世界の脅威
それから二日ほどたった頃。私とアレンは、ジエトに招集を掛けられ、フォルゾの街から馬車でエレオノールへと向かっていた。
「なんだろうな、話って。」
「たぶん、この戦争についての話だと思う。私たちに、参戦する権利は取られちゃったけど、情報が欲しいのよ。」
「情報?」
「あの門のことや、この世界に来たって、あなたが言った悪意ある獣について・・・、とかね。」
戦況が耳に届いてこないので、今どれくらいの戦いが行われているかは検討もつかないが、まだ、門があったエルレイン山脈までは到達出来てないだろう。
「だからって、こんな格好しなくてもよくないか?」
アレンは、国王に見えるにふさわしい恰好、とまではいかないが、ちょっとした余所行きに着替えてもらった。彼の服装は、どう見ても平民のそれとしか思えないから、せめてもの礼儀として、だ。
とはいえ、なぜか似合わない。つい笑ってしまいたくなるくらい、似合わない。要旨はなかなか整った顔立ちをしているのに、彼の人となりを知っているからか、きちんとした服装が似合わないのだ。
「陛下にお会いするんだから、それくらい我慢して。」
私の方も、新しい礼装を用意してもらった。というのも、背中から生えた翼のせいで、今まで来ていた服では、それ用の穴をあけないといけなかったから。だったら初めから新しいものを用意しようという、ライラの計らいで新調したのだ。当然、背中から翼が生えた人間用の服などありはしないから、メイドたちの手作りだ。着心地はいいけど、背中がやけに寒く感じてしょうがない。社交界のドレスみたいに背中が開いているのだ。こんな寒い地域で切るようなものじゃないだろうに。
「お嬢様。体は冷えていませんか?」
「ええ。背中はどうしようもないけれど、他は大丈夫そうよ。」
久しぶりにメイドらしい仕事が出来て、彼女は満足しているようだ。こんな、・・・変な形の服を自作できる当たり、ライラも物好きだと思う。コスプレの衣装とか作らせたら、・・・まぁいいや。
馬車がエレオノール内に到着すると、物々しい雰囲気になってくる。なにせ、反逆の疑いがかけられている若者二人がやってきたのだから、周囲の目をできる限り誤魔化さなければいけないのだ。
「お二方、準備が整いました。お早くお願いいたします。」
従士の者に連れられて、私とアレンは馬車から公館への隠れ道を通っていく。中へ入れば、とりあえず変な視線を受けずに・・・
「あらぁ?反逆罪で首を吊るされそうになっていた傲慢お嬢様じゃない。」
なんでいるのよ・・・。性格悪悪女。っていうか、どうしてみえているんだろうか。認識疎外の魔法で、私とアレンのことは、たとえ真横を素通りしたとしても、気づかれないはずなのだが。
この女にまともに付き合っていたら、イライラさせられるだけなのだが、ここはあえて黙っておくことにした。しかし、やはり疎外の魔法は聞いていないらしい。
「沈黙を貫いても、ちゃんと見えていますからね。」
だめか。これには、従士の者も驚いているらしい。まぁ、彼に責任はないのだから、このままいつもの調子で話を合わせるしかないだろう。
「シルビア。私とアレンは陛下の招集を受けてきたのです。あなたとの無駄話に花を咲かせる時間はありません。」
「いいじゃない。少しくらい。それに、あなた達のことを陛下の客卿にするよう進言した私には、少しくらい感謝してくれても、いいんじゃなくて?」
「それは、・・・なにかよからぬことを企んでいるんじゃないですか?」
意外、と言えばそうだが、こういう時の貴族は、打算があるに決まっている。特に、この女は腹の底で何を考えているか想像もつかない。
「ええ、もちろんよ。あなたへ恩を売ったの。アダマンテ公には、既に謝意を頂いているわ。あなたから同じものがいただけるとは思っていないから、別の形で返していただけると、私もあなたをかばった甲斐がありますわ。」
「っ・・・。天地が翻ろうと、あなたのような人に、謝辞を送ることはありません。失礼します。」
そのまま私は、彼女の目の前を通り越して公館へと入っていった。後ろ薄ら笑いをしている声が聞こえてくるようだ。
それにしても、いったい何が目的だろうか。何か要求でもあれば、ほどほどに呑んで、適当に満足させてやったのに。私から自発的に何かすることを望んでいるというのは、いささかシルビアらしくないやり口だ。
「面白い人だな。」
隣で聞いていただけのアレンは、随分お気に召したようだが。まぁ、見目だけは麗しいのは認める。私より年上だし、背も高い。殿方からの視線を集めるのは当たり前だ。龍族であるアレンが、それに該当するとは思ってなかったけど。
