物語の始まり
大雪が降りしきる中、再び事態は動きだした。偵察に出ていた竜騎兵の報告で、エレオノールと最前線の砦は慌ただしくなった。
既に、アダマンテ領の全騎士団が到着し、それに加え、オーネット領からシルビア率いるヴァンレムの部隊、総勢2000騎が控えている。初戦程の緊迫感は無いけど、今回の敵の数は、初戦の比ではなかった。
「推定50万のウルフ・・・。ついに魔物の本体が動き出したか。」
現段階で総指揮を務めている父の表情は、極めて冷静だったけど、その声には焦りが感じ取れた。50万ともなれば、もはや推定など役に立たないくらいの大軍勢となっている。ウルフとはいえ、それだけの数が押し寄せてくれば、戦場の規模はもはやエレオノール近辺だけでは済まない。縦にも横にも大きく広がってしまうだろう。
「ウルフのほかにも、上空には有翼型の魔物が取り巻いています。タイタンネストのような大型の魔物の姿は確認できませんでしたが・・・。」
報告に来た竜騎兵は、唾を飲み込んで、言葉を失っていた。彼が見た光景は、さぞ地獄絵図だったのだろう。
「もう、何が紛れていてもおかしくない状態ということか。防衛線の構築はどうなっている?」
「はっ。昨日を以て、東西3ルクスに渡っての防衛線が敷き終わりました。地雷も設置済みです。」
3ルクス、3000メートルもの規模の戦線になるかはわからないが、それでも足りないと感じてしまう。それに、どれだけ強固に防衛体制を整えれても、まっすぐ突っ込んでくる魔物の群れを止められるわけじゃない。次から次へ来る相手を一匹残らず倒していかなければならない。二重三重に仕掛けを施した程度では、簡単に突破されてしまうだろう。
「バロックス公爵?守るだけでは、戦は勝てません。私は出ますわ。」
「シルビア殿・・・。わかりました。決して無理はしないと約束してください。」
「無理でもやらなければ、活路は開けませんわ。それでは失礼?」
シルビアは、父の忠告も聞かずに、公館を出ていった。ヴァンレムの高速戦闘に彼女の滅尽の力があれば、敵陣に風穴を開ける勢いで、中央を破れる。ただ少しでも足を止めれば、群れの真ん中で孤立することになる。せめて援護の部隊をつけねばなるまい。
「お父様。竜騎兵を彼女の援護につかせましょう。いくらヴァンレムとはいえ、危険です。」
「あぁ。ソラン兵長。すぐに出陣の準備を。ロウ、お前は待ちなさい。」
「え?」
つい私も行く気満々だったのだが、父はどうやら許してくれないようだった。
「お前には、後方からの魔法攻撃に専念してもらいたい。今回の戦いは、初戦よりも長期戦になる。機動力よりも火力が必要だ。」
「・・・わかりました。」
思うところはあるけど、わがままを言うわけにはいかない。大局を見れなければ、戦に勝利をもたらすことはできないのだから。
「騎士団は、すぐに防衛体制を整えろ。魔晶砲弾を戦線に運べ。以後は、それぞれの指揮に任せる。」
舞降る雪が、視界を悪くしているせいで、望遠魔法は役に立たなかった。シルビアたちと竜騎兵は、サラマンダーが進んできたルート遡って進んでいった。陸だけでなく空からも敵が来ているのだとしたら、どれくらい生きて帰れるかわからないだろう。
私が陣取ったのは、そのルート上の後方だ。一番ど真ん中が敵の層が厚くなる。ここから私は、ただひたすら援護射撃をするだけだ。内容は簡単だが、ただ闇雲に撃てばいいわけじゃない。味方への被害を考慮し、無駄のない精密な魔法が要求されるのだ。最初は以前のように大魔法でぶっ放せばいいけど、以降は、敵の進軍に合わせて攻撃方向を限定しなくてはならない。
私の周囲には、同じ役目を与えられた魔導士たちが集まっている。彼らの主な仕事は、防衛線より手前に敷いていある、地雷地帯の管理だ。どのタイミングで爆破するのかは彼らの腕にかかっている。
偵察兵の報告からすでに3時間が経とうとしていた。ここからでは見えないが、既にシルビアたちは会敵している頃だろう。彼女のことだから、まさか全滅するなんて言うことはないだろうが、雪国特有の静けさのせいで、遠くの音は全く聞こえてこない。竜騎兵たちも、無事に戻ってきてくれることを祈るばかりだ。
ブオォォォォォォォォォォォォォォ・・・・・・・・・・・・・。
拠点の高台に配備されている騎士が、角笛を高らかに鳴らした。
彼の目には、魔物の群れが映っているのだろう。奴らはすぐそこまで迫っている。
それぞれ配備された騎士団から、一斉に掛け声が上がり始める。再び始まるのだ。帝国を、人々を守る戦いが。
「前方よりウルフ型の魔物、多数接近!」
「砲戦用意!総員、魔擲槍、展開!」
敵が近づいてきたあたりで、今一度望遠魔法で、群れの先団を見る。先に出陣したヴァンレムの部隊は、群れの中には見当たらない。先の方で遊撃しているのかもしれない。ともあれ、これなら味方を気にせずに魔法を放てる。
以前と同じように、私は刺剣を鞘から抜いた。
「痛っ・・・・。」
鞘を抑えている左手から、ちくりとした痛みが襲ってきた。使い慣れているはずの愛剣なのに、どうしてか抜刀の際に指を切ってしまったようだ。あの青年に返してもらったのはいいのだけど、実は少しだけ尺が伸びていることに気づいたのだ。そのせいで、鞘には収まりが悪いし、ほんのわずかな差だが、抜刀時間に誤差が出来てしまった。その誤差が指を離すのを速めてしまい、指が長くなった剣先に触れてしまったのだ。
とはいえ、ちょっとしたかすり傷程度だったので、気にすることもなかった。・・・はずだったのだが。どうしてか、急に胸が苦しくなり、立っていることも出来なくなっていた。
「お嬢様!?」
周囲の魔導士たちが、慌てて駆け寄ってくるも、私の耳には届いていなかった。感じたこともない疲労感が体を支配していく。やがて視界が真っ暗になって、私は不思議に思う暇すらなく、意識を手放していた。




