密偵
洞穴の中でも平気で過ごせる辺りは、人間とは違う種族ということだろう。暗い地下でも意外と快適そうだったし、それを気負うことはしなくていいようだ。
ライラとエルザと一緒にフォルゾの街を少し散策していると、当然だが、市民たちの視線を集めてしまう。腕は包帯を巻いているので、それほど目立ってはいないけど、こんな雪国で背中をあらわにするような恰好では、目だってしょうがない。一応羽織を肩にかけているから、過度な露出はしていないけど、小羽根をまき散らしながら、歩く姿は変な目で見られても仕方がないだろう。あと、寒いし。市民は私のことなんて、偉い人、くらいにしか見ていないから、別にいいのだけれど、アダマンテの令嬢として、個人の噂をされるのは避けたいものだ。
宿屋に戻ってくると、そんな忌避の視線から解放されて、ようやく一息つけると思ったのだが、私の個室の前まで来たとき、等々にエルザが腰の剣に手をかけた。
「お待ちください。」
小さな声でエルザが言うと、それを察したライラが私をかばうように肩を抱いてきた。エルザは指を縦に唇に当てると、忍び足で扉の前まで行き、勢いよく蹴り開けた。
「何者だ!」
部屋の中には、誰かがいた。黒いローブを着ていて、顔も仮面のような額あてをしている。体格からして、男だろうか?男はすぐに部屋の窓から飛び出して、逃げ出してしまった。エルザは、窓に手をかけ、
「曲者だ!衛兵はいないか!」
と、大きな声で外へ向けて叫んだ。あれだけ派手に飛び出せば、エルザに言われるまでもなくすぐにでも騎士たちが集まってくるはずだ。外のことは、彼らに任せればいい。
「エルザ、部屋の中を確認してもらえる?」
「はっ。」
いったい私の部屋で何をしていたのか。必要なもの以外は、ほとんど物のない部屋だったはずだ。そんな部屋へ密偵が来る理由など、想像に容易い。暗殺用の仕掛けか、あるいは毒物を仕込んでいるものだ。ライラにもそれらの確認をしてもらいながら、部屋に異変がないか確かめた。
しかし、想像していた脅威は一切見つからなかった。
「解せませんね。何かする前だったのでしょうか?」
「私がアレンの元へ行ってた時間は、半時間ほどです。何かを仕込むには十分な時間だったと思いますが・・・。」
私は部屋中を見渡して、それがあると思われる場所を見つけた。それ、というのは魔法の痕跡のことだ。前世の世界では、物的証拠こそが最大の犯行記録となるが、この世界には魔法が存在する。その中には当然、暗殺を可能とする魔法もある。そういった類の魔法は、大体目に見えないものだ。しかし、魔法に精通している者ならば、それを見つけること自体は、そう難しくはない。
魔法を使用するには基本的には触媒を用いるものだ。魔晶石や、宝石や樹液と言った魔力を持っている物質がそれにあたる。見た目がそこいらの石ころと変わらないものでも、場合によっては触媒になりうることもある。
私が目を付けたのは、部屋の片隅に置かれた蝋燭だ。蝋燭自体はほぼ新品のものだが、なぜか受け皿に蝋が溶けた跡がある。おそらくこれは蝋ではなく、それを模した魔法触媒の可能性がある。
「二人とも、下がってください。」
エルザとライラに離れるように指示して、蜜蝋もどきに手をかざす。
「・・・我、真理を求める者。理において、汝の姿を具現せよ。」
詠唱に呼応するように、蝋燭の火がさっと消えると、蜜蝋が黄緑色の不気味な輝きを放ち始めた。蜜蝋は、新品の蝋燭を飲み込んでそのまま溶かしてしまった。
「お嬢様。これは?」
「使い魔にしては、随分と小さいですね。ですが、怪しげな術がかけられている。」
使い魔は、魔法によって生み出される非生物的存在だ。使い魔に命はなく、術士の魔力を糧に動く人形だ。術士から与えられた魔力が切れれば姿は消えるし、魔力が残っている間は、術士からの命令を忠実に遂行する、厄介な密偵だ。
この蜜蝋のように姿を物質に扮することが出来るから、魔法についてある程度見識がないと見破ることはできない。それに、見つけることが出来ても、使い魔で何をしようとしていたかまではわからない。
