それは、あなたに変化をもたらす
「お嬢様・・・お嬢様!!」
うるさいくらいにライラの声が頭上から聞こえてくる。目を開けると、必死になって呼びかけてくる彼女の顔が私の顔を覗き込んでいた。
「らい、ら?」
声を出そうとしたけど、酷く喉が渇いていて、うまく発することが出来なかった。意識が鮮明になってくると、体中嫌な汗が噴き出していて、また、まるで全身に鉛を取り付けられているかのように、体が重かった。
「お嬢様!しっかりしてください。ロウお嬢様!!」
体は重いけれど、なんだか揺れているような・・・。視線を左右に投げると、数人の従士やメイドたちに囲まれている。しかし、彼らはこっちを向いていない。どうやら私は担架でどこかに運ばれているようだ。どうして担架なんかに?
「ここは?」
「もうすぐ、ユース侯爵のお屋敷に付きます。それまで辛抱してください。」
「どう・・・して?」
その問いに、ライラは答えなかった。私の声が掠れ過ぎて聞き取れなかったのだろう。今一度ライラに声を掛けようとして、彼女の袖をつかんだが、うまく力が入らなかった。
「お嬢様?どうされましたか?」
「わたし、どうして?」
状況が読めなかった。覚えている最後の記憶は、これからウルフの大軍勢とかち合う寸前のことだった。それがなぜ、まるで重症者のように運ばれているのか。
そうこうしているうちに、目的地へ着いたようで、掛け声とともに私は担架から、柔らかな寝台へと移されていた。
「私は医術士を呼んでくる。」
「お願いします。さ、みんな、お嬢様のお召し変えを。」
「はい。」
まるで自分だけ時間が遅くなったかのように、メイドたちは仕事にとりかかっていた。戦用の礼装を脱がされ、寝巻のような衣服へ取り換えられていく。こんな風に、着せ替え人形のように服を着替えさせられるのは、いつぶりだろう。ここ最近、メイドたちは、私の着替えをあまり手伝ってくれなかったから。
「大丈夫ですか?どこかお辛いところは?」
辛いところ・・・。体中重いし、なんだかやけに熱い。篝火を焚きすぎなんじゃないだろうか。だが、どうあやら熱さを感じているのは私だけのようだった。ライラも他のメイドたちも、雪国らしい暖かそうな服を着ている。メイド服姿ではない彼女たちを見るのは新鮮な気持ちだった。
ライラの冷たい手が、私の額に当てられる。ひんやりとした手がすごく気持ちがよかったけど、それはすぐに離れてしまった。
「ひどい熱です。革袋に雪を詰めて来てくれる?」
「はい。」
相変わらず彼女たちは忙しそうに動いている。
「らいら、私、どうして?」
ようやく声がまともに出るようになったからか、ライラはこっちを振り向いてくれた。
「お嬢様。・・・覚えていらっしゃらないのですか?私も、直に見ていたわけじゃありませんので、詳しくはわからないのですが、これから敵と戦闘になるという寸前で、お倒れになったのですよ?」
「敵・・・?」
そうだ、記憶が戻ってきた。魔法を使おうとして、剣を抜いて、・・・それから、それから急に体が重くなったんだ。
「せん、ゴホッ、ゴホッ。戦闘は?」
「今も続いております。戦況はそれほど差し迫っていないようですから。ご安心ください。今は御身をご自愛くださいませ。」
彼女の言う通り、まるで大病にでもかかったかのような気怠さだった。こんなんでは、まともに戦うことなどできないだろう。横になっているというのに、体が辛い。いったい何がどうしたというのだろうか。
さっき出ていったメイドが、革袋を以て帰ってきた。それを額に乗せられると、またなんとも言えない心地よさが戻ってきた。その心地よさに身を委ねると、また意識がふわふわとどこかへ飛んで行ってしまいそうだった。
知らないうちに眠ってしまっていたらしく、その間に医術士が診療をしてくれていたらしい。再び目覚めた私は、いまだ体を起こすことはできなかったが、医術士によると症状自体は風邪と何ら変わらないそうだから、とにかく安静にするように言い渡された。
「本当に何事もなくてよかったです。」
「心配かけて、ごめんね。ライラ。」
「よいのです。お嬢様。本心を言えば、戦場で戦っているよりも、こうして看病をしているほうが、私の気も休まりますので。」
ライラに水を飲ませてもらいながら、他愛もない会話をしていると、これまたおかしなものになったと感じていた。戦闘中に、大けがをしたわけでもないのに、こうして休んでいることに。どうして急に風邪の症状が出てきたのだろう。それも、あんなにも突然に。それまでは疲労感も熱っぽさも全くなかったのに。疲れていたから?それとも、戦争へのストレスだろうか・・・。
そうだ、剣で。剣で、指先を切ってからだ。急に体がおかしくなったのは。あの時、ほんの偶然に剣先に触ってしまったけど、もしかしたら。
「ライラ。ちょっと。」
「はい。何でございましょうか?」
「私の剣、どこにある?」
「え?いけません、お嬢様。今はお体を・・・。」
「そうじゃなくて、ちょっと、見てもらいたいの。」
ライラは不思議そうに首をかしげていたが、つい先ほど着替えた私の抜け殻のから、ベルトに吊るしてある刺剣を持ってきた。
「こちらがどうかしたのですか?」
「刀身に触れないように抜いて?」
私が考えているのは、折れて修理した繋ぎに毒が塗られていたのではというものだ。ライラは恐る恐る剣を抜くと、途中で変に繋がれている部分に気づき、驚いていた。
「これは?」
私は、ライラに昨日のことを離した。名も顔も知らぬ青年がそれを届けてくれたこと。今日、倒れる寸前にその繋ぎ刃で指を切ってしまったこと。それを聞いたライラは、どこからか薬品を持ってきて、それを新しく繋がれた剣先へ塗り始めた。
「それで、わかるの?」
「毒物であれば、大抵はこれでわかります。ですが、時間が経っている今では、断定するのは難しいかもしれません。」
ライラの言うことはもっともだが、そもそも時間が経って気化していれば、そんな急に昏倒するほどことにはならないと思うのだが。案の定、剣先に塗られた薬品に反応は出ず、憶測は間違っていたということになる。
「一応、切った指も見ておきましょう。」
「お願い。」
私は、布団の中から左手をライラに差し出したけど、それを見た彼女は、恐ろしいもの見ているような表情へと変わった。
「お嬢様。これは!?」
「えっ?」
何事かと自分でも確かめてみると、左手が、肘のあたりまで、びっしりと鱗上の紋様が浮かび上がっていた。
「なに、これ・・・。」
ライラが、恐る恐る私の手を取って、腕の甲を指先でつんつんしてきた。こっちの感覚は、ごく普通のものだったが、彼女の方は違ったらしい。
「これは、鱗、でしょうか。皮膚が、とても固くなっています。」
次にライラは、切った指先を確認してくれた。どうやら掌の方はもっとおかしなことになっているようだ。
「人間の肌ではありませんね。切った傷も見当たりません。」
「着替えさせているときは、気づかなかったの?」
「はい。これだけ大きな変化があれば、気づかないわけがありません。お嬢様の方は、いかがですか?体の感覚とか・・・。」
ライラの言う通り、左の感覚を意識してみると、なんとなく違和感を感じ取れる。肌が強張っているというか、筋肉が固まってしまうような感じして気持ちが悪かった。
実際に腕に鱗が生えているわけではなく、あくまで肌に鱗のような文様が浮かび上がっているだけだ。けど、肌は固くなり、傷も癒えている。誰がどう見ても、人間の腕ではないことは確かだった。




