逆らえない定め
「は、発情!?この私が?ふ、ふざけたこと言わないで!私は、帝国が誇る公爵家が一つ。アダマンテの令嬢よ!そんな私が、発情!?」
「あんた、そういうキャラだったのか。」
冗談じゃない。意思とか理性に反して、会って間もない青年に情欲を抱いているだなんて。そんなことありえない。
「第一、どこの誰だかもわからないあなたなんかに、好意を抱くと思っているの?」
「わかってないな。あんたが俺をどう思っていようと関係ないんだぞ?」
「ん、何でよ?」
「本能って言っただろ。本来人間はそんなものに一々行動を阻害されたりはしない。だが、今あんたは人間じゃない。龍に近づいている。いうなれば、獣と一緒だ。野良猫が、異性種と交配するのに、そこに好意や情があると思っているのか?」
そんなことをいわれても、わかるはずがない。ペットを飼った経験は無い。だが、どこからともなく子供を引っさげてくるという話はよく聞くものだ。それらの場合の本能とは、種を残そうとする本能のことだろう。意思を持たない動物は、その本能に従って子供を成している。子供が欲しいとか、相手が気にいったとか、そういう考えの元に交配しているわけじゃない。
「現にあんたは、体の自由が利かないまま、俺の背中に頬ずりしたり、噛みついたりしたんだ。」
「・・・じゃあ私は、あなたと・・・その。本能的に、行為に及ぼうとしてるってわけ?」
「そこは、難しいところだな。メスの龍族が、どのように異性に迫るかなんて、俺は知らないからな。」
「そのメスって言い方やめて・・・。生々しいから。」
となると、私がアレンの元へ行こうとしていたのは、そういうことか。本能によって彼を求めている。あの頬ずりや甘噛みが、求愛行動だと考えると、・・・まさしく私は、遊女のように無防備に男の懐へ入っているのと同じだ。
「どうにか・・・どうにかならないの!?」
「・・・現状、どうにもならないな。」
「解決策は?まさか、ほんとにしないと・・・ダメ?」
「は?何のことだ?」
「だって、発情って、そういうものでしょう?」
「・・・どうだろうな。その点に関しては、まだお前はましな方だと思うぞ。」
「ましって。そんな他人事みたいに。」
「本気であんたの本能が、俺とそういうことを望んでいるのだとしたら、とっくにしてる。それにあんたはまだ、それほど匂いがきつくない。」
「匂い?」
「よくあるだろう。発情期になると、体の匂いや体色が変化する生き物が。龍族もそれにあたる。俺たちの場合は、特にめs・・・女の方に変化が現れる。強烈な甘いにおいと、髪の色が桃色に変わるんだ。」
私はとっさに自分の体の匂いを嗅いでみた。しかし、特に変化は無いように思えるが。だが、髪の毛の方は毛先が僅かに色が薄くなって、桃色っぽくなっている。
「匂いは本人じゃわからないぞ。髪の色はまぁ、なってはいるが、その程度ならまだ末期症状ってわけじゃなさそうだ。」
「末期って・・・。何なのよ!龍族って。何でそんな本能に逆らえない種族になっているのよ。男女が出会うだけで、発情するほど、普段から性欲溜まってるってこと?馬鹿みたいじゃない。」
まるで身売りのように、適当な異性を見つけては、行為に及ぶ尻軽だとでもいうのだろうか。そんな種族、滅んでしまえばいい。人でありながら、そんな・・・。
「・・・俺がいた世界では、龍族は希少な種族だった。人間は五万といるが、俺たち龍族は、世界に100いるかもわからないくらい、数が少ない。普通に過ごしていれば、まず同族に出会うことすらない。だからこそ、そういう本能が強くなったんだと、俺は思いたいがな。」
そんなの、ずるい言い方だ。胸の内で悪態をついてしまったのが、酷く胸に突き刺さっていた。そういうことは、もっと先に言ってほしい。
「それは・・・。あ、あなたはどうなの?その、自分の子を産むことに対して、どう思っているの?」
