龍族について
人生、何があるかわからないものだ。死んだと思ったのに、別の世界で転生したりするし、婚約者に先立たれたりもするし、なぜか体が龍に成ってしまいそうになるし。もう訳が分からない。
それでも、生きているうちは、精一杯生きなければならない。とにかく今私がすべきことは、
「とりあえず、・・・この気持ち悪い感覚、どうにかならない?」
「どう気持ち悪いんだ?」
アレンと協力関係を結んで、私は彼の龍の姿の背に乗って、とりあえずエレオノールに戻ろうということになった。だが、発作というべきか、また体が可笑しな感じになってきてしまっている。意識ははっきりしているし、体の自由が利かなくなっているわけじゃないから、また欲情しているわけではなさそうだが。
「なんかこう、無性に髪の毛をむしゃくしゃしたい気分というか。ストレス?かな。」
「髪の毛をむしゃくしゃすればいいんじゃないか?」
「いや、これは例えであって、別に実際にそうしたいわけじゃ・・・」
会話の相手としては、なかなか面白いのだが、冗談を言っている場合じゃない。息苦しいというか、何かを吐き出したい感覚。もどかしくて、何をしても解消されないし、満たされない。のどの渇きに似ているかもしれない。
「たぶん、それが本能に逆らうってことなんだろうな。」
「じゃあ、やっぱり私、発情してるってこと?」
まったく、勘弁してほしい。こんな定期的に発作みたいになるのは、あまりに苦行過ぎる。薬か何かを飲めば収まるというわけでもないだろうに。
さっきまでは平気だったのに、ここへきてまた急に辛くなってきた。今回は体の感覚があるからなおさらきつい。
「うぅ、ごめん。本当にどうにかならない?」
「・・・俺の体に噛みつけ。」
「え?・・・それってどういう?」
そういえば、最初に甘噛みをしたとき、それを機に体の自由が戻ってきていた。何の関係があるかはわからないけど、とやかく考えている余裕はなかった。
赤黒いアレンの甲殻に思いっきりかぶりついた。するとなぜか、すっと鼻づまりが治ったように、息苦しさが消えていく。別に噛みつくという行為が心地よいわけじゃないのに、どうしてか安心感を覚えてしまっている。これでは、本当に獣になってしまったかのようだ。
「はぁ、こんなことをあと何回繰り返せばいいのよ。」
先が思いやられることだ。こんな苦しみをあと何回味わえばいいのだろうか。
「たぶん、俺の魔力を吸っているんだと思う。」
「魔力を?」
「この姿は、俺の本当の姿じゃない。魔法によってこういう姿に成ることが出来ている。実体はあるけど、その実は魔力の塊ってことだ。あんたの剣の繋ぎと同じだな。」
「その魔力に触れることで、私の中の龍族の魔力が満たされて、精神が安定するってこと?」
「さぁな。とりあえずそういうことにしておけばいいんじゃないか?」
この人はほんとに私の体を戻す気はあるのだろうか。確かめようのないことなのはそうだけど。もう少し、嘘でもいいから慰めてくれたって・・・。いや、それは私の甘えだ。アレンは、私なんか気にせず、彼の使命とやらに邁進することだってできたのだ。わざわざ私のために、お互いに協力し合うという関係にしてもらったのだ。彼が優しくしてくれる理由なんてないのだから。
「それで、あんたはこれからどうするんだ?」
「どうって、とりあえずエレオノールに戻って、お父様に事情を離さないと。」
「ふーん。それ、俺がいるとまずくないか?」
言われてみれば、彼はあの戦場では、敵として映っていた。魔物の群れと同じ討つべきものだった。そんな相手とこうして寄り合っていれば、いらぬ疑いを掛けられてしまうかもしれない。
「でも、どのみちあなたのこと、話さないといけないし。」
「俺は別に、人間と戦争したってかまわないけどな。」
「ちょ、やめてよ。私の国よ?無駄な争いは起こさないで。ただでさえ、国の一大事なのに。」
「要は、あの獣たち、魔物だっけ?あれの原因は、門なんだから、ある意味目的は同じと言えるけどな。」
アレンの使命とやらは、あの門を通ってやってきた悪意ある獣、とやらを討伐し、そしてあの門を破壊することだという。門があの魔物たちを集めているのだとしたら、帝国の最終目標もあの門ということになる。それを、どうにか父に伝えることが出来れば、アレンを一戦力として迎えることが出来るかもしれない。
「それで、どうするんだ?もうすぐお前たちの街に着くぞ?」
「え?」
アレンの言う通り、戦場となっていた雪原がすぐそこまで見えていた。
「もっと早くいってよ!あぁ、もうこれじゃあ望遠魔法で見つかってるわ。」
「あ?じゃあ、引き返すか?」
「いや、いい。こうなったら、ちょっとむりくりだけど、強行突破するわ。竜使いでどうするか指示するから、ちゃんと言うこと聞いてよね。」
「はいよ。」
戦場には、また多くの死骸が残っていて、騎士たちがそれを焼く作業を行っていた。アレンの龍の姿は、当然のように彼らの目に留まり、騎士たちはすぐに戦闘態勢を整え始めた。
作戦はこうだ。彼を竜使いで服従させたことにして、衝突を防ぐ。そして、アレンには悪いが、一時鎖に繋がっていてもらう。その間に、父と話をし、現状を理解してもらう。そうすれば、どうにかわかってもらえるはずだ。