「気を付けたほうがいいよ。ああ見えて、見えないところで何を考えているかわからないんだから。」
「そうか。でも、それはあんたも同じじゃないのか?」
「・・・えっ?」
彼のその評価は、私の足を止めさせるほどだった。
「あんただって、腹の底じゃ何を考えているかわからないだろう?」
「それ、からかってる?」
「本気で言ってるけどな。」
「・・・。」
心外だけど、今はいいだろう。所詮、龍族の感覚での話だ。それに、アレンはこう、能天気だし。
シルビアがいるということは、彼女も陛下に呼ばれているのかもしれない。竜騎兵は、一応私がいなくても昨日はするが、現状の最大の戦力は、ヴァンレムの部隊だろう。ヴァンレムを中心とした戦術で戦が動いているなら、シルビアに下手なことを言えるものはいないだろう。
従士に連れられてようやく私とアレンは、陛下が待つ応接間へたどり着いた。
「よく来た。ロウ、それに、アレンよ。わざわざこっちへ呼んでしまって済まないな。」
「いいえ、陛下。お気になさらずに。」
応接間には、やっぱりロイオもいる。クリスハイトは、おそらく王領から出て来てはいないだろうから、権力的な話であれば、彼がナンバー2だ。
「それで、今回のご用件は、何でございますか?」
「なに、以前、アレンから聞いた話を煮詰めようというだけだ。アレン。そなたが言っていた悪意ある獣。あれについて、もう少し詳しく聞きたいのだ。」
「・・・話すのはいいが、その感じだと、協力してもらえると思っていいのか?」
以前、アレンがこの話をしたときは、私は気を失っていたからわからないが、ジエトはたぶん龍族との共闘に迷っていたのだと思う。
「あぁ。そなたは、本物の龍だ。龍の力を借り、そして我らもそなたの力となるのならば、ここは共同戦線と行きたいところだ。」
「あ、あの。陛下。」
「ん?なんだ、ロウ。」
「それは、陛下のお考えですか?それとも、帝国での意向でございますか?」
「・・・ロウ。やはり、聡いな。・・・そなたにも隠し事をするつもりはない。前者だ。」
それは、とても面倒な話だ。アレンの、龍族を味方として考えている勢力は、思ったより少ないのかもしれない。つまり、この悪意ある獣の討伐。これは、私とアレン。それからリンクス王家、あるいは、アーステイル一族によって行うつもりなのかもしれない。
私の立場は想像以上に、悪い方へ傾いてしまっている。それはいいのだが、聞き方によっては、ジエト国王が私欲で龍族を囲ったとも捕えかねない。いったい何をさせようとしているのだろうか。
「アレン。現状、魔物の群れとの攻防はすこぶる順調だ。戦線が安定してきたから、そろそろこちらからも、打って出ようと思っている。目標は、そなたが言っていた門、とやらだ。」
「目指すのはいいが、言って何ができるわけでもないぞ。」
「む。どういうことだ?」
「あの門は、異世界から、こちら側に獣、魔物を送り込んできた。そして、その魔物によって、門は封じられている。俺が確認しただけでも、3体の魔物がこの世界に入り込んだ。それらを倒さないと門は開かないぞ。」
「破壊すればいいのではないか?」
「あれは、たぶん壊すのは無理だろうな。」
「なぜだ?」
「あれは、・・・邪龍が作り出したものだからだ。」
「邪龍?」
邪龍。確か、以前アレンが言っていた言葉だ。私的なことだから、話してはくれなかったけど。読んで字の通りだとしたら、よくないもの、イメージ通りの悪の化身ということになるが。
「邪龍は、龍が変質した存在だ。俺たちの世界では、黒の力と言われている。それに飲み込まれると、龍は体内の魔力が変質し、黒く染まる。完全に黒く染まると、龍は邪龍となり、世界を破壊へと導く悪神となる。」
黒く、染まる?魔力が変質するという話も、聞いたことがない。異世界の話だから、この世界には当てはまらないのだろうけど。世界を破壊へと導く悪神、というのも、まるで魔王みたいな俗称だ。そんな存在と、彼は戦っているというのだろうか。
「その邪龍が、いったい何だというのだ?」
「邪龍が作り出したあの門は、邪龍の魔力によってできている。いうなれば、邪龍が門の形になったと思えばいい。そして、邪龍には、魔法が通じない。いや、龍族は魔法が効かないんだ。」
「・・・。」
全員が黙ってしまった。魔法が効かない。いったい何を言っているんだと言いたくなるけど、確かに彼は、魔擲槍を打ち消していた。魔晶砲弾は食らっていたようだけど。
「効かない、というのは、文字通りの意味か?」
「術者からみて、発動はできても、着弾する前に霧散って感じだな。それにも一応理屈があるんだが、まぁそれは別にいいだろう。」