「俺は別に。今はあんただけだが、さっき言った匂いが、こっちの、男側の本能を刺激するんだ。俺がそれにのまれたら、もうどうしようもない。ただ、それで子を作っても、特になんとも思わないよ。俺たち龍族の寿命は、永遠に近い。」
「・・・不老不死ってこと?」
「不死身じゃないけどな。かれこれ400年近く生きている。お前たち人間とは、ものの見方が根本的に違う。」
400年と言った、彼の表情は、寂しそうにも見えたけど、たぶんあれはそういう類の目じゃない。彼は私と本気で愛し合ったとしても、それすらも長い人生の一部にしか思わないのだ。人間であれば、大きな心境の変化や成長につながる行為でさえ、彼らにとっては、見知らぬ土地へ足を踏み入れるのと同じくらいのことなのだろう。
「なら、・・・バカみたいなのは、私だけじゃない。一人勝手に舞い上がって。本能に振り回されて。」
「・・・・・心に決めた相手がいたか?」
「っ!ちがう!・・・私は別に、あの人のことなんか・・・。」
思い浮かべてしまった。これでは図星だと自ら公言しているようなものだ。どうしてか、涙も零れてしまっている。ちがう、これは。アルハイゼンに恋などしていなかった。恋なんて呼べるほどの時間を過ごしてはこなかった。向こうは次期国王で、私はその妃だ。帝国を導くための、その役回りを請け負っていた。ただそれだけなのに・・・。
私は、彼に、惹かれていたのだ。
それを恋と呼べるかどうか、わからないから。あの人と結ばれていたら、どんなに良かったか。
何処かに隠していた感情だったのだろう。抑えきれない彼への思いがあふれてきた。実際に、彼の生前に恋をしていたかと言われれば、やはりノーだ。お互い大きな使命を持っていたし、学ばなければならないことがたくさんあったから。恋に心を躍らせるようなことにはならなかった。
だが人は、失って初めて、失ったものの価値に気づく。そのことを、アレンに言われてようやく自覚したのだ。
泣きじゃくる私を、彼はそっとしておいてくれた。人間じゃないと言っていた彼だが、人間らしい気遣いも出来るようだ。
「・・・今回の件は、俺にも責任がある。あんたの体を直してやりたいが、俺も初めての経験だからな。どうすればいいかはわからない。それに、俺は、門を破壊しなくちゃいけない。」
「門?あの魔物だっていう?」
「ああ。あの門を通じて、この世界には多くの悪意ある獣が入り込んでいる。悪意はないが、かくいう俺も、門を通じてこちら側へ来た一人だ。あれを破壊するのは、俺が受けた使命でもある。だから、協力しないか?」
アレンは立ちあがり、私に手を差し伸べてきた。
「あんたはどうやら、かなりの魔力を持っているようだから。魔法の力も相当なものだろう。力を貸してほしい。あの門から来た悪意ある存在を全て、打倒することを。俺も、あんたが元の体に戻れるよう協力する。どうだ?」
彼の目はまっすぐ私に向けられている。迷いのない、まっすぐな赤い瞳だった。これも彼にとっては、長い人生の一部でしかないのだろう。私のことも、ちょっと魔力が多い人間の娘としか思っていないのかもしれない。だが彼は、手を差し伸べてくれた。本当なら私のことなんて気にも留めずに、一人でどこまでもいくような人だろうに。わざわざ足を止めて、歩幅を合わせてくれようとしているのだ。
これから待ち受けていることは、きっと私にとっては、想像もしない困難な道のりなのだろう。その道のりを、ともに歩いてくれるというのなら、今は、彼の手を取っていいのではないかと思う。どのみち、私の体はアレンを求めてしまうのだから、どっかに行かれて、また体が暴走してもらっては困る。
「・・・わかった。その提案、受けるわ。」
私は彼の手に、自分の手を重ねた。彼は、そこで初めて、笑ってくれた。
「いい覚悟だ。よろしくな。ロウ。」
「ええ。・・・アレン。」




