紋章の一族
ハンターズギルドでのことを済ませた後、私たちはテムザの飯所で一息つくことにした。
「それで、俺たちはどうするんだ?」
豪快に肉料理にかぶりつきながら、アレンが聞いてきた。こういうところ見るとほんと子供みたいに無邪気なんだけどなぁ。龍族って、みんなこんな感じなのだろうか。
「ハンターズギルドで一人護衛を雇おうと思ってるんだけど。」
「私だけでは、不満ですか?」
「ううん。そうじゃなくて。これから私たちも遠出をすることになるでしょう?せめてあと一人くらいいてくれたら、いろいろと楽になると思ってるだけよ。」
ようは、体のいい荷物持ちが欲しいわけだ。本当はエルフリードに頼もうと思っていたけれど、あの様子じゃ、誘ってもついて来てはくれないと思う。ハンターの名誉挽回を謀っているのだから、余計な仕事を増やさせたくはない。
だが、他に頼れる護衛なんてそうそう転がっているものじゃない。今からでもエクシアやリンクスに助けを求めるという手もあるが。
「・・・旅の仲間よりも、とりあえず荷馬車を手配しましょうか。」
「お。俺たちの移動拠点ってわけか。段々らしくなってきたな。」
どうしてそこでウキウキするんだか。遊びに行くわけじゃんないんだけどなぁ。まぁ、私も旅そのものには高揚しているけど。
「出れば屋根付きの荷馬車がいいですね。」
「テムザには大きな牧場がないから、荷馬車はともかく、馬の調達のほうが大変かも。」
「お前んとこの城から拝借すればいいだろ?」
「そういうわけにもいかないの!」
そもそもアダマンテは、竜使いの力があるせいで、騎馬や荷馬の飼育がおこなわれていない。馬を駆っているのは、一部の農家や物好きたちだけだろう。城にもいなくはないが、長期間使いつぶすのは難しい。これから何日も空けてしまうのだ。そこまでの勝手をするわけにはいかない。
馬の調達をどうするか考えていると、向かいの席でエルザが神妙な面持ちになっていることに気づいた。
「エルザ、どうかしたの?」
「・・・見られています。私たち。」
彼女は声を小さくして答えた。それを聞いて、私もアレンも、すっと静かになり、目の前の食事に自然と向き合った。
「・・・いつからいたかわかる?」
「いえ。ですが、初めからいたわけではないと思います。」
彼女ほどのものが突然視線を感じたというなら、私たちより後に入店してきたのだろう。つけられていたか?だとしたら相手はどこか、目的は何だろうか・・・。
私はおもむろに、旅服のポケットに入れておいた魔法触媒の指輪を右手の指すべてにはめ込んだ。
「人前では、襲ってこないでしょう。食事を済ませて、いったんハンターズギルドまで戻ります。」
二人は無言で頷いてくれて、私たちは素知らぬ顔で食事に勤しんだ。
店員を呼んで会計を済ませた後、私たちは足早に店をあとにした。なるべく人気の多い道を通りながら、ハンターズギルドへ向かった。しかし、
「つけられています。かなり近いですね。」
「・・・次の路地に入ります。エルザ、出来れば殺さずにお願いします。」
「はっ。」
二人に簡単な指示をして、あくまで自然を装って、人気のない路地へと誘い込んだ。
路地に入った瞬間、中指にはめた黒色の宝石に魔力を集中させる。
「淀の悪霊たちよ、集いて闇を輝かせたまえ。」
小声で詠唱を施し、私たちの姿を風景に溶け込ませた。だが、魔法はしっかり発動したはずなのに、姿くらましの魔法はすぐに溶けてしまった。
「えっ?」
似たようなことが前にもあった。認識を阻害する魔法を発動中なのに、まったくもって効力がなかったことが。そして、そのあとどこかの誰かさんが、魔法が効かない存在であると聞いたことも。
当の本人は、こっちを見ながらばつの悪そうな顔をしていた。
「どの道やるつもりだったんだろう?」
「それとこれとは話が別よ。まったく。」
姿を隠して確実にとらえるのと、真正面から正々堂々捕えるのとでは、効率も労力も全く異なるのに。悪態をついている暇はないようだ。私たちを追って来ていた奴は、すぐにこちらへ向かって突進してきた。
これではいったいどちらが誘い込んだのかわかったもんじゃない。こっちは3人いるとはいえ、一人は無防備な龍族の青年だ。相手はおそらく、戦闘のプロ。一人でも向かってくるのは、何か隠し玉でもあるのだろう。
エルザが追手の正面に相対し、剣と剣が鍔競り合う甲高い音がした。ぎちぎちと震える金属音をあげながら、二人は我慢比べを始めた。
親指にはめた青白い宝石に魔力をこめて、同時に薬指の黄色い宝石でも別の魔法を展開する。勝負は、エルザが離れた一瞬。ぶつかろうとする追ってに向かって、動きを制限する魔法を放つ。そこをエルザに攻めてもらうとしよう。
「地を這う霊獣、渦巻きて得物を捕えん。凍てつく吐息!」
