飼い猫のような令嬢
私はいったい、どうしてしまったのだろう。体がいうことを聞かない。そもそも、いったいどうやって空を飛んでいるのだろうか。どうして私は、戦場の・・・彼の元へやってきたのだろうか。
――― キコエテイルカ? ―――
声が聞こえてきた。竜使いの力で、アンノウンの言葉が聞こえているのだろう。アンノウンの言葉はやっぱりとても流暢で、まるで人間と話をしているようだ。でも、残念なことに、今の私は、私じゃない。竜使いを使っているのだって、私じゃない。
――― オイ! ヘンジヲシロ! ―――
聞こえていないのだろうか?いや、私の体をぎゅうじっている何かは、返事なんてしないのかもしれない。ライラの言葉にだって、反応しなかったのだから。
――― ソリャアニンゲンハ シネンナンテ トバセナイ ダロウカラナ ―――
ん?
――― ン? ―――
もしかして、聞こえているの?
――― キコエテイルゾ ―――
どういうこと?私、体の自由が利かないのに・・・。ドラグーンは機能しているの?
まったくもって訳が分からなかった。憶測というか、頭を使うことも出来ないくらい意識がふわふわしているのだ。今、何者かに体を操られているような気がしていたのだが、確かに私の意識は残っている。体が自由にならないだけで。
――― アンシンシロ モウスグ アンタハ ジユウニナル ―――
どうしてそんなことがわかるのか。不思議に思っていると、私はどうしてかアンノウンの背後へと周り、その背中へ乗り移った。竜騎のように跨ると、なぜか彼の背中へ頬ずりを始めた。まるで猫が心を許した相手にするように、幸せそうな表情をして。挙句の果てには、その固い甲殻に嚙みついたのだ。甘噛みのような、そんなことして何に・・・。
「ハァ!・・・はぁ、はぁ、はぁ。」
――― ショウキニ モドッタヨウダナ ―――
「なんで?・・・何が・・・起きて。」
先ほどまでの重たい体の感覚すらも無くなって、熱も収まっている。寝間着姿だというのに、どうしてか寒さも感じない。・・・左手の鱗のような紋様はそのままだけど。むしろそっちは、肩のあたりまで広がっていて、重症化しているようにも見えるけど。
――― トニカク イマハ ケモノタチヲ ドウニカスル ソコデ ジットシテロ ―――
彼の言葉通り、自由になった体は少し異様なものの、鐙も手綱もない魔物に捕まっているのはなかなか難しかった。背中に生えた白翼だけど、いったいどのようにして動かせばいいのか全く分からないのだ。背中から何かが生えている感覚はあるけど、動かし方が全く分からないのだ。めちゃくちゃ重いし。
アンノウンは、再び魔物の群れの方を向き直り、その大顎を開いて火炎を溜め始めた。ものすごい熱量が、アンノウンの体から発せられていた。体から溢れる魔力が口内へと集まっているのだ。こんなにも強大な魔法を、詠唱もせずに発動できるなんて。いや、そもそも魔物がこんな強大な魔法を使えるなんて。
放たれた息吹は、逃げ惑うウルフたちや、空を飛ぶ魔物全てを飲み込んで、灰に変えていく。そんな大魔法を何度も何度も、感覚を開けて撃ち続けている。魔物の群れはあっという間にいなくなっていった。
――― コンナモンダロウ ―――
彼は、簡単そうに言った。実際あっけない終わり方だった。翼竜なんかの比じゃないくらいの圧倒的な力を持った魔物。
――― マモノジャナイ ―――
「・・・魔物じゃないなら、いったい何だというの?」
――― フン ―――
彼は答えてくれなかった。私を乗せたまま、魔物たちが向かってきた、北の方角へ飛んでいく。彼の飛行速度は、戦場をあっという間に置き去りにしていき、周囲の景色が目まぐるしく変化していった。
彼の火炎の魔法で焼きつくされていた雪原が途切れ、自然に支配された銀世界に入ると、その遥か彼方に、天高く聳える、エルレイン山脈が見えた。魔物の巣窟と言われ、誰一人まともに足を踏み入れたことのない、未開の地。まさかこんな格好の人間が真っ先にそこへ到達するとは、面白くない話だ。
「どこへ連れていくつもり?」
――― ミレバワカル。トニカク ジットシテロ ―――
彼は決して私をおろしてはくれなかった。まぁ、降りるに降りれない状況だから、どうしようもないのだけど。別に寒くはないし、なぜか体も意識も今までにないくらい快調なので、こうして空の旅に興じているのは構わないのだが。
それにしても、異様な世界だった。雪が降っているせいで、やや視界が見えずらくなっているものの、見渡す限りの大自然。森があり、谷があり、そして凍った川があり。あらゆるものがありのままに存在する世界だった。それは当然、魔物たちも。いたるところに、見たこともない魔物が見て取れた。あれらは群れを成していないのだろうか。
しばらく飛んでいると、どうやらアンノウンが見せたかったものが見えてきたようだ。それは、門だった。エルレインの中腹に開けた盆地があって、そこに門が建てられている。支えになる柱もなく、門の扉が盆地の中心で直立していたのだ。その門の周りには、信じられないほどの魔物が集まっている。ウルフに翼竜。ブラッドベアに、巨大な蛇型魔物であるダイダロスまで。多種多様な魔物が、お互いに気づつけあうことなく、屯している。これが、これから私たちが戦おうといしていた魔物軍勢なのだろう。
「でも、こんなにたくさん、いったいどこから?」
これだけ多くの魔物が、このエルレイン山脈には生息しているということだろうか。仮にそうだったとして、何のために集まっているのだろうか。見たところ、確かにタイタン級の魔物も相当数いるけれど、全てを取りまとめているような、魔物はどこにもいない。
――― オヤダマナラ スグソコニ ミエテイルダロウ ―――
そういって彼は、わざとらしく、不自然に立っている門の上空を飛んだ。
「まさか、あれが魔物だっていうの!?」
門の扉には、確かに顔のような模様があるけれど、動かないし、生き物の姿をしていない。まるでゲームの世界の魔物のようだ。一般的に帝国で魔物と呼んでいる生き物は、その血液に魔力が宿っているかどうかで判別されている。魔物の血液を採集して凝固させたものは、魔晶石となる。つまり、魔力の塊となるのだ。普通の馬や犬、猫、ねずみなんかから同じことをしても、魔晶石は作れない。それが魔物とそうでない生物の決定的な違いなのだ。
つまり、あの門が魔物ということは、あれにも血が流れているということだろうか。にわかには信じられないことだ。
アンノウンは、魔物の群れに気づかれないように、その上空を飛び越えて、エルレイン山脈の山の方へ向かった。群れからだいぶ離れたあたりで彼は地上へ着地したと思ったら、眩い光を全身から放ち始めた。
次第にその体は、瞬く間に縮んでいって、跨っていた私は、そのまま地面へと降り立つことになった。光の塊は、人の姿に形を変えて、やがてごく平凡な青年の姿へと変わった。
「あなた、あの時の。」
黒い髪に、赤い瞳。そう、かのアンノウンの正体は、私の愛剣を届けてくれた青年だったのだ。
うーん、難しいw。伝わらないかな?
・・・伝わるといいなw