蜜蝋の塊は、やがてカエルのような姿に変わると、カエルみたいにピョンピョン跳ねて、窓から逃げようとした。そこへ、エルザが懐から取り出した短刀の柄に押しつぶされて、カエルは見るも無残などろどろの液体に変わり果てた。エルザは、その液体を指でふき取ると、匂いを嗅いでいた。
「これはおそらく、フライヤの樹液に、深水を混ぜた、王領特有の魔法触媒だと思われます。」
「深水、となると、グランドレイブの地下深くでしか取れない、湧き水ですね。」
「はい。王領では、かなり高価な薬品として、一般でも売られていますが、フライヤの樹液と混ぜることで、かなり高品質の触媒になると言われています。」
フライヤの樹液も、深水も、どちらもグランドレイブ山脈を産地とする、特産品だ。希少性で言えば、フライヤの木はそれほど高くはないが、深水と混ぜられた魔法触媒は、かなり高価なものだ。平民では到底手に届かないくらい高い品物だが、そもそも必要とするのが魔法を扱う貴族や帝国王族と一部の金持ちたちだけ。
私は、エルザが潰した触媒を指で触れた。
「・・・燃えよ。」
掛け声と同時に、触媒に火が起こり、液体は完全に火に包まれた。火は床に焦げ跡を残しながら、液体のみが燃え尽き、やがて何もなくなった。この宿屋には申し訳ないが、これで脅威は排除できただろう。
廊下からドタバタ、誰かが駆け込んできたかと思うと、エクシアの騎士が一人やってきた。
「失礼いたします。ロウ様、間者は逃してしまったのですが、彼の者がこのような物を墜としていきました。」
騎士が持ってきたのは、紋章がついたペンダントのようなものだった。
「これは、・・・。この紋章に何か見覚えは?」
「いえ、我々は存じません。それと、参考になるかはわかりませんが、間者が腰に差していた剣は、サラザール王国特有の曲剣でした。」
「わかかりました。報告ありがとうございます。」
騎士はそう言って、敬礼をして自分の配置へと戻っていった。彼の報告を受けて、特に気になった点は、曲剣を持っていたことだ。なにせ、サラザール王国は、帝国南部に位置する大砂漠にある小さな国だ。そんな国の密偵が、わざわざこんな北の辺境に来ていること自体おかしな話だし、なにより帝国とは同盟関係にあったはずだ。そもそも、私自身が狙われる理由がない。
「間者がサラザールの者と断定するには、無理がありますね。仮にそうだとしても、まったくもって脅威にはなりえないはず。それよりも、この紋章。帝国の全ての貴族と、帝国王族の家紋に該当しないとなると、私設団体の可能性がありますね。」
「目的は何でしょうか?ロウ様がいらっしゃるとは言え、今ここは、エクシアとリンクスの家が居座っている街です。この二つの家にたてつく行為が、どのような意味をするかわからない人は、この国にはいないでしょう。」
エルザの指摘はもっともなことだ。街中には、帝国の象徴たる国旗が、いたるところではためいている。となると、必然的に目的は私にあったといえるだろう。
それはそれで、まったく見当がつかないんだけど。そもそも、魔力触媒を仕込ませて、何をしようとしていたかも不明なのだ。
「・・・はぁ。とりあえず、このことは、まだ誰にも話さないようにしてください。」
「よろしいのですか?お嬢様。」
「大丈夫よ、ライラ。こんな小細工でやられるほど私は軟じゃないわ。それに、偶然とはいえ、敵は証拠を残してくれたのだから、これについて調べてみましょう。エルザ、協力してくれますか?」
「もちろんです。ただ、我が主には、本当にお伝えしなくていいので?」
現状、私はエクシアに匿われている身だ。何か問題があれば、エクシアが代わりに問題を引き受けてくれることだってある。面倒なことになる前に、話を通しておけば、咎めを受けることもないだろう。
だが、今は戦争中だ。余計な問題を、わざわざロイオに伝えても、無駄に士気が下がるだけだろう。
「今はまだ、黙っていましょう。狙われたのは、おそらく私ですから。他言無用でお願いします。」
「・・・仰せのままに。」
エルザはやはり、何か言いたそうだったが、どうにか承諾してくれた。エルザに紋章を渡して、エクシアの方で少しばかり調べ物をしてもらうことにして、私自身も、今回のことで、いろいろとやっておくことが出来たみたいだ。