文指を地面に突き刺すと、青白い石に込められた魔法が、空気の温度を急速に下げていく。地面には霜が張り、見えない冷気はエルザを通り越して追手の足回りに取りついた。奴が気づいた時には、既に追手の足は地面と一緒に氷漬けになっていた。そこへすかさずエルザが渾身のみね撃ちを追手の腹へ叩き込む。しかし、エルザの攻撃は、突如として現れた土の壁によって阻まれてしまった。
何が起きたかというと、地面がせり上がり、その衝撃で追手を縛っていた氷は、粉々に砕けてしまった。
「ちっ。落ちろ轟。雷撃。」
追手がエルザの攻撃から逃れようとしたところを、二の手で用意していた雷の魔法を放って、眩い落雷が追ってを捕えたかのように見えた。事実、直撃はした。だが、雷撃はその体を貫くことはなく、追手の周囲に散り散りになってしまった。
「何を!?」
目の前で見ていたエルザは驚いていたようだが、おそらく同属性の雷の魔法で、相殺、いや、雷の通り道を作って周囲に逃がしたのだろう。剣だけでなく、魔法の使い手ともなると厄介だ。
一手、二手と防がれてしまったのは想定外だが、こんな狭い路地ではお互いに逃げ場はないのだ。2対1で有利なことには変わりない。
追手はとにかく身のこなしがすさまじかった。エルザの剣戟をいなすことなく、身一つで完封してしまっている。そんなことしているうちに、エルザのすぐ横を抜けられ、追手は私へ向かって急接近してきた。
詠唱をしている暇はない。無詠唱で一時の隙を作れば・・・。
と考えているとき、隣で静観していたアレンが、おもむろに手を突き出すと、突然その手から静電気が発せられ、次の瞬間にはものすごい速さの雷が追手を貫いていた。私もエルザも、口をぽかんと開けたまましばらく動けなくて、その間に、気を失った追手の体が地面へとゆっくり倒れ伏していた。
「あ、あなた。魔法が使えるの?」
「ん?だれも使えないなんて言ってないだろ?」
「でも、あなた、龍族はあらゆる魔法を打ち消してしまうって。」
「ああ。それはそうだ。でも、自分で自分の魔法を打ち消してしまう、なんて思ってたのか。そうだとしたら、俺はどうやって龍の姿に成るっていうんだ?」
でたらめすぎる!つまり、自分以外の魔法は全部打ち消せて、自分からは一方的に魔法を撃てるということだろうか。そんなの・・・そんなの、ありなの?
「と、とりあえずありがとう。今は、こいつの出所の手がかりを見つけましょう。・・・殺してないわよね?」
「一応抑えて撃ったつもりだ。確かめてくれ。」
エルザに周囲の警戒をお願いして、私は倒れた追手の脈を採った。どうやら息はあるようだ。それにしても、無詠唱で、しかもあんな短時間であれほどの魔法を放てるなんて。龍族の魔法が効かない云々の性質もそうだが、彼らは本当に常識破りの生物のようだ。
追手のポケットを探ってみると、何やらペンダントのようなものが出てきた。
「・・・またこれか。」
「これは、前と同じ紋章ですね。」
そう。以前フォルゾの街で間者が落としていったものと、同じ紋章が刻まれた銀のペンダントだったのだ。この紋章については、まだ調べがついていないし、追手の姿を見ると、どうやら女のようだ。あまり手掛かりは見受けられないが、彼女は大きな証拠を残している。
「・・・さっき、地面を隆起させて、私の氷の魔法から逃れていましたよね?」
「はい。あんな風に避けれらるとは思っていなかったので、驚きましたよ。」
地面を隆起させる魔法。味方によっては、大地を操る魔法と捉えてもおかしくない。
「大地の記憶。帝国王族の人間ってことになるけど・・・。随分きな臭くなってきましたね。」
「まさか、アーステイル家のものが、ロウ様を狙っていらっしゃると?」
アーステイルの家は、王家を含めて九つ。しかし、このペンダントの紋章は、どの分家にも該当しない。それに、どのアーステイル家であっても、公爵家の令嬢を暗殺しようとするなんて、よほどのことがない限り、そんなリスクを背負うようなことはしないはずだ。
だが、現実に起こってしまった以上、公にしないわけにもいかない。彼女の素性が何であれ、牽制はしておくべきだろう。
「エルザ、その人を縛ってください。どこに何を隠しているかわからないので、可能な限り身包みも剝いでください。詠唱も出来ないように猿轡もお願いします。」
「はっ。」
「随分だな。」
「仕方ないでしょう。相手が本当にアーステイルの分家なら、それだけでただ事じゃないんだから。」
相手が女だろうと、年端もいかぬ子供だろうと、貴族を相手にした以上、報いは受けてもらわねばならない。
「いったん領城へ戻ります。」
まったく。これでは魔獣退治どころではない。いったいどうして、こうもいろいろと怒り出すのだろうか。




