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ロードオブハイネス  作者: 宮野 徹
第一章 魔物の大侵攻
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北部州、州公、ユース侯爵

応接間で、父と団欒をしていると、部屋の外で控えていた従士が、侯爵到着の報を知らせてくれた。


「侯爵のご子息は、確か10歳になるんだったか?」

「ええ。まだまだ遊びたい盛りでしょうけど、これから大変ですね。」

「そうだな。」


父とはこうして、笑い話が出来るが、実際にユース侯爵の子、シアンは、今が一番大変な時期だろうと思う。


貴族は10歳から、結婚の対象となる。実際には、10歳になってすぐ婚約を交わす貴族はまれだが、周囲からの品定め、あるいは意中の女性探しが、おのずと始まっていくものだ。男子であれば、付き合いのある良家とは誠意に尽くさなければならないし、女子であれば、多くの名門貴族から、まるで人形のように視線を投げかけれらる日々が続く。


あいにく私は、早くから許嫁を授かっていたから、そういったことは経験せずに済んだけど、本当に貴族の子供たちには同情したくなる。元居た世界でなら、セクハラで訴えることも難しくないくらい、執拗な品定めをされるのだ。


そうこうしているうちに、どうやら侯爵殿が来たようだ。丁寧なノックの後に、


「アダマンテ領、北部州、州公、ユース侯爵と、その子息、参りました。」


という、男性特有のテノール声が聞こえてきた。


「うむ。入るがよい。」


父の返答の後、姿を現したのは、いかにも武人風の顔立ちで、それに似合わない礼服を着た殿方と、それとよく似た顔立ちをした、まだ幼さの残る小さな少年だった。


二人は、私と父の前まで来ると、先に父親のほうがひざを折り、それを見た少年が、見よう見まねで同じように跪いた。


「お久しぶりでございます、アダマンテ公。それと、ロウお嬢様も、息災で何よりでございまする。」

「顔を上げよユース侯爵。堅苦しいのは、なしにしよう。」


父が許しを与えると、二人は、顔を上げて気を楽にした。


「此度の謁見、緊急を要するものと思いまして、こうして参上した次第であります。」

「相変わらずまじめな男だな、お前は。」

「いえ、それしか取り柄がないものですから。」

「侯爵閣下、奥様はお元気ですか?」

「あぁ、はい。妻も、一度こちらへ来る予定だったのですが、今、州城を開けるわけにはいかないので。」

「そうですか。奥様に一度、お礼をしたかったので、残念です。花嫁修業を付き合っていただいたので。」

「そういえば、奥方は市井の出の方だったな。あの頃のロウの手料理ときたら、味が薄くてかなわんかったわ。」


2年くらい前の話になるが、まだ私が、アルハイゼンとの婚約を交わしていた時のことだ。花嫁修業と称して、ユース侯爵の奥さんに、料理教室を開いてもらったことがあるのだ。前世でも大学生のころから一人暮らしをしていたから、それなりにできるつもりだったのだが、この世界ではそううまくいくものではなかった。おそらく調味料の違いが、父が言ったように味の薄い料理になってしまったのだと思う。なにせ、万能調味料の醬油や日本酒、みりんなどは、帝国には存在せず、塩や砂糖も日本のものよりも質が悪いのか、あまさもしょっぱさも物足りない。胡椒に至っては、高級品ということで、そうむやみに使えるような食材じゃないときた。では何で味付けをするのかというと、この世界にしか存在しない、特殊な樹液を用いるのだ。当然見たことも聞いたこともなかった食材だったため、使い勝手がわからず苦戦したものだ。


「あぁ、そうだ。直接会うのは初めてですね。これが、うちの倅になります。ほら、お二方に挨拶を。」


ユース侯爵は、自分の息子の背中を押すと、彼は、こわばった顔のまま、簡易的な敬礼をした。


「おはつに、おめに、かかります。ほくぶしゅうしゅうこうのむすこ、シアンといいます。」

「はっはっは。元気な挨拶だ。幼いながらも、お前に似てがっちりとした体つきだな。」


確かに、背はまだ少年の域を出ないが、肩回りの感じが、年相応のものとは見えなかった。やはり、武人の家系だからか、この年齢でも普段から鍛錬をしているのだろう。


「最近、ようやく自覚が出てきたのか、毎日稽古に勤しんでいます。」

「頼もしい限りですね。私も、いずれ手合わせお願いしたいです。」


一応私も、剣を嗜んでいる。というか、剣を振るのは性に合っているのか、嗜む、を飛び越えて本格的に磨きをかけている最中だ。


「ロウお嬢様の剣技は、独特のものでしたな。我流剣術であそこまで本職と渡り合えるのは、珍しいのですがね。」

「剣の腕を磨くのはいいが、もう少し娘らしいことをしてほしいとも思わなくないんだがなぁ?」

「ふふ、あきらめてください。お父様。」


私の言葉に、父はがっくり首を垂れてしまった。娘らしいことと言われても、この世界の貴族の娘が嗜むべきことは地味すぎるのよ!裁縫だの、社交ダンスだの、花を愛でるなんて言うのもあったっけか。どれも、趣味じゃないし、花を愛でるのを通り越して土いじりならそれなりに心得があるのだけれど、そうなると今度は貴族の令嬢がすることじゃないとお叱りを受ける始末。


何をしても、前世の自分の趣向とは合わないのだ。だからもう、あきらめることにした。貴族の娘らしいことをしない娘として、父に認識してもらえばいい。結果的に、父があきらめる形になったけど。


「ロウお嬢様は、相変わらずのようですね。」

「ああ。健やかに育ってくれたことはうれしいが、私が想像していた娘の姿とはだいぶかけ離れているよ。」


私だって、出来ることなら親孝行をしてあげたいと思わなくもないけど。第二の人生を、何かに縛られて生きるのは真っ平ごめんだった。


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