絶望の龍と天翼の人
ウルフ種の進撃は、丸一日を迎えてようやく終わりが見えていた。騎士たちの疲労は、もはや限界を超えていて、掃討戦であっても、緊迫した状況が続いていた。数で言えば、ウルフたちはまだ十数万はいるはずだが、その多くは騎士たちから逃げ回っている。有翼型の魔物たちは、なおも騎士たちと正面からやりあっているが、竜騎兵によって一頭、また一頭と、その首を墜とされていった。
地上では、シルビアが率いるヴァンレム部隊が、縦横無尽に暴れまわっていた。シルビアが持っているの刃渡り十センチほどの、短剣だ。しかし、その得物には禍々しいオーラが噴き出ていて、ウルフの体に触れた途端、その体が真っ二つに切り裂かれているのだ。それを、ヴァンレムの速度に任せて、目にも止まらぬ速さでこなしていく。一秒あたりに数頭を屠り続けているのだ。彼女の部下は、それほどではないにせよ、同じくらいの速度で魔物を倒していく。彼女たちの力で、地上の戦力はほぼほぼ狩りつくされていった。
それでもやはり、彼女たちも無限に戦い続けていられるわけじゃない。夜が来ると同時に、ヴァンレムたちは防衛線の中へ撤退した。竜騎兵も、空の戦力を残していはいるものの、長時間の飛行に限界がやってきていた。主力がいなくなった帝国騎士団の突破力は、光るものが無くなってしまったものの、それは敵とて同じこと。日が沈んでからの戦いは、永遠に終わらない平行線だった。押して引いてを繰り返し、魔物の数は着実に減っているが、それでも、決定打にするには大きな力が必要だったのだ。そんな状態が、朝まで続き、そこでようやく、戦場で大きな変化が起きたのだ。
誰もがそれを恐れ、誰もが足をすくめた。人間も、魔物も。赤黒い甲殻に、4本の脚。一対の大きな翼をはためかせながら、奴は再び戻ってきたのだ。
「なんだあれは!?」
拠点の高台から戦況を見ていたバロックスは、その姿を目にして後ずさりをしていた。アダマンテの公爵位を授かった彼とて、それを畏怖する対象だと感覚的に悟ったのだろう。
「公爵様、お下がり下さい!」
「どこへ下がるというのだ。騎士団長に前線を下がらせるように伝令を送れ!下火になった狼共の勢いが吹き返されかねん。」
それでも彼はなおも平静を務め、必要な指示を騎士たちに伝えていった。
「またアイツか!竜騎兵が、下がったところ狙ってくるとは!」
戦場でも、同様の騒ぎが起きていた。ようやくウルフの進撃の勢いを止め、掃討戦へ移行しようとしていたところを。
「ユース侯爵!公爵閣下より、一時撤退の命令が!」
「くっ、了解した。全軍、撤退!最後方防衛線まで下がるぞ!」
今この場で、あの魔物に戦力を滅茶苦茶にされるのは、今までの苦労が水の泡になる。しかし、撤退といっても、それも簡単なことではない。ウルフ種の追撃は無いが、まだ有翼型の魔物は空を覆うほどいる。
せめて、竜騎兵が今一度出陣できればいいのだが。
「侯爵閣下!」
「下がれ!我が隊が殿を務める。急ぎ防衛線まで下がれ!」
飛び掛かってくるバットや、アースファルコン。それらの爪や牙をいなしながら、騎士たちは徐々に下がり始めた。
ユース侯爵は、その傍らで空で悠々と舞っているあの魔物を見ていた。
「・・・何をするつもりだ。」
「ユース侯爵!」
大声で怒鳴るようにきたのは、騎士団長のシェレカンだった。ルクスに乗った騎馬隊が、すぐ近くまで駆け寄ってきている。
「ここは我々が抑える。貴殿は、防衛線まで下がり、魔晶砲の指示を!」
「頼みます!騎士団長。全員、撤退を急げ!下がることだけを考えろ。」
騎馬隊と入れ替わるように地上部隊が下がっていく。それでもなお、あの魔物は動きを見せなかった。
所変わって、ここは防衛線最後列。一仕事を終えて体力を温存していたヴァンレムや翼竜が集う場所からでも、魔物の姿は確認できていた。
「なんなのあれは?」
悠然と空に佇む翼竜のような魔物を、シルビアは見上げていた。
「あれは、初戦で戦場を滅茶苦茶にした、翼竜です。」
傍にいたソラン兵長は、顔を引きつらせて同じく見あげていた。
「翼竜?あれが?・・・あんなものが、翼竜ですって!」
「姫様。アダマンテ公爵より、出陣要請が。」
「ふん、そうでしょうね。全員準備はよくて?」
