでもないのばかりだな。」

「あら、公爵家ってそういうものよ?少しは見直しくれるかしら?」


そういう私にアレンは苦笑いをしながら、首を振っていた。まぁ龍族の彼には、人間の階級社会は理解できないだろう。腹黒い世界であることは確かだけど、そんな中でも、縁を切りたくない人というものはいるということを。




渓谷の谷底の道を進むこと半日ほど。すでに谷というより、巨大な洞穴になっており、空の姿は消え、天井に無数の光源魔晶石が見えていた。


「あれは星じゃないのか?」


時間的には既に夜だが、洞穴の中は昼間のように明るい。ただ、その光が太陽のような明るい色味ではなく、青みがかった光なので、まるで晴天の満月のような世界だった。光源魔晶石が放つ光はどれも青白いのだ。


洞穴のさらに奥に見えてくる摩天楼は、最奥で輝いている巨大な魔晶石の影になっていて、とても幻想的な風景だった。まさにファンタジーの世界。初めてここを訪れた時、私も今のアレンと同じように大口を開けていたことだろう。


第一都市、ヘイローズ。帝国王族、アーステイル家の分家、テレジアがその居を構える魔法都市だ。




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