魔法が効かない生物がいることには驚きだが、実際に目にしているから、嘘ではないだろう。ジエトとロイオは、龍の姿で暴れまわっていたアレンを知らないから、にわかに信じがたいだろうけど。
「なら聞くが?そなたはどうやって、その門とやらを破壊しようとしたのだ?魔法が効かぬというのであれば、物理的に破壊するのか?」
「邪龍の力に対抗できるのは、同じ黒の力だけだ。最終的には、・・・俺がとどめを刺さないといけない。」
「それって・・・。」
アレンは、良くも悪くも無表情だ。感情が薄いというか、そのおかげで、感情を読むのも、誤魔化すのも同等に難しい。けど、今の彼の話は、矛盾しているように思える。邪龍という存在が、黒の力とやらに染まった龍族のことを言うのならば、そして、邪龍に対抗するために黒の力が必要ならば、邪龍を倒せるのは、邪龍ということにならないだろうか。
当然ジエトもロイオも、その結論がわからないわけじゃないはずだ。彼の矛盾を指摘しないだけで。アレンの理屈で言えば、アレン自身が邪龍に成らなければいけないことになる。
「・・・そうすれば、門は破壊され、魔物群れが集うことはなくなるのだな?」
続きを離し始めたジエトの声音は、少しだけ低くなっていた。
「その前に、この世界へ入り込んだ魔物を討伐しないといけない。魔物は、邪龍の眷属だ。奴らが門を力を強めている。眷属がいる限りは、門に傷一つ付けられないだろう。・・・数は3体。ただ、時間が経てばたつほど、門から新たな魔物が送り込まれてくる可能性もある。」
「その魔物は、どこにいるかわからんのか?」
「あぁ、そればかりは俺にもわからん。あんたの帝国の領土内にいるとは限らないし、実際に目にして見ないとその魔物かどうか俺も判断できない。」
まるでゲームみたいな話だ。ある意味、アレンの言ったもの勝ちみたいなことになっているような気もするが、異世界の話も絡んでくると、ややこしくなるのは仕方がないだろう。
「魔物の討伐と、門に集まる群れの殲滅、これらを同時に行わなければならないということか。」
「門に魔物が集まる理由は、俺にはわからないが、最終的な目標を門にするのは間違っていないと思う。」
「・・・どうやら、我々が思っていた以上に、長く、険しい戦いになりそうだな。」
「だが、やるべきことは決まった。兄者。すぐに王領へ戻って、帝国議会を開け。こっちは俺が何とかする。」
「まて、ロイオ。今やるべきは、魔物の殲滅だ。王として、ここを離れるわけにはいかぬ。」
「魔物の群れを迎え撃つにしても、こちらから戦力を差し向けるにしても、今日明日で決着がつくわけじゃない。それよりも、これから何か月もの間の戦線の維持を、どうにかする方が賢明と思うがな。そのために議会を開き、各公爵らとも協議して、国の在り方を変えるべきじゃないのか?」
ジエトは、唸っていた。これまた意外な一面だ。私はずっと、ジエトはなんでもこなせる万能型の器だと思っていた。そういう姿を今までもずっと見てきたから。それに、彼の息子の、アルハイゼンも同じような人だと思っていtから、血筋なんだと思っていたが。こうしてロイオに諭される姿を見ると、どうやら違うようだ。
「はぁ。アレンについても、うちの客卿とすればいい。とにかく兄者は、戦場に張り付いていてはだめだ。国王が国の大事に城にいないのは、臣下も不安になる。」
「・・・そうだな。」
ようやく話がついて、ジエトは、私の方を見た。
「ロウよ。そなたには、悪意ある獣、そうだな、この際魔獣とでも呼ぼうか。その発見と討伐の任を課したい。」
「はい。陛下。」
「これは、ある意味お前たちに与える罰でもある。だが、決して自分たちだけで事を解決しようとするな。戦力が必要なのであれば、増援を求めよ。それと、そなたたちを自由の身とするが、表向きには黙っていなさい。話がややこしくなるからな。」
「寛大なる処置、本当に感謝しております。」
「ロイオ。お前は、アダマンテ公と共に、戦線を維持しろ。必要ならば、こちらからうって出ても構わん。」
「了解した。」
「うむ。よろしい。・・・アレンよ。」
「ん?」
「・・・国王として、礼を言いたい。協力に感謝する。」
「例を言われるほどの話じゃないと思うが?」
「いや、言わせてくれ。」
それは、私もいいたい。彼は、問答無用で帝国を滅ぼし、自身の力だけでことを解決することだってできたはずなのだ。これは、彼のやさしさだと思っている。龍族という人たちが、どれくらい情があるのかはわからないけど、彼は、人間と共に行くことにしてくれたのだ。