シルビアは踵を返すと、すぐにタイタン級のヴァンレムへと跨り、戦闘態勢を整えた。
「我々も出ずにはいられまい。飛翔準備!目標は、あの翼竜だ。戦場を好き勝手されぬよう抑えるぞ。」
ソランもまた部下たちに出陣を命じ、翼竜へと跨った。
ヴァンレムの遠吠えと、翼竜の羽音が混ざり合い、彼らは各々の戦場へ経っていった。
ライラは、無我夢中でバロックスの元へ駆けていた。いや、正確には途中まで空を飛んで行ってしまった主を追っていたのだが、人の足で追いつけるようなものではなかったのだ。主に触れて、両手の袖が焦げてなくなっているのもお構いなく、バロックスのいる前線の拠点へと辿り着いた。
「アダマンテ領城のライラと申します。どうか公爵様にお目通りをお願いします!」
「まて、貴様。今は戦闘中だ。こんなところにきては・・・。」
「お願いします。バロックス公爵様に、どうか、どうかお願いいたします!」
拠点の門を付いている騎士と押し問答になっているが、今はそんなことを気にしている場合じゃないのだ。彼女にとって、そして、公爵にとっての最も大切なものを、ライラは留めることが出来なかった。罰を受ける覚悟も当然できている。けどその前にどうにか主を救う方法は考えねばならない。
騎士と問答をしている最中、突然、周囲の空気が熱気に包まれた。それと同時に、雷のごとくの轟音が轟き、地揺れのように大地が震動していた。
「なに?」
「・・・何が、起きたんだ?」
騎士たちが、呆けている隙を見て、ライラは強引に拠点の中へと入っていった。
「おい、お前!」
後ろで何人かが、ライラを止めようと声をかけてきたが、そんなものを気にしてはいられない。
「公爵様!」
ようやく、主の父であるバロックスを見つけた。ちょうど高台から降りて来ていたところだった。
「ライラ?どうしてここへ?」
「お嬢様が、お嬢様が!」
目に涙をこさえているライラを見て、バロックスは事の異常さを感じ取った。
「ロウが、どうかしたのか!」
その時再び、轟音が響き渡り、熱風が周囲を包み込んだ。眩い光が戦場から放たれている。
「くっ、またあれか!全軍の撤退を急がせろ!」
バロックスはそう言って、ライラを連れて人の少ないところへ来た。
「申し訳ありません。公爵様。私・・・。私・・・。」
「落ち着きなさい。何があった?ロウの容態に何かあったのか?」
息も切れ切れにライラは、自分が目にしたこと全てをバロックスに話した。バロックスは、信じられない話を聞いて、完全に思考が止まってしまっていた。
「それで、・・・ロウはどこに?」
「公爵閣下!」
そこへ、一人の騎士が割って入ってきた。
「ロウお嬢様が、戦場に!」
「なっ!」
バロックスも、ライラも、騎士の報告に、その表情から血の気が引いていった。
ここは、戦場。
突如として現れたアンノウンは、上空から魔物の群れへ向かって、劫火を吐き続けていた。その巨大な顎から放たれる炎は、瞬く間に大地を焦がし、魔法などの比ではない衝撃波を放ち、周囲の雪を蒸発させていった。
アンノウンに向かって、無数の魔晶砲弾が放たれた。同時に、騎士たちからも魔擲槍が投擲された。それに気づいたアンノウンは、大咆哮を揚げ、それら全てを無に帰した。魔擲槍は、分解され、魔晶砲弾は魔力を失い。空中で霧散した。
それを機に、アンノウンの目標が変わったのだ。先ほどまでは魔物たちに対して息吹を放っていたのに、踵を返して人間たちの方へ向いてしまったのだ。
人々の怯える声が聞こえてくるようだった。アンノウンの大きな顎に、全てを焼き払う炎が見え始めたのだ。炎は徐々に大きな火球となり、今にもその顎から放たれそうとしていた。
そんなアンノウンの視界の真ん前に、一筋の光が降ってきた。人の形をしていながら、到底人とは思えない姿をしている光。それを見たアンノウンは、口内にため込んだ炎を飲み込んだ。
そこには、ロウだった。寝間着姿のまま、素足で何の装備も身にまとっていない。しかし、その衣服を貫いている背中の白翼は、彼女を宙に浮かせている。降ろされた御髪が、不自然に広がって、風になびいている。多くの人が知りえる、ロウ・アダマンテ・スプリングは、そこにはいなかった。
いろんな視点から書くのって難しいですね。




