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ロードオブハイネス  作者: 宮野 徹
第一章 魔物の大侵攻
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こんなことになるとは思っていなかった

大抵の魔物は、夜になると行動が鈍くなる。単純に視力が低いからとか、何も見えないと、何をすればいいかわかっていないからとか、いろいろ言われている。だが、ウルフ種はもともと夜行性の魔物で、夜でも変わらず活動を行う魔物だ。故に、今回の戦闘は夜になっても続いている。むしろ、夜になって視界が悪くなる分、人間のほうが不利と言えるだろう。


エレオノールの屋敷で寝ている私には、それどころではないのだけど。


腕が変化してしまった件について、はじめは、医術士に見てもらおうとしたけれど、このことはまだ誰にも話さないようにした方がいいと、ライラの助言によって黙っていることになった。もっとも、こんな不可解なことに対処できるわけもなく、とりあえず、アルコールで腕を消毒し、包帯を巻いて隠しておくこととなった。


アダマンテ家の令嬢の腕が、魔物もどきになっているという話が広まってしまうことを、ライラは懸念したのだ。ただでさえ私は、アルハイゼンの件や、それ以降の素行のせいで、悪目立ちしている節があるし、そうでなくとも、まだうら若い令嬢がこんな状態になっていると聞けば、貴族人生に影響が出かねない。私自身は気にしなくとも、確かに客観的に見れば、そういうことを未然に防げるのであれば、そうするべきだろう。


熱のせいか、そんなことにも頭が回らなくなっている。今は身の回りのことも含めて、ライラに任せる方が賢明だろう。


「とにかく今はお休みください。私も、いったん公爵様の元へ行って参りますので、それまで辛抱してください。」


そう言って彼女は、代わりのメイドを立てずに、屋敷をあとにした。


一人個室残された私は、自然と目を閉じていた。眠気、というわけではなく、目を開けているだけで体力を持っていかれる気がしたのだ。医術士は風邪と言っていたが、それは症状の話で、その原因となっているのは、この腕のせいなのだろう。


体が疲れているのに、どうにも頭が目まぐるしく回ってしまって、休むに休めなかった。気が動転しているのかもしれない。自分の腕の変化に、思いのほかショックだったのだ。元に戻ればいいとは思うけど、原因もわからない状態では、望みは薄いだろう。


「・・・。」


思い浮かべていたのは、あの青年だった。あの鍛冶師の、いや、鍛冶師かどうかもわからない青年だが、何か関係があるように思えたのだ。思い返してみると、不可思議な点ばかりだったのだから。


どうやって彼は、私の刺剣を拾ったのか。どうやって折れた剣を直したのか。どうして私の物であるとわかっていたのか。


「赤い目に、黒い髪・・・。」


その容姿ははっきりと覚えている。会ったときは特に気にしなかったけど、根暗そうな青年だったように思える。根暗というのが、誉め言葉ではないことはわかっているけど、声の感じとか、表情も明るい感じではなかった。クール、といえば聞こえはいいが、愛想のない人であったのは確かだ。


体が落ち着いて、戦争のひと段落がついたら、あの青年を探そうと思った。どうしてかはわからないが、彼が秘密を握っているようなそんな気がするのだ。




「ロウ!しっかりしなさい!ロウ!」


デジャヴだろうか。どうして私はまた、誰からに大声で呼びかけられているのだろうか。ただ今回は、その相手が父であると言うことは、夢を見ているとか、同じことを何回も繰り返ししているわけではなさそうだ。


「お父様?」

「気が付いたか?ロウ!。うぅ、よかった。大丈夫なんだな?」

「お嬢様。」

「ライラも?どうしたの、そんなに慌てて。」

「どうしたじゃない!それはこっちのセリフだ。そんな恰好でどこへ行こうというのだ。」


そんな恰好?私は、自分が来ている衣服を見て、しかし、疑問を感じることはなかった。普通の寝巻だ。ついさっき、ライラたちが着せてくれた寝巻。別に寝巻だからって、どこへ行こうとも、・・・。


周囲を見渡すと、外だった。それもおかしな話だ。だって私は、屋敷の寝台で休んでいたはずなのだ。どうしてエレオノールの街中で、寝巻一丁で出歩いているのだだろう?


「公爵様。とにかく中へお連れしましょう。」

「あぁ、そうだな。外は冷える。」


そういって私は、ライラに手を引かれ、何が何だかわからないまま、屋敷へと連れ戻された。


部屋に戻ったところで話を聞くと、ライラは、父に私の状態についてやんわり話してくれたそうだ。それを聞いた父が、少しだけ様子を見に、私の元まで来ようとしていたのだが、移動の最中、街中でふらふらと寝間着姿で出歩く私を発見したらしい。


「本当に何も覚えていないのか?」

「はい。お父様。私、ここで眠っていたのです。」


そうとしか言いようがない。そもそも、出歩けるほどの体力がない。熱のせいかどうかはともかく、体が重くて、外へ出ようという気さえ起きないのだ。それでも私が外へ出ていたという事実は変わらない。


「・・・熱でうなされて、体が勝手に動き始めるとなると、夢遊病でしょうか?こういっては何ですが、お嬢様はあまり寝相がよろしくないので。」

「うーむ。それで話が済めばいいが。私は、何か良くないものがお前にとりついているんじゃないかと冷や冷やしているぞ。」


それは、考えすぎだと思うけど、けど、明確に私に何か異変が起こっているのは確かだろう。


父に言われ、左腕を見せることになった。


「うっ、これは・・・。」


父の表情は、今までにないくらい悲痛なものになっていた。今までも父を心配させまいと、傲慢な態度はとっても、親孝行はしてきたつもりだ。父は娘離れ出来てはいないけど、それでも家族でいる時間はいつだって笑ってくれる。こんな顔にさせるために、私は戦場へ赴いたわけじゃないのに。


「お父様。・・・申し訳ありません。」

「何を、謝っている。私はお前を責めているわけじゃない。例えお前がどんな姿になろうとも、ロウは私の娘だ。お前のためなら、どんなことをしててでもこの腕を直す術を探して見せるさ。」


そういう父の目からは涙が零れていた。残念なことに、私はこういう時に泣けるような人間じゃない。父の言葉に喜びを感じても、同じ態度で示せないのは、とても、残念なことだ。


「はぁ。とにかく、今はよく休みなさい。ライラ、すまぬがついていてやってくれ。他のメイドたちにも事情を話しても構わん。」

「かしこまりました。では、そのように。」


父はそのまま屋敷を出ていったようだ。私はいまだに頭がふわふわとしていて、何も考えられなくなっていた。


「その、お嬢様?何か香水を付けられておいでですか?」

「香水?ううん。そんなものつけてないわ?」

「そうですか。・・・とにかくお休みください。」


ライラに布団をかけてもらって、私はそのまま再び深い眠りへ沈んで行ってしまった。



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