落ち着いてください、お父様。そして、誰?
読み返してみると、めっちゃ誤字ぃ・・・。
後で直します。
二日後。
私は初戦の戦場となった雪原を訪れていた。まだ無数の魔物の死体が転がっていて、腐敗臭も漂っている。死体処理をする騎士たちの数は以前にもまして増えており、また、新たな防衛線が構築されつつあった。
空模様が怪しく、雪が降りそうな天気だった。降水量によっては、せっかく作った防衛線も埋もれてしまう。まだまだ大変な状況であることには変わりない。敵の本体は、北にそびえるエルレイン山脈の麓にいるのだ。たった2万強の群れを掃討するだけで、あれほどの激しい戦いが繰り広げられたのだ。その百倍の戦いが、これから待っているかと思うと、なかなか気が滅入る。帝国の存亡を賭けてというのは、的を得た言葉だろう。
「ロウ―!」
静かな戦場跡に、なぜか聞こえてきたのは、父の声だった。それも、普段家族水入らずの時にしか出さないような、心配している声で。
「お父様。」
「ロウ!大丈夫か?怪我をしたと聞いたが?どこか痛いのか?魔物の毒は?解毒剤は?休んでいなくて大丈夫か?」
「お父様!」
「おっ・・・・。」
この父にも困ったものだ。周囲の騎士たちから何事かと視線を投げかけられ、注目の的になってしまった。この人は、娘を愛するがあまり、ちょっとでも怪我をすると、すぐこうなる。以前はちょっと躓きそうになっただけで、過剰に心配してくるくらいだ。気にかけてくれるのはうれしいことだけど、人目がある時は、せめて理性的になってほしいものだ。
「はぁ、大丈夫です。傷ももうそれほど痛みません。今回の魔物に毒は無いようですから、その心配もありません。ご心配をおかけしました。」
「あぁ、ロウ。それは幸運なことだ。ふぅ。お前に万が一のことがあったらと思うと、私は気が気でならないよ。」
「自分で戦場へ送り出しておいて、よく言います。それに私は、その程度で泣いたりするようなか弱い娘ではありませんよ?」
父のこの症状は、私が子供のころよりも酷くなっているように思える。母を亡くした私が寂しい思いをしないように、過保護になっているのかもしれないが、そろそろ娘離れをしてもらえないだろうか。
「いやぁ、すまんな。まさか、我々が到着する前に、初戦が始まるとは思わなかったんだ。お前が無事に勝利を収めてくれて、本当によくやってくれた。」
「ふふ。それならば、北部州の騎士団を褒美を取らせてあげてください。私は、その中の一部にすぎませんから。」
私が指揮していたのは、竜騎兵たちだけで、確かに騎士たちを鼓舞させたりはしたけど、それはあくまで貴族の者として、思うことを口にしただけ。今回の初戦の功労者は間違いなく彼らだろう。
「そうか。だが私はお前の父親だ。今はお前の無事を祝わせてくれ。」
そういって父は、私の頭に手を置いて、犬猫にやるように撫でてきた。ほんとにどこまでも子ども扱いするんだから。
そのまま父に連れられて、エレオノールの公館まで戻ってくると、既に各所から到着した部隊の指揮官が集っていた。竜騎兵に関しては、ソラン兵長に任せているから、私は軍議には参加せず、一人手持無沙汰になって、公館の周囲を散歩することにした。だって、シルビアもいるし・・・。
エレオノールには、街に入りきらないほどの戦力が集結しつつあった。城壁を超えて街の周囲には、騎士団の天幕が無数に建てられていて、ただでさえ大きな街がさらに大きな規模へと変容していた。
州都の住民たちは、城壁の外へまで顔を出して、簡易的な飲食店を経営し始めている。おかげで、城壁の外であっても熱気にあふれ、暖かな空気は、前線の拠点にまで届いていた。
お昼時の時間になると、おいしそうな香りがあちらこちらに広がって、私も味見をしたかったけれど、残念なことに、私の食事は、父がユース侯爵から借りた公館の離れで、ライラたちが作ってくれているのだ。
「立ち食い、してみたいなぁ。」
いくら17の子供とはいえ、貴族の令嬢。それも、アダマンテ公爵の娘。そんな人間が、庶民と肩を並べて食事に勤しむことなど許されず。ただ、笑顔で騒ぐ人々を眺めることしかできないのだ。
「なぁ、あんた。」
公館への帰り際、突然声を掛けられて、驚いてしまった。なにせ、あんた、なんて呼ばれるものだから、そんなのこの世界では、生まれて初めてだったのだ。
ここにいる人々は、おおよそ私が何者か知っているはずだ。今だって、綺麗に洗ってもらった、戦礼装に身を包んでいるのだ。そこに記されたアダマンテ家の紋章を見れば、何も知らぬ平民であっても、察せられると思うのだが・・・。
「私、ですか?」
「・・・これを、届けに来た。」
声をかけてきたのは、まだ年若い青年だった。赤い瞳に、ぼさぼさの髪の毛。色は黒だった。この世界では、黒髪は珍しい方だ。かくいう私も、黒に近い紺色の御髪を持っているけれど、彼の黒は、もっと深い色で、純黒髪と呼べるだろう。
州都の若者だろうか?服装はごく普通だが、そんな彼が渡してきたのは、・・・布に包まれた、棒?
「これは?」
「あんたの物だ。確かに届けた。それじゃあ。」
「あ、ちょっと、まって。」
青年は棒を私に預けると、静止も待たずに歩き去って行ってしまった。渡された棒の包みを開けてみると、なんとそこには戦場で失くしたはずの愛用の刺剣が包まれていた。戦いが終わった後、ソラン兵長にも頼んでしばらく探していたというのに。ついぞ見つからなかった刺剣が、・・・どうしてそれをあの青年が持っているのだろう。
諸刃の刺剣を再び布にくるめて、私は彼の足取りを追った。しかし、彼が去った方へ足早に向かっても、すぐに痕跡は途切れてしまった。これだけ大きな街で特定の人物を探すのは難しい。疑念を残しながらも、私は諦めざるを得なかった。
刺剣を公館の離れに持ち帰り、相方を亡くした鞘に納めると、少しだけ違和感があった。なんとなく以前より重い。抜いてみると、その違和感が確かな変化へと変わった。そして、その原因はすぐに分かった。
剣の先から10センチくらいが、元々の刀身とは違う鉱物で補完されている。見た目はわかりずらいが、僅かに色が異なっている。そのせいだろうか、剣がいつもよりも重いのだ。
たぶん、折れていたのを直してくれたのだ。もともとこの刺剣は、魔法を行使する際にも使う触媒でもあるため、特殊な鉱物を混ぜ込んだ刀身で作られている。それを知らなかった鍛冶師が、普通の鉄鋼で補強してしまったため、このような姿になったのだろう。
ということは、これを渡してきたのはエレオノールの鍛冶師の者ということだろうか。だとすれば、ユース侯爵に聞いて、街の鍛冶屋を訪ねていけば、案外見つかるかもしれない。けど、それでも可笑しな点はある。どうしてこの刺剣が、私のものだと知っているのだろうか。礼装と違って、剣には紋章も何も記されていない。それなのに、あの青年はピンポイントで私に声をかけてきた。まるで、以前何処かで会ったかのように・・・。