――― ソウ ウマク イクカ? ―――
「ほかに方法がないんだから、しょうがないでしょ。父に話を通せれば、とにかく大丈夫だから。」
父ならきっと、どんな突拍子もない話だろうと信じてくれる。それは確かだ。どうやってそこまでたどり着けるかがポイントになるのだ。
だが、事態は私が想像していたよりもはるかに面倒くさい状態だった。
アレンには、敵意を示さないようにゆっくり防衛線に近づいてもらったのだが、そこから無数の魔晶砲弾が放たれ、まっすぐアレンに向かって来ていた。
――― オイ! ドウスル? ―――
「どうって、・・・」
どうすればいいか、私にもわからなかった。何も言えなかったからか、アレンは魔晶砲弾を無防備に受けてしまった。その爆風で、私も彼の背中から吹き飛ばされてしまった。落ちる寸前、誰かに抱き留められる感覚がしたけれど、爆発のせいですでに意識はなかった。
目が覚めると、そこは牢屋だった。体のあちこちが痛むけれど、体を起こせないというわけではなかった。冷たい石造りの牢屋は、僅かな明かりが一つあるだけだ。
「目が覚めたか?」
「アレン?どこにいるの?」
「あんたの隣の牢だ。」
声が響いているせいか、空間の作りがわかりづらい。どうやら彼も無事なようだが、この状況、どうしたものか。
「お互い無事で何よりだけど、まさか、こんなことになるなんて。」
私が乗っているのが見えなかったのだろうか。いや、そもそも私も、既に敵として認定されてしまったということだろうか。確かに戦場では、アレンの背に乗り、馬鹿みたいに寄り添っていたのを見られたわけだけども。あるいは、こんな姿に成ってしまっては、もはや私と認識していないのかもしれない。寝間着で腕は異形になっていて、背中からは翼が生えていれば、もはや人間と呼ぶのは難しいだろう。
「たぶんここは、前線拠点の牢屋だから、守衛に言って、父と話をさせてもらいましょう。」
「それはいいんだが、あんた体の方は大丈夫か?」
「え?」
「あれからずいぶん時間が経っている。また発作が起きてもおかしくないくらいにはな。」
言われてみると、なんとなく息苦しさが戻ってきてしまっている気がする。参ったな、今はそんなことしてる場合じゃないのに。
「ねぇ?アレン。あなたの魔法で、どうにかこの牢、破れないの?」
「そうしてもいいが、生き埋めになるぞ。ここは地面の下だからな。俺一人なら、龍の姿に成って無理やり出ることは可能だが。」
「・・・じゃあ、最悪の場合は、私を置いて言っていいわ。」
「は?なんでそうなる。」
彼は彼なりに誠意を見せてくれた。もし、こっち側のいざこざで彼の身を危ぶむような事態になるのは、それは私のプライドが許さない。彼が示してくれた誠意に見合う対応を、私もするべきだ。
「私の考えが甘かったのよ。あなたまで捕まってしまって。どうなるかわからないもの。」
「あんたの父親へ話を通せれば、どうにかなるんじゃなかったのか?」
「この状況だと、それも難しいかもしれない。たぶん、私はもう・・・。」
反逆罪、戦場での奇行、どれをとっても罪に問われかねないことをしてしまっている。でなければ、こうして牢屋へぶち込まれることだって無いだろう。アレンと共に戻ってきてしまったことで、私への疑念が大きくなったのだろう。父ならきっと弁明してくれているだろうが、今はたぶん、その是非を上の者たちが決めている最中だ。
牢屋の入り口が、開かれる音が聞こえた。数人の足音が足早に近づいてくるのが聞こえる。やがて松明の明かりと共に、数人の人影が私の牢の前へとやってきた。
「お父様!」
「・・・・・済まないロウ。お前を釈放しうる弁明を仕切れなかった。許してくれ。」
「・・・よいのです。お父様。申し訳ありません。」
「っ・・・。」
隣に来ているのは、まぶしくてわかりづらいが、ソラン兵長だろうか?
「現在、お嬢様へかけられている嫌疑ですが、もうすぐ到着されるという、ジエト国王陛下を待つという裁定となりました。」
「陛下が、もうすぐ・・・。」
「・・・これはあくまで、現状の騒ぎを収めるための決定だ。お前と、隣の青年が何者であったとしても、今は堪えてほしい。」
「・・・お父様、私たちを、信じてくださいますか?」
「もちろんだ!陛下がお越しになったら、必ずお前を救って見せる。それまで耐えてくれ。」
うれしくも、悲しくもある。父にあんな表情をさせてしまっていることに。もちろん好きでそうしたわけじゃないけど、申し訳なく思う。
父たちは、すぐに牢をあとにして、再び地下牢は静まり返った。
「人間は、本当に面倒くさいな。」
「たくさん人がいれば、全員が納得するなんて言うのは、ありえないもの。当然のことよ。」
彼言うことは最もだが、それは人間が人間たる所以でもある。全員が同じ結論を出せる簡単な世の中なら、人の世は、こんなにも難しくないだろう。
「実の娘であっても、こんな仕打ちをするもんなんだな。」
「そうしなければ、一部騎士たちを納得させられなかったんだと思う。」
「・・・あんたが納得してるなら、別にいいよ。」
それ以降、彼はしばらく口を利かなくなってしまった。
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